星の灯台に宅配便来たる
『物好き』と言われる人種は何時の時代にも居るものだ、とユーナは思う。
何しろ、今から訪れようとする『その人物』は木星の周囲を廻る小さな衛星に設置された『宇宙灯台』に独りで何年も住み続けているという『変人』なのだから。
『宇宙灯台』は太陽系内に数多く存在する電波発信施設である。
資源採掘や観光を目的に太陽系の惑星を行き来する惑星間連絡船にとって、己の位置関係を正確に把握するためには宇宙灯台が発する信号は必要不可欠なものだ。
それらの大半は人工衛星のように自動制御されていて人間が介在することはない。単に電波を発信するだけなら人手は必要ないし、人間が居住するための設備には、生命維持も含めて大きなコストが掛かるからだ。
だが稀に、そうした宇宙灯台に人間が滞在して管理しているケースがある。
これは天体の観測や、惑星間連絡船に事故が生じた場合にイチ早く状況を確認して地球に情報を伝達するといった特殊任務を担うためなのだ。
当然だが、その職務は孤独との戦いであると言っていい。だから、世間では彼らの事を『現代の世捨て人』とか『孤独主義者』などと呼んでいた。
ユーナが今から接岸しようとしている『その宇宙灯台』はその中でも地球から最も遠い部類に入るものだ。何しろ地球から7.8億kmも離れた先にあって、光ですら30分以上の時間が必要という途方の無い彼方なのだ。
地球からまともに行けば、最新鋭の惑星間航行船ですら最短でも6ヶ月を必要とするという…
「あー‥やっと、到着したわね‥‥。今回の航海も、此処が最後の配達先か‥‥」
ユーナは感慨に浸る間もなく連絡船の補助エンジンを操作し、宇宙灯台とのドッキング体勢に入った。
そして無線機のスイッチを入れ、やや緊張しながら相手に通信を入れる。
「ハロー!こちら『コズミック運輸』です。タローさん、居ますか?定期の物品を持って来ました」
いつも思う事だが。
ユーナに限らず、こうした有人宇宙灯台を訪れる人間にとって最も緊張する瞬間が、この『訪問時の声掛け』なのだ。
何故なら、孤独に生きている灯台守が『その瞬間に生きている』という保証は何処にも無いからだ。
万が一にも『相手から反応が無い』となれば、自分が『第一発見者』として『遺体』を確認しなくてはならなくなる。
そうした時、相手が『単に倒れているだけ』なら『まだ』良いとしなければならない。過去には『機械に挟まれて五体がバラバラだった』というケースもあったと聞く。
出来ることなら『そういう事態』に巡り会いたくないと思うのは、誰しも同じであろう。
だが今回は、そうした『最悪のパターン』は回避出来たようだ。
「おうっ、毎度!今回はユーナちゃんか、待ってたぞ。ドッキング・ベイと軸心を合わせてくれ。接続の準備をするよ」
返ってきた元気な声のヌシは、まぎれもなく灯台守のタローだ。
「‥‥お願いします」
ユーナは少しホッとした。
ガコン‥‥
連絡船と宇宙灯台のドッキング・ベイが繋がる。
プシュー‥‥と音がして、二重になっているハッチが開いた。
「こんにんちわー!お久しぶりです。タローさん、お元気でしたか?」
連絡船側から、ユーナが灯台側に入ってくる。
「ああ、お陰様でな。何しろ元気以外に取り柄の無ェ人間だからさ」
反対側にはタローが待ち構えていた。
「‥‥ん?今回はアンタだけなのか?」
タローがドッキング・ベイの向こう側に眼をやる。
「ええ。本来、長距離輸送は3人組が基本なんですけど、1名が出航直前に熱を出してしまって‥‥。それと、もう一名は『この近く』のエウロパに降ろして来たんです。積荷のチェックに時間が掛かるので、此処までは『近いから私一人で充分だろう』という事で」
「ふーん‥‥そうかい。単独航海はお勧めしないが、そういう事情じゃぁ仕方無いな。なら、此処が終わったらすぐにエウロパへ?」
タローはユーナを気遣うように尋ねた。
「はい、今回はトンボ帰りですね。少しでもゆっくりしていけたら良かったんですけど‥‥すいません」
いつもの配送であれば、物品の受け渡しが終わった後に『休憩』と称して談笑する時間があるものだが、今回は人手が足りていないという事もあり、ある意味それが『申し訳ない』という気もする。
だが、逆に言えばタローのような『オジサン』と一緒に居たところで自分と話が合うとも思えないし、返って『トンボ帰り』の方が気が楽と言えなくもなかった。
「そうか‥‥忙しいんだな、ご苦労様。じゃ、少しでも手伝うよ」
くるっと背を向けて、タローが連絡船の貨物室に向かって行った。
宇宙灯台が孤独なのは、言うまでもない。他人の顔を見るには年に数回の定期連絡便が来る機会しかないのだ。どれほど孤独に強い人間でも、それは辛い事だろうと思う。
なので、出来ることなら少しでも長く居て『気を紛らわす』手伝いが出来れば良いのだろうが‥‥
少し寂しげなタローの背中を見ながら、ユーナは申し訳ないように思えた。
「あ‥‥すいません、手伝ってもらって助かります」
ユーナがタローの後を追う。
「ああ、いいよ。アンタ、そこに居な?オレが此処から荷物を『投げる』からさ。アンタは飛んで来た荷物を受け止めて、宇宙灯台側に投げ込んでくれりゃ良い。‥‥どうせ、ここに残ってるのは全部オレのなんだろ?」
タローが残り少なくなっている荷物を見渡す。
「ええ、いつも通り此処が最後の配達先ですから」
少し遠慮がちに、ユーナが答える。
ほどなく、タローが投げた荷物が無重力の空間をフワフワと漂いながら、ユーナの手元にやって来始めた。ユーナはそれをキャッチすると、ドッキング・ベイを介して宇宙灯台側へ送り込んだ。
「ちっ‥‥頼んだ水は4ケースだったか‥‥」
タローが舌打ちをする。
「どうしました?数が足らないとか」
ユーナがやって来て、隣で覗き込む。
「いや‥‥実は浄水機が『詰まり気味』でさ。処理するのに時間が掛かるんだよね、最近。だから余分めにあると良いなと思ったんだが‥‥まぁ、いいや。何とかなるだろう」
ふーっ‥と溜息をつきながら、タローが顔を上げた。
「OKだ。端末をくれ、サインしとくわ」
「ありがとうございました。では、こちらサインを下さい」
ユーナが物品の一覧を表示している端末機を差し出す。
「おう、これで良いか?」
「ありがとうございます」
タローが差し出す端末を、ユーナは一礼をして受け取った。
「‥‥それにしても、こんな僻地‥‥と言ったら失礼ですけど、地球から遠く離れた所で『一人暮らし』なんて、凄いですね。私には、とてもそんな勇気はありません」
「ははは‥‥変わってンだよ、オレは」
タローが笑い飛ばす。
「でも‥‥会社の先輩が以前、こうした常駐型の宇宙灯台で『遺体を発見した』って話をしてて‥‥それを聞いてからこっち、何だかコワいんですよ」
ふふ‥‥と、タローが自虐気味に笑う。
「そうかい。じゃぁオレの時は猫みたいに、せいぜい『隠れて死ぬ』ようにするよ」
「いや、そういう事では‥‥」
少々マズい言い回しだったか、とユーナは反省した。
「まぁ何だ、こうして孤独を謳歌しているのは別に『勇気』とは言わんよ。本当の『勇気』ってなぁ、自分が何かを決断した時に『やってくる結果』を全てチャンと受け止める事だ、とオレは思うな。‥‥世の中にゃぁ『都合の悪い結果』から逃げ回るヤツらが多いからね‥‥」
タローはそう言って、くるりとユーナに背を向けた。
「じゃぁな、社長にヨロシク言っといてくれや」
タローが後ろ向きのまま、軽く手を振って宇宙灯台の方へ戻って行く。
「はい、ありがとうございました!ではまた、よろしくお願いします」
ユーナは笑顔で軽く頭を下げてから、ドッキング・ベイのハッチを閉じた。
「さて‥‥」
連絡船の操縦席に戻ったユーナが操作電源のスイッチを入れる。
ところが、だ。
「‥‥あれ?」
船内はシ‥‥ンと静まりかえったままで、反応は返ってこなかった。