第89話「You Gotta Be」
2016年四月十四日木曜日仏滅……。
今日も無事授業を終えて、
あたしは寮の管理人室へ。
………………
…………
……
インターフォンの前で、少し呼吸を整えます。
感謝を伝える様に、柔らかく、一度、
間をあけて、もう一度、鐘を鳴らしました。
「はい。四角荘管理人室です」
あたしより、ずっと柔らかく、ずっと温かい声音がいたします。
「初めまして、こんにちは。あたしはこの度、普通学園に入学いたしました。1-e、早水 捧華と申します。御挨拶と御願いに参りました」
「ああ、いつもジョギングしてる子だね。今開けますね」
二十秒足らずで、管理人室の扉は開かれました。
中からは、恵喜烏帽子氏の瑞々しい白髪とは違う、
年季が入る白髪に、穏やかさで微笑む男性。
「ご挨拶が遅くなりまして、申し訳御座居ません。いつもお世話になっています。早水 捧華と申します」
ゆっくり頭を下げて、お声が掛かるまでとめます。
「ふふ、ご丁寧にどうもね。上げてくれるかな?」
それからまたゆっくりと頭を上げると、
管理人様の微笑みが、深くなっている気がいたしました。
「捧華さん、良い子だね。お願いというのは何かな? もしかして今日届いた。貴女宛の荷物の事かな? それならもうすでに貴女の家に届けてあるよ?」
瞬きに胸が熱くなってしまう……マニたちが来てくれた。
ですが……疑問で御座居ます。
「家とは……?」
穏やかな笑顔で管理人様。
「魂の洗濯であり選択の場所。輝きたいなら闇を産む覚悟を持ってください。闇の洗濯場であり、自身を処す選択場、あれはそういう場所なのです。すぐに覚える必要は、全くありません。その様子だと、目的は他にありそうかな?」
反芻して覚える暇はなく、
心に留めておくことにいたしました。
「はい。御迷惑でなければ、どうか電話をお貸し下さい。実は……、」
管理人様は、
澄んだお顔で、
笑顔を下さる。
「それは大変だ♪ ゆっくり電話してくださいね」
お言葉に甘えまして、
菜楽荘の家族へ、
電話を掛けさせて頂く事に。
………………
…………
……
「はい。早水です」
お母さんお母さんお母さんお母さん……。
「もしもし、あたし、捧華。みんな……、」
元気ですかとつなぐ前に――、
「捧華? なんでこんなに電話が遅くなる?」
お母さんの機嫌がかなり悪そうでした。
「……え? ……だって……」
「だってじゃない。着いたらすぐに電話。そんなのは基本だ! 全く……警告だぞ。今日掛けてきたからこその黄色信号だ。そういうところは心也君に似たのね。嘆かわしい」
こ……これはひたすら、
「お母さん、ごめんなさい。反省します」
それしかない……でもお母さん、元気になってる?
「ああ思い出してきたわ。
家の奴との腸煮えくり返る昔の思い出が……。
だから電話は嫌いよ」
確かに……お父さんは「ほうれんそう」とか、
ルーズな人ですね……。
今お部屋に居るなら、多分縮こまっているだろうな……。
フォローはできないけれど……。
「しかし今日掛けてきたなら、逆に目的も明確にわかるよ。お兄ちゃん達居るよ。今、ポップコーンパーティーしてるとこ」
あ……嗚呼、なるほど、「ポップ」「コーン」ですか……。
「すぐに代わってあげたいけど、あたしと心也君は多少の能力しかない身なの。心也君の第四の壁でざっくりとみてもらってはいるけど、これまでなにがあったかきちんと話しなさい」
「はい」
………………
…………
……
「玉藻前様……って……どんな学園だよ」
やはり……、
「とても有名な御方様なのですね?」
「それは……、妖怪がお好きな方で玉藻前様を知らない方はいらっしゃらないでしょうよ……。捧華? 本当に平気か? 不安にさせたい訳じゃないけれど、声が硬くなってるぞ?」
そう……ですか……。
「うん。結構へこんでると思う。皆様凄い方ばかりで、あたしお母さん達に申し訳ないけれど、今は落ちこぼれてる」
何故かお母さんは「はっは」と笑ってから、
「ピンチがチャンス。チャンスがピンチ。『今は』と言えるなら大丈夫よ。フルドライヴも休息で善い」
……やっぱり、温かいな……お母さん。
「有難う、お母さん。俯いているより仰いでいた方が、気持ちいいもんね」
「そう。でもね? 森の事は、とても気掛かりだから心也君と話し合う事にする。いいね?」
「はい。お母さん」
「じゃあ、今日の主役達と代わる」
………………
…………
……
「てへっ♪ 有難う、捧華」
久し振りなコンお兄ちゃんの声。
でも…………、
「コンお兄ちゃん、あたし……なにもできなくて……」
「そんな事はないよ? 捧華の想い、そして未来から、ボク達はもう、素晴らしい贈り物をもらっているんだよ?」
あたしの……未来……?
そ……それって……?
「ボクは『詩詠』♬」
ふふっ♪
「ワタシは『幾夜』♫」
……あたしには、その意味が分からないけれど、
お兄ちゃんとお姉ちゃんが喜んでくれているのは分かる。
それから、
ふたりは二重奏で、
「捧華が夢降る森に入る事を許された時に、それは分かる事になるよ」
「お兄ちゃん達は夢降る森を知っているの?」
お兄ちゃんお姉ちゃん、教えてほしい。
「とても美しい場所。しかし、美しさは罪を産み。その罪深さの上に成り立っている森。礼儀と礼節を忘れずにね?」
あたしは兄弟なのに、
ふたりは……ずっと遠くにいるんだね。
それでも、きっとお父さんとお母さんは、
もっと辛いに違いないのです。
だから、
「あたし、ずっとお兄ちゃんとお姉ちゃんの妹だよ?」
てへっ♫ ふふっ♬
「なんて贈り物なんだろう♪」
………………
…………
……
「倖子君から聴いたよ。捧華、大変だったね? これから、やっていけそうかい?」
お父さんの声音にして、
あたしは家族に、
こんなに心配を掛けていた事が、
身に染みたのです。
「僕は昔から今まで。ずっと親にも姉兄にも友達にも。迷惑の掛け通しだ。お説教なんてできる身の上じゃない。なのに捧華の事となると、…………、おかしいね?」
「……お父さん? お母さんの事大切にしてる? あたし授業を受けてて想ったの。愛を知りたいって。
お父さん? 愛ってなぁに? お父さんとお母さんは、愛し合っているんでしょ?」
お父さんの間は、
きっとあたしの髪を、愛したがっている。
「そうですね。広い……広義の愛とは、覚える事全てだと僕は想っています。ただ……人に愛を置いた時には、それは、傍に居ても、離れて居ても、どうしようもない程僕の全てを包んでくれる女性倖子君だよ。まだまだ拙い愛だけれどね」
あたしの大切、
凛とした言の葉の震えを憶える事。
「有難うお父さん。そう確かめられたから、あたし、また進んで行けそうです。……それでも、どうしたらより善く成長していけるかは、まだまだ見えそうにありません」
あたしの弱音を受けて、
お父さんは言いました。
「僕が言うから、あんまり説得力はないけれど、天才と呼ばれるのは難しいにしても、一流に近付く為の、最も堅実な方法は知っているよ?」
お父さん? 自分で言わないで?
あたし複雑な気持ちになるよ?
でも……、
一流に近付く最も堅実な方法?
し…………知りたい、です。
「……お父さん? ……教えて下さい」
お父さんは、ゆっくりと…………、
「愛を傍らに置き、当たり前の事を、当たり前に、し続ける事です」
………………
…………
……
「それじゃあ、みんな?
ハンズフリーにします」
ふふとはは♫
てへとふふ♬
そして、
あたし。
いっせいのせで♪
あたりまえのこと
しょうりしたいならかくじつにさんかはしないとね
コンとポップおたんじょうびおめでとう!
Song Des'ree Lyrics/Music Des'ree Ashley Ingram