第69話「学園天国」
目覚めた時、
あたしが最初に覚えたものは、
祷で御座居ました。
眠ってる……、長い黒髪が引き寄せられる程綺麗、
……あたしもこんな、
ううん、
無いものねだりはダメだよね。
祷?
どうしてそんなところで寝てるの?
身動ぎをすると、
「っ痛!」
思うように身体が動かせません……。
なにこれ? 身体が軋んでる……。
あたしの起こした振動が、
祷を目覚めさせてしまいました。
「ん……、お早う捧華。早いな回復が、わちもじゃが……さすがじゃち。ゆっくりでええ。もう少し施しておくち。時間は十分にある」
祷の気が調い、
「御神、どうかよろしくお願い申し奉ります。“危宿”から星官“人”に触ります」
祷が優しく圧を掛けてくれる部位に、
もの凄く細いものがあたり、
心地が良くなります。
「……なんなのこれ? 気持ちいい」
「わちなりの鍼灸の様なものじゃ。気滞が流れるようにな。元気は“気”からで気も晴れる。筋肉痛だけならすぐに治るじゃろう。鉢巻の加護もあったしな。さ、次は東にいくち」
「っ? わ!」
病衣を纏うあたしのすぐ左側に歌坂氏。
なに、このお肌? 白磁の様……。
また無いものねだりです。
……でも、
そうか、
「有難う、祷。……ごめん。負けちゃった……、……悔し……い」
祷が複雑な面を向けてくる。
「あのな? 捧華。玉藻前様と言えば、成仏なされたとは言え、『日本三大悪妖怪』にその御名を連ねる御方様じゃぞ? わちらを簡単に通されたら、日本の先行きさえ不安になるち。弁えろ」
声を発そうとする前に祷に抑えられてしまう。
「聴け。わちはほんの知識があり、学園側の稽古だと捉えたから、捧華を焚きつけた。謝りはせん。だから、有難う友よ」
だって、
「悔しいんだもん。お父さんに勝てたオーバードライヴさえ全く効かなくて……、お父さんより強い女性が普通に居て……」
祷があたしの額に、優しく、ぺし。
「捧華? やはり末っ子じゃなぁ。あのな? 年上が年下に簡単に負けれるか? 玉藻前様はおよそ奇しくも平安の、それも頂点に愛された御方様ぞ? 弁えろっ」
最後は少しの厳しさ。
「あとはな? こひなた先生とお母上、どちらが強いと思っておる?」
そ、そんなの、
「お父さんだと思います」
「ならば訊くち。お母上にこひなた先生が勝つ姿を想像できるか?」
いえ無理の沈黙、瞬時に何故の疑問。
「負けるが勝ち。勝っても負ける。勝ち負けなんてそんなものじゃ。結局無限にその身を置けば、本当はわからないち?」
最後の「ち?」は優しくて、
「じゃがな? 負けて悔しくて流す涙は、誰にも冒涜させない。最高の勝利と同義じゃ」
これで止め。
あたしは声を押し殺して泣きました。
しばらくして静かに、
途端、
「一人称は申します。善き稽古をつけて頂けたと」
続けて、
「一人称の基本攻撃は全て躱されました。しかし、捧華には左手を出し右手で受けとめられました」
起きていらっしゃったのですね? 恥ずかしい未熟者。
「躱す事と受ける事って、どう違うのでしょうか?」
「躱す事には応えがなく。受ける事は応えるという事です。華を承けて下さったのです」
励まして下さっている? ……ぁ、……捧華?
「貴女を見ていると俯瞰も震える」
一拍から、
「ですが勘違いはしないでください。一人称は基本攻撃の連結と調整に、全力で胸をお借りしたに過ぎません。あれが貴女の切り札なら、まだ負けはしません」
ニコぱっ☆
「うん♪ 杏莉子っ!」
「っ!? ですから――勘違いはしないでくださいと……」
ペロっとしてぱっ★
「ちち♪ なにをじゃ? 杏莉子」
「っ……、祷の笑顔は信じません」
ぷっ、「あはははっ、っ痛ひぃっ……」そういえば筋肉痛でした。
善かった。全力でぶつかって。
こんなに素敵な未来が、御褒美だったのですから。
どうしてこんなに大きなベッドなのかもわかりませんが、
それからお姫様みたいに、
祷、あたし、杏莉子で並んで眠りにつきました。
眠る間際あたし閃いたんです。とある物語を、
豪奢な天蓋のベッドで眠る三人のお姫様の物語で、
一姫は優しい「護り」の姫、いつも献身。
うん!
二姫は聡明「詠み」の姫、いつも読書。
よし!!
三姫は疾走「走り」の姫、いつも筋肉痛でした。
筆を折ろうと決めました。
………………
…………
……
夢中に両親、
「確かにないなこの設定は……」「うん没だよね」「……元気か捧華?」
………………
…………
……
ベッドの温かさと陽光の温もりが混じり合い。
朝は来ました。
ベッドは既に空で二人は、もう起きていました。
「お早う御座居ます。祷、杏莉子」
「お早う捧華。今日、早速の授業は、念の為休むべきだと想うち。どうしたい?」
「お早う御座居ます、捧華。一人称祷に賛同。一人称はもう問題ないのでゆきます」
いえ、
「行きたい。はじまりは何事も肝心、そうだよね?」
ふたりは合唱の様に、
「ならば、自力で」
はい。わかっています!
「待ってて。すぐに追いついてみせるから」
様々な事を。
「まぁ用意はしてあるち♪」
目線を追うと衣服に鞄。
祷……やけに陽気ですね……?
「捧華の部屋に勝手に入れんから、わちのだち♪ 洗濯はきちんとしてあるち。合わなんだら、ごめんなさいね?」
………………
…………
……
ひとりになり、
とりあえず着替えで御座居ます。
病衣を脱ぎ、下着に手を伸ばし、
うん柔軟剤の良い香りにくすぐられる想い、
な……のですが……、
「あ? ……あれ?」
上がスカスカです……。
……えーとえーとえーと、やりくりやりくり♪
この未知の敗北感……を。
……あ……の……お……ん……な……ぁ……、
しかし、着けねばならぬのです。
白いTシャツを着て、白い御着物を身に付けます。
黄色い帯を締めるのはフルドライヴで行う。
トートバッグには多分授業に必要そうなものたち。
それはそれ、これはこれ。
有難う、祷。
最後に、日の丸鉢巻きを締め直します。
お部屋に礼し出て、ちらほらお見受けする職員の方に、
七度道をお聞きし、見つけられました。
eの教室を。
念の為、ノックをし、
引き戸を開き入室、フルドライヴ。
雁野先生、祷、杏莉子、七ト聖氏、恵喜烏帽子氏、一途尾氏。
あら? あのお方だぁれ。白い……学生服? 格好いい♪
「遅れてすみませんでした! 早水 捧華! これより出席させて下さい!」
雁野先生のお面が変わっています。
あの口をすぼめて曲げた様な唇にはファーストキスは捧げられません……。
拝見した事がないタイプの外套にも気を取られてしまいます。
「はいどうぞ。てめー子ちゃんやるなー」
……な?
「なにをでしょう?」
「ちょ、ちょっと待て早水? 初めの授業だ。ここが潮時だぞ? 早水なりの和のつくり方なんだよな? 黄帯が初めて見れたから許してやる。確かにシュールな自己表現はかえる。もう座れよ」
恵喜烏帽子氏が、
なにを仰っているのかわかりません。
高度な日本語の新しい活用を説かれているのかしら?
「ギャグに決まっておるち! 家でもいつも笑顔が絶えぬ。そうじゃな杏莉子?」
「一人称は、はいと答えました。腹筋運動がさかんに行われて、視える。つなぎ祷へ警告、一人称にやれば、祷はそこで終わります、と」
な……なにが終わるの……? あたしたち友だちだよね?
恵喜烏帽子氏、
「早水? それ、柔道着だよな?」
………………
…………
……
あーよかったーみんながわらってくれて
あーよかったーいートモダチができて
いのりんたらーべんきょーになったよー
あたしはやらっれぱなしで
へらへらわらえるおとうさんのいでんしは
もってないんだってね
……ど……う……し……て……く……れ……よ……う……か……?……
「てめーらうるせー」
っ!
平板な、……殺……意……、
喉元が冷えて肌が粟立つ。
瞬時に覚えるもの……、
これが……狩られる側の恐怖……だと。
……心身の熱が一気に奪われました。
「笑いは必要だ。だが、不様で殺られたくないなら、熱くても冷めときなさい」
のちに、
黒板というものの実物に、
先生は達筆で、
初めての授業内容を、
お書きになります。
………………
…………
……
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「最初の授業でやる事」
~先生と仲良くしてください~
順位による御褒美
一位「先生の家でお茶漬けを御馳走します」
二位「先生を女子会に連れていけます」
三位「先生がオススメのレンタルビデオ店を教えます」
四位「先生の生まれた惑星の話が聞けます」
五位「先生を相手に愛する女性への告白の練習ができます」
六位「先生の惚れてる女の自慢話が聞けます」
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なんだかこー……、
「あんたがまず『不様』の意味を調べろっ!」
有難う、恵喜烏帽子氏。
「うん? 恵喜烏帽子どれだ?」「全部だよっ!!」
「一位は?」「家にあげる気ねぇだろぅがっ!」
「二位は?」「女子限定だろぅがっ!」
「三位は?」「概要すぎるっ!」
「四位は?」「地球しかねぇだろぅがっ!」
「五位は?」「これもほぼ男性限定だろぅがっ!」
「六位は?」「なんで生徒が教師の恋バナ聞かなきゃなんねぇんだよっ!」
「てめーは苦労を背負い込むタイプだな、恵喜烏帽子お疲れ」
「こんな空虚な疲れいらんわっ!」
揺れない雁野先生に、肩で息をする恵喜烏帽子氏。
勝敗は明らかですが、
あたしは恵喜烏帽子氏のセコンドにさえなりたい。
「……もう疲れたから終わらす。『先生』と仲良くなる為の授業内容を、俺達に教えて下さい」
「てめーちゃん、そんな退き方できんだな。かっこいーぜ?」
一律に発す、
「オイラが子で、てめーらは鬼。『かくれんぼ』だ。どんな能力を使ってもいい。校内にいるオイラを見つけた人から順に今日は帰ってください」
素朴な疑問で、素朴な挙手。
「早水、どーぞ」
「六時間目までに雁野先生を見つけられない時には?」
ニンマリと先生、
「それなら、帰りにラーメンでも奢ってやる」
恵喜烏帽子氏、
震え、
来るっ!
咆哮っ!!
「探す動機がますます無くなっただろぅがぁぁぁっ!!!!」
………………
…………
……
それが、
開始の合図。
雁野先生は瞬時に霧散して、
「かくれんぼ」
地獄がなければ天国の有難さはわかりません。
天国がなければ地獄の有難さもわかりません。
それが現世。
それでは楽しみましょう?
もういいかい? もういいよ♪
あなたはなにをおもうの?
すべてあなたしだい
てんごくまでオーバードライヴ
歌 フィンガー5 作詞 阿久悠 作曲・編曲 井上忠夫