第68話「早春賦」
入学式の朝がやって参りました。
あたしは御寝巻きからトレーニングウェアへと着替え、
静かに皆様とのお家を出る。
大きく、太陽を浴びる事、ストレッチ、
ジョギング、ストレッチを終えて、帰ります。
玄関を開けると、
七ト聖氏がダイニングに立っていらっしゃいました。
見た事もないくらいの美麗な御着物で。
「お早う早水さん。
どうかしら? 麻、おかしくないですか?」
オカシイと言えばオカシイ、オカシクないと言えばオカシクない。
慎重に言葉を選びます、
「そう、ですね……大変よくお似合いです。
しかし、その御着物で入学式へ?」
確かに自由な校風は「それなりなら大丈夫」とのご回答ですが……。
「この装束は十二単衣です。日本国は季節が重要ですから、色合わせに悩みましたわ。どこか……おかしくて?」
純粋な疑問です、
「どの様にして服を土で汚さずに式場まで?」
「――!? ……う、うかつでしたわ……、聡明ね早水さん。賢者の敗北です」
お待ちを? どこに突っ込めばいいのかわかりません。
「さぁそれでは……」
混乱をきたすあたしの横を、ほぼ無音で通り過ぎて行き、
振り返ると外には立派な黒いお車。
「先に行ってますね」
袖付きの外套に、狐のお面の方々が、
七ト聖氏にも狐面を渡し、
装束を上げて、
ゆっくりと乗り込んでゆき、
発車して行きました。
あーそーはははからかわれたんだ女の狐にははは。
お部屋に戻って心身を清める為、水浴びをする。
これはキク。
それから、
様々の身支度。
衣服は、
「式にお招きする御方様によっては、激しい演舞になるかもしれません」
職員様のお言葉が妙に残っておりますので、
長袖ひざ丈の赤地のチャイナ服、
背中に金色の御酉様の刺繍。
広げた翼は前面にいたり、あたしを包んでくれています。
南方の扉を北方に開くと、祷。
多分祷も、装束、
「祷、凄く綺麗、素敵な装束ね」
ちち♪
と笑い、
「わちの巫女装束じゃ。黒は女を美しくみせるてな?」
巫女装束なんだ……、
「緋色に白じゃないんだね」
「通常は巫女装束に具体的な規定はないち。それでも埒外ではある。じゃが、捧華も赤と黄を選んでおるち。そう、奉る気持ちが大事、じゃち」
疑問、
「あたしは気に入ったから選んだだけだよ?」
「ちち♪ 思し召し思し召し」
……よく、わからないな。
「東はもう行った。わちらも行こう?」
皆様で行きたかったです……、
「うんっ! 祷、手繋いでいい?」
「馴れ合いは好かん。行くち」
ショボン。
人生はひとつ山と谷。
気合込め、
でっぱつ!
………………
…………
……
式場到着の頃には、
晴れた空から雨が降りてきました。
入口で、狐のお面を着け、広いか広大か迷う式場内へ。
「なんでこれだけの人しかいないのに、
こんな大きな場を設けてあるの?」
「この場は不明が多過ぎる、わちにもあまり聞くな」
狐の教職員方があたしたちを整列させます。
外を囲う数十名が先生方とすると、中の生徒は七十名余り。
目を見張る程の白い壁面には、
桜の優しい色がはらはらと舞っているのでした。
なにがしかの映像処理でしょうけれど……綺麗。
そうこうする内に空気がみるみる調って。
………………
…………
……
「それでは皆様、大変お待たせいたしました。2016年度の入学式を始めます。僭越、進行役の、……「ざんてい」です。どうぞよろしくお願いいたします」
うん、およそふたつの三点リーダ的間が気になりますが、よし。
御挨拶にスピーチ、いよいよ。
「学園長式辞。全員気を付け」
自然に背筋が伸びて、
場は静粛に。
………………
…………
……
「みなさん、初めまして。学園長の神代です。こののち国歌斉唱があります。わたくしは君が代が好きでね。よかったら、みなさんで歌ってほしい。「君」をみつけ、「君」につかえ、「君」をまもり、「君」といきよ。まだ芽吹いたばかりの早春の詩歌たち、みなさんの入学に、許可と感謝を。有難う、愛してる」
……なに? なん……だ……か、涙、あた……た……かい……
………………
…………
……
国歌斉唱。
祝辞と祝電が御座居まして、
在校生歓迎のお言葉を頂き、
新入生宣誓を終えて、
刻が仕合う。
なにかくる……。
………………
…………
……
「次は、学園の習わし“降霊”です。巫女、並びに霊媒師の皆様、どうぞ。本日は“狐の嫁入り”から玉藻前様で御座居ます。生徒のみなさん、静粛に」
ここでも「たまものまえ」さま?
珍しいお名前……。
それは“陣”と呼ばれるものなのでしょうか……、
中心にはひとりの女性。
白衣に緋色い袴。
フルドライヴで記憶をあさり、
そう、これは……、
幽玄というものなのでしょう。
いつごろか、巫女様が両眼を開くと、
あたしは無限に、
合わせ鏡の中にいました。
………………
…………
……
……予は玉藻前……そなたの名は……
今まで出会ったどんな女性よりも御美しい。
お母さん、ごめんなさい。
「あたしは、早水 捧華です。
初めまして、たまものまえ様」
……驚かぬか……善い……問答を始めるとしよう……
「問答……ですか。よろしくお願いいたします」
……そなたの求めるものは……なにか……
「今は、まだ、よくわかりません」
……万物は……言の葉に縛られる限り……
……全てはじまりながらおわっておる書物……
……すこしさきをみすえ……そこから希をおろせ……
よく考えてみますが、これぐらいしかありません……。
「隣を歩いて下さる人達を増やしたいです」
……友か……分別をもて……人の身はこれっぽちじゃ……
「……? これっぽち、ですか……」
……ああ……しかし……そのたったが……すべてを照らしうる……
「はい……」
……そなたは……心為し……殺生し在る己に……感謝がみえる……
……善いことじゃ……
「いただきますとごちそうさまは頑張ってます」
……森羅万象という家にいる上で……最低で最高の礼儀…………無限に住まえば……それはもう……家族…………人の身は愛憎深きものではあるが…………どうじゃ……ほぅら……捧華……予とそなたは……
……わかりあえぬ……しかし…………わかるな……
「たまものまえ様のような御美しい方と、ご一緒できて、凄く凄く嬉しいです!」
……かゆい子じゃ……そなたらに胸をかす……おいで……
一瞬にして、
………………
…………
……
皆様が、居た。
あたし、祷、歌坂氏、七ト聖氏、恵喜烏帽子氏、
清夜花さん、流天氏、三尾氏、
一途尾氏、誠悟氏。
あら?
「「たまものまえ」様、天休氏、神咲氏、神守森氏は何処へ?」
……必要のない者は喚んでおらぬ……ふたりの子らは弱く強過ぎる……
……極小の魔はひとりで足りる……皇は埒外……
……さすがじゃ……
……よろこびではあるがかなしみでもある……
……進む退くは自身で決めよ……
皇? ……確かに胸中に在る……のに無い……いや、今は……、
「……と言われましても、……人の実体とはまた在り方が違うご様子……」
……学園に居たいのなら……大した事ではない……
間髪、
「では、とびっきりのいっくよー♪ “ぶっとびパンチッ”!」
その声音から一途尾氏の拳を突き出す動作で、
空間が、
ぐらりと震えたのち、
たまものまえ様は実体化していました。
「……うむ……善い……」
「一途尾氏、それは……?」
「想いを込めた拳は、奇跡を起こす! それがっ! ぶっとびパンチの真髄だっ♪」
ごめんなさい意味わかりません。
……つまり能力を乗せて打つと、
事象を固定確定させられるって事……かしら?
「御神、わちらに、象じ給え。宿り“壁”」
祷の声音に、心身がまどろむ。
「念の為短く“保護”したち。みんな、怪我するなよ?」
「有難う祷ちゃん。俺は胃宿だからよ? 祷ちゃんみたいに器用じゃねぇ」
そう仰る恵喜烏帽子氏の、
その後の呟きもフルドライヴで、
かろうじて耳に拾える。
……“Discothèque”……
……疾風!……
……“輪転花炎”……
ゆらり白い巨躯、一歩、二歩、三歩……、
揺れてみえるや、
瞬時!
たまものまえ様の中段へ、回し蹴り入るっ!!!!
其は花が燃え咲かる如くっ!
……しかし、造作もなく……、
たまものまえ様のお身体は、
衝突しながらも微動だに致しません。
……測れるぜ?……力の差ぐらい……
……面白ぇから……さらにっ……
……“疾れっ”!!……
……“胃っ”!!!!……
猛る獣の咆哮っ!!!!
………………
…………
……
……そ、……それでもたまものまえ様は、
ふぅわりと後ろに跳ばれた様に視えるだけ……で御座居ます。
あたし思わず、
「恵喜烏帽子氏、凄いですっ! とても文化系には見えませんっ!」
?
「もう処分してるっ!!」
何故怒るのですか? 赤面しながら。
「じゃ、わいさも胸をお借りさせて頂こうか。とんでもない美女だし」
そのお言葉から、
やにわに風が起こり、
巻きはじめる。
「適当に、窮奇から“広莫風”」
あたしの鉢巻きと髪……身体さえも……圧さ……れる、
……立って……いるのが……やっと……、
たまものまえ様には……どれ程の風圧が……?
「……よわくかえそう……」
ひら、と手。
いちいちゆったり……にみえるたまものまえ様。
風を、薙いで、凪、反ってくる。
ぅわっ!?
宙に……うい……て、
「ぐふぁっ」
……あら? 叩きつけられたのに、
「ほとんど感じないっ! 凄いよ祷っ!!」
「ちち♪」
「風圧まで変えられちまう……か。皆、ごめんなさい」
「あたしは平気です! 凄い能力、三尾氏も、文武両道ですねっ!」
「ぁ……? ……まぁな? へへっ♪ あんた、……いい奴だな」
「早水、反省させるべき時はさせとけ。俺みたいにな」
恵喜烏帽子氏から三尾氏への、
風でやや離れてしまった距離からさえ諌めるほどの関心、
これもきっと絆で御座居ます。
視線をたまものまえ様へ戻したら、
その背後に、
歌坂氏は、居た。
彼女もまた呟く。
刹那静寂閃き、
……“式極可変”脳内構成物質からの……
……“肉体”“強化”つなぎ……
……の龍“甲”“庫楼”……
眩いっ!
さながら緑色連続戟光っ!!
「……善い……善い……」
……フルドライヴでも数手の貫手しか、追えませんでした。
感嘆のあまり声すら出せぬ間に、
「有難う御座居ました」と、
歌坂氏は、
たまものまえ様へ御礼をいたします。
そして……、
波が収まってゆき……、
周りを見渡せる様になると、
清夜花さんと流天氏が消えていました。
「……戦わぬ事もまた戦い……ここから自らで出られるか……好手……
……あとは捧華……そなたとさとりだけじゃ……」
「っ――、玉藻前様も聴こえていらっしゃるのですかっ?」
……誠悟氏が、如実な狼狽えの声音を上げる……。
「……無論……予からすれば普通の事……」
「貴女様が、ほんのわずかにしか聴こえません。……吾は……」
「……予は高僧により成仏した…………そなたは眠っておる時も聴こえるか…………そういう事じゃ……」
「貴女様は、空……」
「……万物は空……とも言える……どうじゃ……おいで……全力で……」
皆様は、及ばずとも尽くされました。
圧倒されっぱなしで、
いつの間にか、真打になりかけてるあたし、
「うん。だから早水さん、吾は“さとり”だと諭そう。大体の未来の“声”も予想できるよ」
やりにくいです誠悟氏。
「あ……あたし先がいいです……。真打は嫌です。無理です!」
「吾はやらないよ? さとりだけだからね。あとはごく普通の人ですから」
ま、まって、待って下さい!? じゃあ、あたしっ、
「ここで退くなら、わちかなり早水さんにがっかりじゃ」
打つ手が早過ぎて痛い。祷が遠くなる。
いえ……そうか、まだ……大輝がありますっ、
「七ト聖氏、真打ですよね? やはり?」
「麻はそれなりですが、今は五分程度の力しか出せぬ身。通用はせずとも、楽しみ出すと、あの御方様にいらぬものを与えてしまうかもしれません。もともと、ここに喚ばれたのは運命ですから」
えーとですねだから……、
「麻はやりませんよ♪」十二単衣の笑顔花。
うわーやってしまいましたあたし。……どうしよう。
……フルドライヴに頼るしかない……、
……フルドライヴたまものまえ様に通じる一手を……
……不明瞭なにを通らせる……
……っ?……皆様の様な力を、です……
……「武」の通る可能性限りなく0……
……全くの0じゃないのっ!?……
……その提示お願い……
……フルドライヴ“絆糸”と……
……“オーバードライヴ”……
……いや……オーバードライヴは、……
……ならば不通で恥をかけ……皆そうした……
……そうか……
……そうだね皆様と影なく笑う為なら……
覚悟を決めた。
………………
…………
……
……追ってこい、……追ってこい、……
疾走する想いの閃き、
静謐から、
……空々漠々……
……空々寂々……
……束の間……なにもなくなる……
ゆこう、
「“オーバードライヴ”」
………………
…………
……
身体が軽いゆっ、 たりと走る。
路よ回れ。
……“絆糸”対象はeとE……
……限定接続完了……
……そうか……みえたよ……透き通って、あたしお借りできる?……
……現状の協力者二名が限界……
……あたし迷いません……
既に目の前にたまものまえ様の左拳。
あーぁ、動作もないのに、この速さ、凄いなぁ。
……でもあらわした刹那にわずかに聴こえました“さとり”で……
交わせたのに頬が熱い、もの凄いなぁ、この威力。
有難う誠悟氏。
「たまものまえ」様……あたしの右拳もみえてますよね?
一体今は何秒経ったのかな? きっと小数点以下の試合ですね。
………………
…………
……
……限界二人目の協力者……
……それでは……
……一途に……尾……
……交差っ……
……音が帰還する……
ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ
ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ
ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ
………………
…………
……
「打ぅっ……」
しかしあるはずのない右の掌へと、
あたしの右拳は優しく吸い込まれてしまいます。
もう……笑うしかありません。
ごめんなさい
たまものまえ様
あたし止まれません。
……全……身……全……霊……で……、
「――擊べぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!!」
………………
…………
……
……それでもね? 貴女様には、
「……そなたらの入学嬉しく想う……怠るなよ……」
全く……通らないんだ。
「……捧げられし華……確かに承けたぞ……」
嗚呼、でもいいやぁ……この微笑みが、御褒美です。
……そう……それを通しなさい……
……誰のお声?……たまものまえ様?……フルドライヴ?……
……覚えると、あたしの身体は式場に、
で……すが、
あたしは……もう……、すぐ……夢に、……落ちま……し……た……。
………………
…………
……
夢の中では、
ハンサムな男の人が現れて、
「よく、頑張りましたね」
そう、褒めてくれたんです。
残念ながら、微笑んでは下さらなかったけれど。
おめでとうございます!i
わらうかどにはふくきたる
わらってくれたらいうことなし
作詞 吉丸一昌 作曲 中田章