第66話~上演の夜明けと~「君恋し」
旅立ちの朝が来ました。
あたしは胸を張るべきところで、何故か俯いてしまう。
溢れるな。
だから見なきゃ、きちんと。
育ててくれたふたりの人達を。
ここは、顔を上げなきゃ、上げるべき時、なんだ。
あたしの立つ玄関に、
カモミールの香りがいつもより足らないので、
ふと靴箱の上に目をやる。
「お母さん、芳香剤切れかけてるよ?」
お母さんも心なし、いつもの覇気がない。
芳香剤のすぐ近くにある幸福のふくろうの縫い物が
「いってらっしゃい」
と、
囁いてくれた気がした。
「はい」
「私からはなにも言う事はないよ。いってらっしゃい。そして、必ず帰ってきなさい。その時にはカモミールは足しとくわ」
「はい。お母さん」
お父さん? そんなに辛そうな顔みたら、
笑って行けないじゃない。
「捧華? これからもそうだが、今まで有難う。捧華は僕を導く光だ。決して無茶はするなよ? 負けても逃げてもいい。それでも、これと決めた事だけは、諦める事はするな。とりあえずの別れに、一手置いておく」
父の贈ってくれる別れの一手に姿勢を正す。
「うん。1/fゆらぎ、というものがある。僕たちは常にゆらいでいる存在です。不確かな僕たちを固定確定させているのが、全知全能の御仕事のひとつだと、僕は想っています。蛍のように明滅しながら、ゆらいで、恋や愛を、謳っているんです。グルーヴやスウィングとは、1/fゆらぎかどうかはともかくゆらいでいる中にある事は、確かだと思われる。アンサンブルは、ひとりではできない。もともと全ては何かと繋がっているけれどね。親和というものは馴れ合いではない。ゆらぎの中の、差し出す手でもあるが切磋琢磨です。泣けばいい。叫べばいい。悲しめばいい。でもね? それが捧華を創り、ゆらぎを豊かなものにしていくよ。白と黒の融和する虹色の楽園が、この世です。有難う。捧華、愛してる」
……っ……なんで? …………なんでよっ?
なんで今そんな事言うのっ!?
黙って良い子で、……泣かずに出ていけないじゃないっ!
……ご近所に、迷惑かけちゃうじゃ……、な……い……。
玄関の外、泣いて、泣いてっ……、
両親に抱かれる。
まだ、ちっぽけなあたし。
しばしで普通学園の送迎バスがやってきたのです。
ひどい顔、学園の方々にも、
しばらく別れる両親にも見せられないから、
最後は、
ニコぱっ☆
「お父さん、あたしあの夜死んで生まれて、覚えた事がたくさんあるよ? お母さん、いつかお母さんを超える女性になるから、どうか元気で」
手を振って、別れ。
「有難う、お父さんお母さんお兄ちゃんお姉ちゃん、支酉神社の皆様、菜楽荘の皆様、菜楽町。あたし、早水 捧華。成長して、帰ってきます」
……いってきます……
………………
…………
……
バスの中には、もう祷が居た。
「祷、久し振り、元気だった?」
「当たり前じゃ、いよいよ普通学園入学じゃからな。楽しみで寝れんかったち」
不敵に返して、微笑む祷。
「美容に悪いよ? ってそれ額になにしてるの?」
腕を組む祷、
「うん……、ひらたくアイマスクじゃろうが、施してある力を感じる。わちも尋ねたが、『学園までの門を通る間に、目をやられる可能性があるから』らしいぞ? 捧華にも悪い事は言わん。大人しく着けておき?」
……、普通の事、なんだよね?
祷の隣に座り、
大人しく着ける。
真っ暗だ。
バスはもう動いていて、少しの不安がもたげてくる。
すかさずお父さんとの夜覚えた事。
あたしのフルドライヴは、
およそ恒常的になっていると言えました。
それでもオーバードライヴはまだこわい。
だから、もういくつか、覚えた事。
……うん、やってみよう。
……フルドライヴ……“感覚増幅”……
あたしの内側と外からの情報量のすくいが増幅され、
暗闇でもある程度の世界が覚えられる様になる。
これで一安心。
そう、フルドライヴが恒常的になってはいても、
さらに研ぎ澄ませ先鋭し走らせる。
集中を怠るとやはりどんどん鈍くはなってしまいますが。
だからといっても、ここは車中。
お父さんお母さんにも「大人しくな」そう言われている。
祷もあたしと話す気はない事を、沈黙が答えてる。
うん。そうだな……、あたしも大人しく。
………………
…………
……
そのまま、走る、おトイレ休憩、走るを、三度繰り返し、
おトイレ休憩中はフルドライヴもよく解して伸ばして、
その間にも車中には同級生らしき人達が増えていきます。
そして……、
その時は、やってきました。
………………
…………
……
光り輝く門が、感覚を突き抜けていき。
歓びに、包まれる。
着いたんだ、普通学園に。
なんだったんだろうあの光は……、とっても心地よかったな。
………………
…………
……
車中にアナウンスが入る、
「生徒、師の皆様、お疲れ様でした。ささやかですが、お食事をご用意してあります。どうぞ各々、お招きしたパーティー会場へ」
……? ここからまた、みんなとわかれるの? 祷とも……?
「気を落とすなち。同じ寮に入る事は決まっておるち。心配無用」
降りて渡されたアルファベットで、
ちっちゃな絶望さんは消失しましたが。
あたしは、祷とふたりでパーティー会場「e&E」へと歩む。
わずか……ううん結構おっきく思う。
「大っきいなぁ……、どこからどこまでが学園の敷地なの?」
応えは返らず祷の呆れ声、
「捧華? なんか力つこてるな? アイマスク取るち? じゃが見てると、燃えてくるわ♪」
「なんで?」
「捧華を超えてやるち、ってな。ちち♫」
やっぱり祷は善い、
「うん、あたしもっ♪」
あれこれ吃驚、あれこれ謎で、パーティー会場へと到着。
迎えて下さる教職員だと思われる方々は、
妙ちくりんな狐のお面と外套を羽織っていらっしゃる。
トランクス一枚の男親がふと脳裏に浮かびます。
「ようこそ普通学園へ。常世 祷さん、早水 捧華さん、歓迎いたします。どうぞ、これを着けて中へ」
手渡される狐のお面、
「こ、……これ、このお面着けなきゃいけないんですか?」
「はい。四月九日の入学式は狐の嫁入りだそうですから」
あたしにはちんぷんかんぷん。
「“郷に入っては郷に従う”。捧華? 着けよう」
なるほど、そう言われたら断れない。ここでも大人しく。
扉の向こうに進むと、目に入る、狐のお面そろい踏み。
向かう壇上から声が漏れて聞こえる。
あたしの“感覚増幅”がまだ効いているのでしょう。
「……あの御方は、……間違いはあるまい承様に限って。
先に始めさせて頂きましょう」
うける様?
すぐに解消できる類の疑問ではなさそうで。
それから、
祝宴の御挨拶が始まりました。
「eとEの生徒、eとEの師の皆様。ようこそ、私立普通学園へ。小難しい事は苦手な校風、普通にやらせて頂きます。まず、皆様のお名前と生き様を、手短に壇上から、お話して下さい。順番は、eとEの先生方、それから、……うん。着いたのが早い方順で、お願いします」
……なんかテケトーな。うんいいですいいです。
これが郷に入る。べんきょーになるなーうん。
先立つのは、これよりのあたしの師。
ぅん?
空気が変わる……、
って!? ……っ……っ……お…………もっ、
……かわ……り……すぎっ…………、
一転、
「てゆーのがオイラちゃんです。あ、みなさんこんにちは♪ 雁野 空蝉です。うんとねー、仲良くなったら先生ちゃんって呼んでください。照れると思います。生き様は、人生は惚れた女を振り向かす為だけの旅だ。よろしく」
まるで大気の質量が変わってしまったみたいでした……、
……圧倒される。……これが、普通の先生なんだ。
っ
瞬刻っ、
……フルドライヴッ……さらに“振り切れ”……
……紙……一重…………氷刃をかわせ……た。
でも……今の感覚……なんだったんだろう……?
一転、
「この程度は躱せる子達もおるか。かか♪ 善哉。川瀬 美代子じゃ。生き様は、そうじゃのぅ……、弱い男の尻を叩いて、一人前にする事かのぅ。よろしく頼むぞ」
「えっくしゅんっ…………、?」雁野先生おっきなくしゃみ。
なんかすでにへとへとだよ。
これ普通なんですよね?
その間にも壇上に上がる人。
「うっす、わいさは三尾 正公。宿るは昏いが、性格は明るいぞ。生き様は、野球とジャズと美食、こんだけいりゃあチームができるっ! みんなで野球しようぜ? ベースボールじゃねぇぞ野球だぞ? よろしくお願いいたします」
お次は女性が登壇、
先程の氷刃でフルドライヴが敏感になってしまっています。
ここもまた転る空気感。
可憐で優雅。
「一人称、歌坂 杏莉子。生き様を考える一人称。……そうね。まだ難解。ひとつ言える事は「探求」。皆様、どうぞよしなに」
なんだか胸が熱くていっぱい拍手しちゃいました。
立ち居振る舞いがとにかくカッコいい女性です。
お次……は、ふたりの男性と女性が寄り添って登壇されました。
どうしたのかしら、あの女性、大丈夫……なの?
「此方は、天休 命」
と、
「此方人等、神咲 秋桜」
綺麗な二重奏で、
「生き様は、森に在り。皆様、これよりのお力添え、どうかよろしく」
……お力添え?
訳も分からず拍手を送る。
不穏を押し遣り、迎える女性。
あっ♪ 捧華、元気出ましたっ。
……うん、……でも、なんだ……か……。
「あたくしは、星野 清夜花です。現在の生き様は、あたくしの空を穢した者への復讐かしら。以上です」
清夜花さん、纏う空気がお変りになった?
不安も募り、次の方、
「流天 虎頼だ。生き様は、在りたいのは、武士らしく。それがしも森に生きる者。どうか天休と神咲を助けて欲しい。頼む」
森に……なにかあるんですよね?
今はよくわかりませんが。
あたしにもできる事なら頑張るよ。
最中に、てってけてー♪と走る狐のお面。
え、走っちゃダメですよね?
「わがはいは一途尾 ぬこ♪ 生き様は、善い奴は、とびっきり♪ 悪い奴は、ぶっとばす!
そんだけ。いいよね? うん、これで善しっ!」
てってけてー♪と降りてきた。
うんいいよねうんいいんだはくしゅ。
くすくす笑う狐のお面。
「吾、誠悟 諭。初めにお伝えしておきます。吾はさとり、知らぬ方は、どうか調べて下さい。なるべく聴かぬ様、気を付けてゆく。生き様は、友だちの連なりを創る事です。よろしくお願いいたします」
カッコいい人ですが、何故だかお辛そうにも見えます。
そして……、
さっきから思っていた人登壇。おっきぃ人だなぁ……。
「ククッおもしれぇなここ? 有難うみなさま。人生ちょっと楽しめそうだ。恵喜烏帽子 御門だ。生き様は、女を泣かす奴等は絶滅させる。んじゃ、よろしくな」
カッコいいんだけど、
壇上では、
ヘッドフォンは取った方がいい気がします。
肌も髪も真っ白で素敵だぁ。
友は無駄なく流れて上がる。
「常世 祷です。生き様は月輪。皆様の光で、わちの在るべき場所を教えて下さい。よろしくお願いいたします」
綺麗だなぁ祷は……、壇上に祷はよく映えます。
そして……、
あたしの番が来ました。
鋭敏になっている、
フルドライヴで流れ、
粛々壇上へ。
開ける世界。
高い、こんなにも。
見渡す、
それでは、参ります。
……フルドライヴ……“絆糸”……
望みはつながること。
今日からあたし達は同志。
なんでも実験。
何が起きるかお楽しみ。
ダメで元々。
「あたしは、早水 捧華です。生き様は、どこまでも、走って、走って、走り抜けるっ! その先へ、その先へ、その先へとっ! どうか皆様、つながりをよろしくお願いいたします!」
伝え終えてから、気負いを抑え、
降りた先に待つ、
祷と手と手をタッチさ
「遅れてすみませんでした。皇 承。生き様、ですか……、皇の名に恥じぬ器に。よろしくお願いいたします」
せると――っ! ……なにが起きた……の?
どうして、あの人あそこに居るの? え……? だ
って――っ!?
っ……もう居ないっ……、
激しい動揺を覚えても、
今は我慢だ。
揺さぶられる感情を抑えないと!
あたしの心……静かにして。
でも、できない……。
「すめらぎ うける」の名は憶えていても。
心の中のその人のカタチが無くなっている。
……なに……なんなの……これ?
「それでは以上の皆様、普通学園の雇う料理人達が、想い込めて作ったもの。よろしければ、どうぞお召し上がり下さいませ」
あたしの当惑をよそに、
祝宴は開かれました。
清々しく……悔しい。
なんだよ……。
皆様…………凄すぎるよ。
普通だけどさ。
ちぇっ
こんな時こそ、
笑お捧華? お天道様見上げてさ?
では、遠慮なくっ!
「いただきます!!」
まくはひらかれました
ひびけ
わたしたちのあい!i
歌 二村定一 作詞 時雨音羽 作曲 佐々紅華