第2話「徒然曜日」
コンちゃんとポップちゃんの誕生を知らせてから、
現在、倖子君とは別居状態になってしまいました。
「少し、整理をする……時間が欲しい」とは君の言。
確かに僕が彼女の立場でも、それを要したと思います。
僕は、具現で産み出した、
胸の痛みがある。
いわゆる、産みの苦しみです。
肉体を持つ子供達を産み出す、
女性の出産と等価です。
――などと、
自惚れを持ちたくはありませんが、
コンちゃんとポップちゃんが、
僕らの子ではない。
そんな想いもまた、抱きたくはないのです。
彼女は、田舎の実家へと帰省しています。
とはいえ、一地方都市扱いにもされる僕が居るこの町も、田舎、そう呼んで差し支えない部分はままあります。
公共交通機関の備えもまだまだ。それに、僕ら家族の住む団地、【菜楽荘】のすぐ西側には、風情のある川が流れているのです。虫さんや鳥さんの鳴く歌も、大体毎日聴いている。
そうだ、
今日は第四の壁を遣って、
僕の、
僕らの住む町を、紹介させていただこうかしら。
………………
…………
……
ここいらの土地は、団地の名前、
由来でもある【菜楽町】と言います。
ちょっとした規模の集合団地。
しかし、
人々は穏やかで、閑静なんです。
主に通うスーパーは一店舗、車両を所有していない為、僕の行動範囲は狭いです。
バスなどの便も、良いとは言い難い。
気軽に利用できるコンビニも、一店舗しかないのです。
薬局も十五分程歩いて一店舗。
なにかにつけ、かゆいところに手が届いたり届かなかったりが、菜楽町の醍醐味、でしょうか……。
お気に入りは、団地内にまばらに点在する公園。
そこで遊ぶ子供達の元気な姿。
「僕もこんなだったなぁ……」
そんな郷愁を、覚えられるから。
あとは財布が温い時に行く、
韓国料理食堂【まらく食堂】。
優しい人達の集う中華料理屋【高尾】。
忘れてはいけないのが、少し歩くと市場にある和食堂【しだの】。
どれも美味しいお店屋さん。
菜楽町へお立ち寄りの際には、ぜひ……、
――ぅん?
僕は、服の左袖に違和感を覚えたので視線をやると、コンちゃんが僕の服の袖を左手でつまんで居る。古びたブリキの右手に、わずかにも揺らさず、小さな鉢植えを持って。
「ただいま♪ てへっ♪ お父さんに、この鉢植えをあげます♪」
僕は、声音を努めて柔らかくする。
「おかえり、コンちゃん。ポップちゃんはどこだい? かくれんぼしてるのかい?」
言い終えて、僕は鉢植えに、初めましてのお辞儀をひとつ。
「さすがお父さんご明察、ポップちゃんは、隠れるのがとっても上手なのです♪」
間に鉢植えの丁寧な受け渡しが行われます。
「ょ……と。
こちらの鉢植えは、
何のお花が咲くのかな?」
「それは咲いてのお楽しみ♪」
コンちゃんの声音はいつも元気。
とても強い証拠だ。
一拍からつなぐ声音でコンちゃんが、
「そのお花は人の涙の雫でしか咲きません。お父さん、頑張って、咲かせてあげてくださいねっ♪」
人の……涙でしか……咲かない花……?
しばし思惟、
しかし、
良い言葉を思い浮かべられず、
「ぅ、うん……分かった。綺麗なお花を、咲かせてみせるよ」
てへっ♪
コンちゃんは、
はにかみ笑いをひとつ残し、
僕のお部屋から消失してゆく。
「…………、涙で咲くお花かぁ、
美しいお花が咲くといいなぁ」
面白けりゃあ、
こまけぇこたぁいいんだよ。
二の次、僕も君も好きな言葉。
僕はお部屋を出て、
えっちらおっちら、大切な鉢植えを持って外出しました。
川風に、あたりたくなったのです。
………………
…………
……
金網のフェンス越しに、川や、お魚、野鳥さんを、ぼぅ……っ、と眺める。鉢植えを両手でしっかりと抱えながら、我が君を、想う。
「寂しいよ……、君が居ないと……」
自然に、涙が溢れた。
………………
…………
……
お恥ずかしい話、僕は、自身で言うのもなんですが結構涙もろいです。鉢植えへの、初めてのお食事は、我が君の不在でした。
君が居ないと、
早く咲いてしまいそうだ。
徒然なるまま、
川岸の堤防を南へと下ってゆきました。
第四の壁を維持し続けながら。
らっかんもひかんも
いっちょういったんよね
きみをうしないたくないよ
歌 手嶌葵 作詞 吉田ゐさお 作曲 吉田ゐさお 編曲 樋口康雄