第20話「Ladybird girl」
あたしは、誕生日以来、
ベースにのめり込んだ。
相棒の名前は「マニ」。
フルドライヴ制限一時間が、
こんなに短く時を刻むのは、
初めての事です。
普通学園入学までの残り半月は、
「マニ」との親睦。
文武も疎かにしたくない。
先人から試み学び。
技を育み、
体にて入出力を染み込ませるんだ。
そう物思う頃。
………………
…………
……
お父さんは、
あたしを慮ってこう言いました。
「捧華? いつもヘッドフォンで演奏していると、どうしても偏る部分が出てしまうと思うから、菜楽荘の何処かの人様に御迷惑を掛けない公園を探してプレイしてみなよ。僕もついていく」
すかさずお母さんがトゲのある声音です。
「へぇへぇ、どうせ私はお邪魔ですよ? どうぞだんな様? 行ってくれやがりください」
ふふ♪
お父さんは、
自分が犯した事は解っても、
その理由が解らずあたふたしています。
「い、いえ……、だって今倖子君、仏像様彫ってるじゃないですか? 三者限定でのWin-Winでは……? ナイスアイディアだと思ったのですが……」
「そういう事じゃないの。私は今、私自身をひどくないがしろにされた気分なの」
ぴしゃり。
お父さん?
すぐさまの回復は無理ですよ?
「でしたら倖子君も……」
「行くわけないでしょ?」
デリケートなバリケード。
沈黙の一夫一子。
お父さんは手持ち無沙汰。
お母さんは集中した環境で、
じっくり仏像様を彫れる。
あたしはお父さんから音楽を教われる。
確かに誰にも損はありません。
でもね? お父さん?
もっともっと、
お母さんを大切にしなきゃダメよ♪
例えお母さんの創作を遮っても、
あたし達は家族なんですから、
「ほうれんそう」はしっかり、ですよ!
余談ですが、
仏像様って美しいし、
格好善いです♪
ひとふたの悶着の後、
今日の食後の食器洗いは、
お父さんが全て行う事で、
小さな嵐を乗り越えた。
………………
…………
……
それではお父さんと外出です。
お父さんは、
電池駆動のベースアンプを持ってくれて。
あたしはマニを肩に乗せています。
カバーの中にはシールドとチューナーとピックです。
それから、
あたしが、
「閑静な公園が好いね」と伝えると。
お父さんは首をゆっくりと横に振り。
「捧華“木を隠すなら森”だよ」
………………
…………
……
そうして現在。
様々な子供達が集い遊ぶ。
菜楽荘にしては賑やかな公園へとやって来た。
早速セッティングできそうな、
ベンチに視線を移すと……、
私は、不思議な光景を目にした……。
……とても、美しい。
セッティングに良さそうな、長いベンチの端に。
一人の、
あたしぐらいの頃合の少女が居て。
その周りには、
幾羽もの鳥さん達が、
集って囀って居る。
お父さんはその光景からすぐに、
「あちゃ。こりゃお導きだな。捧華? 僕は騒がしすぎるから、あちらの女性には近付けない。だからこそ捧華? 礼儀礼節を尽くし、フルドライヴで彼女に声をお掛けしてみなさい。彼女の美しさが、捧華にはわかるだろう? 一時間したら、迎えにいくからね?」
そう言い残して、
お父さんは立ち去りました。
あたしは、
深呼吸を数度、
心身を落ち着けて、
静謐を、
喚びだす。
「ささげフルドライヴ」
刹那に彼女と目が合う。
少しどきり。
あたしの能力にお気付きに……?
まさか……。
それから、
彼女は穏やかに微笑んで、
あたしに手を振ってくれた。
どうしようもない程の……、
惹かれ……です。
………………
…………
……
ベンチに座る彼女に、
一礼。
「あ、あの……失礼いたします。初めまして。あたしは、早水 捧華と申します。こちらのベンチで、音楽の練習をしたいのですが、お隣、よろしいでしょうか?」
彼女の礼はあたしよりも深い。
「座ったままで失礼。貴女の様な方なら構いません。初めまして。あたくしは星野 清夜花です。本日のこの善き縁。どうぞ親しくしてください」
もう一礼で、
感謝をお伝えし。
セッティングを始め……、
調え……、
終える。
………………
…………
……
彼女の存在感、
実力は、
鳥さん達の集いが、
雄弁に物語っている。
今のあたしは演奏家。
実力は、音で語るのです。
頼むよ相棒。
マニを歌わせられる様に。
あたしはあたしのグルーヴを、
暗中模索。
しかし、
演奏し始めてすぐに、
あたしは違和感に気付かされました。
違うのです。
室内で弾くのと屋外では、
周りと内側に送られてくる感覚が。
あたしは、演奏を止める事にしました。
………………
…………
……
彼女は平然と尋ねてきます。
「捧華さん?
弾いてはくださらないのかしら?」
少し沈黙し……、
あたしはお父さんの言葉を思い出す。
「あたしの父が言ってました。音楽はひとつ。混沌を乗り越える調和だと。先にいらっしゃる清夜花さんの自由を侵害してしまう程までに、あたしはあたしの自由を謳いたくはありません。まだまだ鳥さん達の音楽には及びませんでした」
そうお伝えすると……、
生まれてこの方、
聴いた事もない音が震えました。
なんて音楽……なのでしょう。
その音の主は、
清夜花さんの肩に、
いつの間にかいらっしゃったのです。
「捧華さん。貴女は賢き道理、筋を通す方ですね。あたくしを、鳥達を重んじてくれて、有難う。こちらの鶯は、あたくしの良き師であり、お友だちの法華です。法華も貴女に有難うを歌ってくれました」
あたしは法華さんに頭を下げます……、
と、
また鳴る美声。
あたし達は、改めましての自己紹介や、
お互いの家族の事。
趣味等々、
少しずつ距離を詰めてゆき、
お父さんの「お導き」と「縁」の妙に、
辿り着く事になります。
お父さんが公園の外側から、
手を振ってくれているのを、
覚えられる頃合。
最後に、
「清夜花さん、また会ってもらえますか?」
彼女の表情は少し前から、
何処かしら曇ってみえる。
「……いえ、あたくしは、
もうすぐ私立の学園の寮生活へと入るのです」
清夜花さんの言葉に、
わずかの険を覚えましたが、
あたしは退けず、
尋ねずにはいられません。
「そっ……その学園の名は……もしかして……?」
………………
…………
……
仕合いから、
仕舞いへの、
仕合わせ。
そしてまた……、
仕合いが始まる。
じゅんびはいい?
すでにあなたはしゅくじょ
はなははなにであう
歌 the pillows 作詞・作曲 山中沢男