第16話「Eternal Flame」
君が居ない日々。
僕はもう限界だった。
僕と居る日々。
君にはそれが限界だったのだろう。
それでも僕は決めた。
君を、迎えに行くと。
………………
…………
……
支酉神社様へ、捧華と。
荷物の支度をしてから参拝。
御報告に行くと、
早速、
御酉様の鳴き声に感覚が揺れます。
……童……大樹が慶元令をつこぉてよいとゆぅておるぞ……
………………
…………
……
「……坊や…………慶元令は扉と扉の境界じゃ…………坊の知る土地の門なら渡してやろぉて…………愛しきを強く想ぅておるか…………惹かれおぅておるか…………坊の道標は確かか…………道に迷うなよ坊……」
未熟な戸惑いから、
はっきりと決断します。
「……僕の宇宙には、君が指し示す、星光りしかありませんから、きっと大丈夫です」
御酉様、大樹様、白無垢の御方様。
捧華まで、皆が笑う。
より一層厳かな声音の大樹様、
「……坊……我に手をかざせ……」
念と掌。
すわ変容するせかい。
また慶元令へとやって来ました。
片方の右手は捧華と繋いでいます。
一寸の間から、
……童ひとりでは…………まだまだ頼りないでな…………この子とともに今はあろう……
御酉様が助力下さる。
愛娘は朗々と、
歌う様に抑揚をつけて、
「はいっ、凛音ちゃんっ!
よろしくお願いしますっ♪」
……童にもこれぐらいの可愛げがあればの……
い……いえ……、
「僕は一応俗世では、擬態しなければならない風体と齢ですので」
大樹様からの、
うねりのある波動を感じます。
畏怖と安楽。
……坊…………扉を探し…………一等に光るもの開け……
君を想い。
魂に還る。
ふと、
頭上をとても大きな人差し指で、
と
と、撫でられる感触。
こ……これはまさか……、
「御神様!?」
……これまでよく生き延びてきた…………この業と技をおまえ達なら活かしてくれると信じ…………わずか貸し与えよう…………縁と縁が自然重なりし時だけに……用いるが善い…………名はすでにおまえ達自身がわかっておろう…………では……またな……
僕……は……、
い……し……きが…………こ……ん……だく……、
……し……て……い……く……捧……華…………っ……、
………………
…………
……
思い掛けず……、
気が付くと捧華の手は離さずに、
一見、見慣れない土地へ、
暗い夜道出た意識……、
いや?
眼下におわす、
小さな御地蔵様には見憶えが御座居ました。
ここは君の故郷【野水町】だ。
すゎ
と瞬き光る、
捧華の左手。
……童……心きりと伸ばせ……来るぞ……
「はい」
その御言葉に、
僕はやや緊張する。
行く道へ目を凝らすと……、
う……ん? なにか……影?
……暗闇が、……動いている。
僕が心を調え終える前に、
捧華の左手がさらに光る。
……降りし光……還れよ……昏き子ら……
しん
御酉様の清き言の葉が場に降りました。
静まる……。
少し……違う……、
……凛音様が鎮めて下さったのでしょう。
……ほれ奮発じゃ…………儂について参れ……
僕は捧華の手をぎうとしてしまい、
彼女の視線から、
自身の張り詰めたものへと気付く。
和らげる事で、
捧華に安心を伝えたいと願う。
ひとつ。
安心を家族に送り続ける事が、
僕の想う人の一生の、営みというお仕事です。
凛音様に遅れない様に、
捧華を連れて歩き始めました。
「凛音様……あれは?」
間髪、
……童……人間とはなんじゃ……儂に教えてくれ……
言外の応えとなります。
「わかりません」
光を湛える凛音様。
……つまりは儂もそういう事じゃ…………だが儂らはあの子らから……離れねばならぬ事は…………感じておるな…………今はそれだけで……善い……
え……と……あと……、
「……あの凛音様? 何故……」
……昼から夜になっておるかか…………小さいのぉ…………心配せずとも善い…………童の道標が確かなら…………慶元令は必ず応えてくれる…………大切なのはこちらじゃ…………童の闇を覚える能力は…………慶元令からの…………童への…………穢れへの理解と清明なる施しじゃ…………努々忘るるなかれ……
「はいっ」
野水町の中心に近付くに連れて、
闇が去って行くのを、僕は感じられる。
ゆくりなく、捧華が懐かしい歌曲を、
静かに口ずさんでいる事に気付きました。
「捧華? よく憶えてるね? 英語の勉強でフルドライヴさせたのかい?」
ニコぱっ☆
明るく照らしてくれる、
愛からの笑顔の光。
これじゃどちらが保護者かわからない……。
「とっても素敵な歌曲なのです♪ ……だけど、お父さん? ……本当に、哀しい歌曲でもあるよね?」
……え? ……何故?
「捧華や? 哀しくなんかないよ? その歌曲は、永遠を捧げる魂そのものですよ?」
捧華は首を横に振り、
僕の言葉に納得してはくれません。
「エターナル……、永遠なんて……無いじゃないですか……? 素敵な人も歌曲も永遠じゃない。あたし達は死んでしまうじゃないですか。その内忘れられてしまうじゃないですか。捧華はそれを想うと……とても……とっても、……哀しくなってしまうのです」
ようやく捧華とピントが合いました。
僕は嬉しくなる。
なぜなら、
愛娘に希望と呼ばれるものを、
贈る事ができるからです。
「捧華、大丈夫だよ。その国によっては、『永遠』と書いて『神』ともする。僕らは望めば、きっと永遠を共に歩ける。僕らは愛しあった記憶、憎悪の歴史を、忘れ去ってしまうかもしれない。だからこそ神様がおわす。だからこそ神様に捧げられる。『御神様、あなた様が御生まれになって下さったからこそ、こんなに美しい輝石に巡り逢えました』そんな想いや意志を。神様は永遠に、大切に護って下さる。生み出された全ての命の記憶。誠の愛を」
捧華と繋ぐ手が、
喜びではちきれそうに覚えられる。
「そうですかっ! こんなに素敵な歌曲。全ての音楽家様たちの愛は、未来永劫輝き続けるのですねっ?」
捧華の表情に輝きを取り戻せました。
捧華……でもごめん。
愛は、甘いだけのものではないんだ……。
ですが、……うん、そうだよ。
そうに決まってる。
どんなに理不尽に思える、
憎悪や悲しみにさえ、
きっと意味があるんです。
愛とは連なり、
拡がって絆いでゆくものなんだ。
「はい。捧華? 人の進化を、信じて歩いてゆきま……しょ……、……う?」
気付けば野水町に流れる川。
その上に架けられた、
橋の欄干まで来ていました。
反対側に見知る人影。
…………、倖子……君……です……
………………
…………
……
ゆっくりと……、
……僕らはひかれあう……。
嗚呼……、
僕の瞳のファインダーが、
少しだけ揺れながらも君を……、
君だけを写して、
瞬きをする度、
シャッターを押しているんだ。
君を自由にしてあげたい。
だけど絶対に……、
離してたまるものか……!
御神様、
どうかこの想いを忘れたら、
僕を、
ぶん殴って下さい。
………………
…………
……
君に近付けても、
僕は想っている事がすぐに口に出せずに、
「もう夜だよ?
女性のひとり歩きは良くないな」
僕は震えているだろうか?
だとしたら、
きっと……それは、
「今はひとりじゃないよ? ……来るの……遅いよ?」
僕は瞳を閉じて。
心から君をみて。
右手を君の胸に、差し出す。
そうすると、
君の、生きている鼓動を感じられる。
命の有難さを覚えられる。
「一緒に帰ろう? 菜楽荘に」
君の鼓動は、「うん」。
そう、跳ねるけれど、
「……どうしようかな? これからの、心也君次第かな?」
僕にできるだろうか……、
縁と縁が巡り逢いし時、
ふたり手と手繋いで、
祝詞を紡ぐ。
僕らは、ふたりでひとり。
重なり合う、
“久遠之焔”
………………
…………
……
捧華?
その歌曲が、
震え、
響き、
解せるのなら、
貴女はすでに立派な女性で、
音楽も、
修了です。
ずっときみといたい
でもきせつはうつろう
くおんのほむらはとまらない
Song BANGLES
Lyrics/Music Susanna Hoffs Billy Steinberg Tom Kelly