第160話~第一幕閉幕~「光と影」
…………ん…………ぅ…………ぅ……ぅん?
……そう……か…………あたし……
……オーバードライヴで……意識を……。
――って、
「ここどこっ!? ぃぁぃたっ!!」
こ……これは、また筋肉痛に…………。
「気がつきましたね早水さん、
ここは車内ですよ。シェアカーの中です」
「風月先生……、シェアカー……? くるまを分かち合う……?」
「そうですね。それであってます」
「なんだかよそ行きの香りのするお車ですね……」
「風だけが所有している車両ではありませんからね」
「……なんで、あたし後ろの席なのでしょうか?」
「それはもちろん、貴女が雁野先生の、大切な生徒さんだからですよ」
「……? 大切な人は後ろの席に乗るものなのでしょうか?」
「……運転中には、風はあまり長く喋りたくないのですが……、
早水さんは、あまりお車に乗った経験がない様ですね?」
「あたしのお家、お車ありませんから……」
「そうでしたか……。これは失礼しました。
しかし、ご両親は賢明なお方々の様です」
「ど……ドコがでしょう?」
「車に乗らなければ、
他人を殺す確率も自身を殺す確率も、
人生の中で、グンと下がりますからね」
「……そ、それは事実でしょうが、
単にお家にお金がないからだと思います……」
「でしたら風の様に、シェアカーを利用すれば良いのです」
「シェ……シェアカーってお安いのでしょうか?」
「車両を所有する事に比べたら、遥かに、そうですね」
「……ぅ……、ですが多分父は利用しそうにありません……」
「そう、ですから賢明なのです」
「いえ、全然そんな事はなくて…………、ただ父は……」
お父さんを褒めてもらえて凄く嬉しかったけれど、
やっぱりお父さんは、
凄く臆病な人であるのは事実ですから、
何も言えなくなってしまいました。
………………
…………
……
「さ、早水さん、もう少しで四角荘に着きますよ?」
「そう……ですね。あたし、五代様に……」
「風から、きちんとお伝えしておきますから大丈夫ですよ。
今日貴女がすべき事は、心身の疲れを癒す事だけです」
そのお言葉とともにお車のエンジンの音も止まった。
「…………、あの……、風月先生との稽古の結果は……?
あたし……、何も憶えてなくて……」
「風の想像を超える一打でした、確かに、承けましたよ」
そう……か……、あたしは風月先生に遠く及ばない……、
けれど、提案には勝った、とは言えるのでしょう。
では――、
「それでは……、貴方、…………貴方様は、
先生は――、ふ・りぃだむさんなんでしょう!?」
「そうですよ」
「っ――!?」
「と、答えたら、今の貴女には満足なのでしょうけれど……」
「……先生は、触れたらなんでも答えると仰いました!」
「正直にとは言ってません」
「ぅ……ズルいです、そんなの……、
あたしに全力を出させる為の……、罠だったんですね……!
「Daddy」とはどうなったのですかっ?
「Mother」とはなんだったのですかっ?
そのご本はハッピーエンドではないのですかっ!?」
「早水さん、風らはまた近い内に出会えます。
今日は明日の為に休む事だけを考えてください」
「…………、取り乱してすみません……。
でしたら、そのみっつのお答えを聴けたら、今日はもう困らせません」
「そうですか……、では手短に済ませましょう。
「Mother」と「Daddy」…………、
善と悪とは、人々そのものの天性や環境が形作るものでしかありません。
答えは貴女自身が、その都度、魂や心に問い掛けるべきものです。
自身が善であるか悪であるか、答えはいつもその個人の傍らにあります。
「Mother」と「Daddy」とは極めれば、単なる記号です。
光だけのせかいも、影だけのせかいも、風は見た事がありませんから、
現状では、そうお答えするしかありません。それが風の光と影です」
「……そう……ですか……でしたら、風月先生は、今、お幸せでしょうか?」
「早水さん、幸せのひとつは、明日にかける祈りの様なものです。
それが見つかっていれば、どんなに辛い日々でも、
たった一つで、すぐさま幸せという字に様変わりするものですよ」
「…………、今度、いつ風月先生とお会いできますでしょうか?」
「また、来週の土曜日にでも、瑞希図書館にてお会いしましょう」
「稽古もつけていただけますでしょうか?」
「もちろん、むしろそれが主目的です」
その声音の後で、お車のドアロックが開く音がした。
今日はもう、これまで。
「風月先生、お世話になり過ぎて、言葉にしづらいですが、
ここまで、有難う御座居ました!」
「いえ、早水さん、お互い様ですよ。
シートベルトの外し方は分かりますか?
うん――……、はい、それで大丈夫です。
今日は念を入れて、よく休んで下さいね」
そして、あたしはお車から出て、
風月先生が見えなくなるまで、お見送りをした。
時計はもうすでに、門限の午後七時を回っている。
四角荘のみんな、もうご飯済ませてるだろうな……。
あたしは、筋肉痛でギクシャクする身体で、
あたし達のお家の玄関を開いた。
………………
…………
……
「すみません。早水 捧華、只今戻りました」
そこですぐ、あたしの目の前に入って来たものは……。
「予定通りの「運命」。
おかえりなさい、捧華さん。
それでは、みなさんでお食事を頂きましょう」
「捧華、遅いち! わちもうお腹と背中がくっつきそうじゃち!」
「一人称は祷に申します。
固有名詞「七ト聖」さんの能力で、
到着時刻は知らせていただけましたが、
最初に捧華を待とうと言い出したのは、祷です、と」
円卓で、あたしを待ってくれていた、仲間達。
風月先生…………?
先生の悲しみの向こう側にあるものを、
あたしはまだ理解できないのかも知れませんが、
どうしてこの確かな、「みんな」のぬくもりを手放せると言うのでしょう?
今夜の憂いは両親ひとつに残して、
あたしはあたしのやるべき事をしよう……!
お父さんの教えてくれた、
第四の壁の力が今はもう少しだけ解るようになる。
第四の壁は、人が絶対に孤独になれない装置、概念。
何処にいたって、どんな想いでいたって、
自我がある限り、人は誰かの思い出と繋がっている!
第四の壁は、過去、現在、未来、時空を超えて世界に干渉……、
他者と繋がる為の能力なんだ。
だから、あたし知ってるよ? あなたがあたしを支えてくれている事。
思わず、視界が滲んで、どうしようもなく、伝えたいんです。
祷、杏莉子、麻、そして――、
「みんな、ありがとう……!」
あなたのお陰で生きています。
あなたのさいてくださった
たいせつなおじかんにしんしゃいたします
あいしてる
歌 Polaris 作詞・作曲 オオヤユウスケ