第14話「Top Of The World」
満月を見て、
僕は、ひとりごちる。
「君想ふ ふたかたみしの まろき月」
君がまた出て行ってしまった……。
第四の壁と語り部をつないでいるという事は、
僕はまだ生きているようだ。
捧華の勉強、
次は英語で、
君がみてくれるはずだったよね?
僕はせかいのドン底。
………………
…………
……
「お父さん? 英語教えてくださいっ」
捧華の声音には、
「元気出して」が、
優しく込められています……。
「捧華有難う。……そうだね。ここで僕がへこたれる様では、倖子君に本当に手を繋いでもらえなくなる。よしっ! レッツスタディイングリッシュ!」
「それでこそお父さんなのですっ♪」
ニコぱっ☆な捧華。
……?
ぅん?
「そう言えば、以前から気になっていたんだけれど、捧華……口が流暢にまわる様になったと言うか……、口調がまた少し変わったね?」
これも岡目八目、なのかな?
士別れて三日なれば……というものでしょうか……。
いずれは置いていかれる身とはいえ、
僕もまだまだ努力しなきゃね。
「あたしには特に自覚はないのですが、いつも見てくれているお父さんがそう言うのなら、きっとそうなんだと思います」
往々とした事だろうか……。
彼女は凄い早さで成長している。
しかし、
「捧華? 困った事とか悩み事とかあったら、遠慮なく相談しておくれよ? これでも捧華のお父さんでいたいんだからさ?」
愛娘は、しゅたっと明るく敬礼の素振り、
「わかってます。お父さんお母さんにはいつも感謝してます。ですからこうやって、英語教えてって頼んでます」
う……潤う喜びと張り付く責任がないまぜになる。
僕、倖子君と魂の双子、
そして、捧華にまで愛想尽かされたら、
そこが僕の真の地獄だ。
………………
…………
……
「実は英語の教え方ってよくわかんないんだよねぇ……。海外への渡航経験も一度しかないし……」
捧華からわくわく感。
「海外って日本以外の国って事?」
「うん。そうなんだけれど、基本会話術書の携帯と身振り手振りで割りとどうにかなっちゃうんですこれが。自身の言語スキルに応じた立ち居振る舞いを弁えてね? それやこれは、やはり僕は音楽のお力が大きいかなぁ」
拙い助言を思い巡らす、
「捧華は女の子だから、発音、発声の、素敵な女性シンガーさんから、たくさんの事柄が学べると想うよ。まず聴いてフルドライヴ。それからはあわせて歌ってフルドライヴ。……あ、一時間をこえるフルドライヴは……」
いーっと、歯を見せる可愛い娘。
芸能人は歯が命ってありましたが、
愛娘は、そこにはやりたくない……。
僕は「競争」より「共生」を示したい。
「もう耳にタコさんが大漁なのです」
ごめんな、ありがとう。
だけど僕の家族達はともかく、
僕個人の遺伝子は、多分劣等生だからね……。
持続と反復が肝心だと思っているんだよ。
「そうか、なら僕はいいんだ」
愛娘がすかさず僕の懐に差し入ってくる。
「では、お父さん?
素敵な女性シンガーさんをご紹介くださいませませ」
そうだ……なぁと、
いつも身近にある
ミュージックプレイヤさんを触り、
一曲再生させる。
~♪~~~♫~~♪~~~~♬~~~♪~~♫~~~~♪~~
耳を澄ましてくれる捧華。
「……はぁ~♪ 優しさの中にも凛とした美声……。素敵っ♪ こちらの歌曲なら英語の勉強も捗りそうなのです」
ぅん……ぁっ!?
これは伝えておかないと、
「捧華? 日本語は五十音、英語は26文字。これがなにを意味するかわかるかい?」
両方のこめかみへ、ひとつずつの拳を、
軽く押し当てる仕草の愛娘。
「……と……とりあえず……英語の方が簡単?」
「と……とりあえず、ですか……。しかし、ひとつの解ではありますね。捧華……僕は他人と会話するのが、はっきり嫌いだけれど。会話には、交流、人と人とが、適切な距離を探りあう。とても大切な役割があります。例えば、ひとつ。余談になるかも知れませんが、捧華がアクションゲームが好き。僕はシミュレーションゲームが好き。それを同じ言語で交わし合うのも、立派な交流になります」
思惟するも、
分岐選択がいくつか生じ、
内心躊躇する僕。
「……それで捧華? ……僕はゲームの究極に洗練されたものはアドベンチャーゲームだと思っています」
反骨の兆しの愛娘、
ですが大丈夫。
想定の範囲内です。
「なんでですか!? アドベンチャーゲームなんて、セーブとロードと既読スキップじゃないですか……確かに心を動かされるシナリオは、プロフェッショナルのお仕事ですけど……」
愛娘が凄い事言い出したな……。
少し小突かれた様な頭痛を覚える。
「うん、素晴らしいゲームを創り出して下さる、クリエイターの皆様方には僕から謝っておくよ」
愛しい娘よ、壁に耳あり障子に目あり、ですよ?
しかし、
彼女の弁舌はまだ続いたのです……。
「アクションの斬って斬ってぶった斬りまくるっ! あの爽快感に比肩し得るものなどないのですよ?」
家の中にトリガーハッピーを見つけた。
しかも諭す姿勢が垣間見られるからなお恐ろしい。
「一概には言い切れないですが。単純に二十四文字の差異。僕らにとっては英語の方が簡単なんだ。……と考えられる部分は幾許かはあるでしょう。それに、日本語は美しい。誇りに思っていい事です」
現状捧華が海外へ行きたいと言い出したら、
倖子君主導の厳重な家族会議が開かれる事でしょうが……、
ですが、悲しいかな、今君は不在。
「それでも捧華が将来海外を……、学びたくなったのなら解ってほしい。日本は小さな島国である事。26文字をある程度学べれば、多少の国々を、やすく生き抜いて行ける事」
そして、
愛娘を思い遣る気持ちで告げます。
「アドベンチャーゲームの特に素晴らしい部分は、その敷居の低さにあると僕は想ってるんだよ。より多くの人が、平等に始め、終えられる可能性が最も高い。シンプルにゲームが洗練昇華されたカタチだと想うんです」
「ガ……」
ガ? ……ガ、続きなにかな捧華?
「日本ガラポゴス化でしょうかお父さん!?」
あ、……ああ、ガラパゴス化ね……。
「日本は小さな、ある意味では隔絶された島国。それは愛する自国を守る為もあるでしょう。……しかし、進化の福音からも、耳を閉ざしてしまっている部分もあるかも知れませんね。ま、“人間万事塞翁が馬”。ケセラセラなんですが」
「捧華は、あたしは大局を見渡せる淑女になるのですっ!」
なんだか奮起している愛娘。
僕の幼少の頃は、そんな情熱無かったなぁ……。
嫌なガキだったけれど、
傍らにある君達を伺えれば、
僕の人生は上出来だ。
「うん。そうしてください。あとは灯台下暗し。未来を見過ぎて、現在を疎かにならない様にしましょう」
どんなに会話交流が空転していても
まとめらしきは要るものでしょう……。
「つまり英語は、そのシンプルさの昇華故に、奥が深い言語でもある。お父さん、この理解でどう?」
あら? 劣等先生から十以上の理解を得ている……。
「うん。これだけは肝に銘じておいてください。自身、自国の『愛』を踏み躙られたくないのは、きっとどこの国々の御方様も一緒だよって事。捧華、有難う。お疲れ様でした」
これにて、
捧華の、
英語修了と、
相成りました。
………………
…………
……
もう身体の指では追いつかない程、
君の実家に電話している。
今日もまた留守番電話。
「……あ、もしもし心也です。失礼いたします。倖子君? 今日捧華の中学英語修了しました。勝手にごめんね。僕も責めないから、君も君を責めないでね。まだまだ拙いけれど、君を愛しています。今日もお疲れ様。みなさん、ご自愛下さいませ。倖子君? 僕、待ってるから、いつでも帰ってきて。いつでも君を必要としているから」
待てば海路の日和あり。
そうして僕想うんです。
僕がドン底なら、君にてっぺんに居てほしい。
そうしたら、僕のドン底気分にも陽は射し込む。
心に、
君の微笑みが映し出されるんだからね。
どうか、
君を、
せかいの頂点へ。
ぼくはきみといつもいっしょ
それがすべて
きみをせかいのちょうてんへ
Lyrics/Music Richard Carpenter John Bettis




