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XO!i  作者: 恋刀 皆
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第143話「Hyperballad」

「それじゃあふぅくん、行きましょうか?」


………………

…………

……


 ついにこの日がやって来た。

ぼくはこの日を待っていたのだろうか?

それとも、避けて通りたいと思っていたのだろうか?


 まだ白夜に差し掛からない黒夜に、

使い物にならなくなった不用品、

浮揚艇の部品や瓶、ナイフ、フォーク等々、

Green Grassでかき集めた様々な物を、

貨物浮揚艇ホバーに載せて、

そぅるさんが風に一声掛けてくれて現在、

風は頷いて、


そぅるさんは、貨物浮揚艇の自動制御を開始させた。


………………

…………

……


 風は乗り物酔いしやすい体質ではないみたいだが、

乗り物を利用をする事はめったにない為、

人の走る速度より、明らかに速い浮揚艇が、

森の合間をするりするりと自動制御で抜けて行く事に、

最初の内は、ぶつからないのだろうかと不安を覚えた。


 ぼくの纏った空気を気遣ってか、

目的地まで、そぅるさんは一言も声を掛けてこなかった。


 そして、大体半刻程で、


………………

…………

……


「さ、風くん到着よ。

ここがそぅるの儀式の地【樺崖ビョークリフ】」


 星凪交差点でも度肝を抜かれたが、

この樺崖も負けず劣らずの、壮観が広がっている。

Green Grassがここまで標高のある土地だったとは、

露程にも想像できていなかった。

「NSFD」が体内を巡っていなければ、

とっくに高度障害に陥ってしまっているのかもしれない。

それにしても黒夜に光る膨大な量の彩雪と、

主に上空に瞬く星々の統べる樺崖に感嘆する。


 しばらくしてから、ようやく白夜が訪れ始め、

久し振りに風は、極力光の恩恵に預かる。

空気ドリットにも一層の空気を送る。


 その間にも、大きな猫……、

そぅるさんは足をもつらせながらもせっせっと動き、

浮揚艇に積んである不用品を集めて、

驚いた事に、崖の先端まで何の躊躇もなく歩き、

様々な物達を崖の向こう側へ、落としてゆき、

それらが下空を割り入ってゆく音へと、

耳を澄ましている様にも見える。

それを何度も繰り返しながら、大きな猫のアヴァターが、

目を細めて少し微笑んで、


「儀式と言っても、たったこれだけの事なんだけどね。

そぅるが倖せを感じる為に、必要な行いなの」


………………

…………

……


 途中から、風も勇気を出してお手伝いし、

それから、十分も掛からず、儀式は終了し、

浮揚艇により、帰路へと向かう。


 その最中、


「風くんはヴィレスから来てるから、

詳しい説明は不要だと思うけれど、

もし知らなかったら憶えておいて。

この万華鏡惑星を、

そう言わしめるひとつの重要な要素に、速度があるって事。

人間の命は、そんな馬鹿なと思うくらいの高さでも、

亡くなる事があるわ。

それでも、そぅる達先人は、

あらゆる自殺を食い止めようと、努力されたのね」


「それが『時速一十フィフティーミラー』ですね?」


 そう僕がSlave Driverの監理者からの言葉を、

すっと差し込むと、そぅるさんの空気は少し和らいで感じる。


「その通り、

だからこの万華鏡惑星には、

飛び降り自殺者が極めて少ない訳。

だけど……、命を救う為の多世界が、

逆にそれに気付き、生きる意味を見失う者が増えたり、

必要最低限の人付き合いで生涯を全うしてしまうからこその、

孤独死が最も多くなってしまっている原因なの。

さっきの樺崖も、知る人ぞ知る、

有数の交差点クロスオーヴァ・ポイントだから、

本当にフライトしなければならない時は、使うといいわ。

時速一十以上であればある程、フライトの精度は上がってゆくから」


 風は神妙に頷く。

監理者の言葉をさらに裏付ける情報を、

そぅるさんから得て、情報をより確かなものにする。


だけど……、


だけど…………、


ぼくが本当に確かめたい事は、そんな事じゃないんだ。


………………

…………

……


 3Dアヴァターの大きな猫、そぅるさん……。

風の出した解答が、例え何れ程正しかったとしても、

それを誘導尋問の様なカタチで導き出したくはなかった。

だからと言って、あからさまな単刀直入も避けたいが、

どちらかを……、変化球か直球かを選ぶとすれば……、

真っ直ぐに、問い掛けたかった。


 どうすれば良いか、貨物浮揚艇の中、

足元に目を向けると、ヒントが目に映った。


「そぅるさん? 僕の履いてる靴の事なんですが、

この靴は、僕の両親からのたったひとつの贈り物なんです。

僕は両親のぬくもりを知らないから、

ただ、なんとなく履き続けていた、

なんでもないものだったのですが、

いつかJ-D-Vで調べてみて知ってるんです。

この靴は街中を探しても、一足たりとも同じ物のない、

ハンドメイドの、世界で一足しかあるはずのない靴だって事を」


 風のその言葉に、そぅるさんの感情は激しく交錯する空気。

一時……沈黙が流れる。

それでも、次の言葉への空気には、


「それは当たり前よ。

その靴は、これからそぅるから生まれてくる、

奇跡たからものへの、未来の贈り物なんだから」


彼女の真心を感じられる。


 僕の感情は……やり場がない。

気付けなかったとはいえ、

風は、風を捨てた人達と、

あんなに穏やかな時を過ごしていたのだから。


 それでも『天使チェラブ揺籠ロック』を起こす前のぼくはもう死んだ。

今の風には若干ではあるが、余裕がある。

それはつまり、どうして風を捨てたのかを、

受け止められる余裕だ。


「やはり貴女は、ぼくの母親……、るぅさなのですね」


「そうよ。けれど風は未来からフライトしてきてるから、

そぅるにも分からない事だらけなの。

話し合えば合う程、齟齬が生まれてしまう事は解って頂戴」


「解りました……。でしたら……、でしたらひとつだけ教えて下さい」


「ええ、いいわ」


ぼくは捨てられたのですか?

それとも、他に何か訳があったのですか?」


「貴方の人生には、どんな謝罪の言葉も無意味だけれど。

そぅるもこんも、貴方を忘れた日なんて一日もないはずよ。

全てそぅるの所為よ……。

今のGreen Grassのお仕事は、

ヴィレスで暮らす為の資金集めなの。

おおまかに、改名制度とそぅるの今後の介護費用、

そして、貴方が一人で立って歩ける程度の財産を稼いでいるの。

こんとそぅるの夢を、叶えたいの」


「ひとつだけと言っておいて申し訳ないですが……、

改名制度とは何の必要があって行うものなんです?」


「そぅるは全数字しょうがいしゃだから、

ただ「0011・011」を暗号化して、街で住みやすくする為に、

「そぅる」を「るぅさ」にするつもりなの。

どちらも数語ナンバーワードでは、

同じ「0011・011」の本名と「000」だから、問題はないはずよ。

けれど、こんは違う、かれ感字いっぱんじんなの……、

かれ感字フィリングワードの中でも、

ほとんど頂点と呼ばれる「魂」の一字を改名してさえ、

貴方とそぅるを「看」る事を決意しているの……」


 そう……か、「こん・もゆる・000」も「かん・まもる・000」も、

数語にすれば、「00・000」だから、

暗号化する事も改名も可能な名前になるんだろう……。


 『天使の揺籠』を起こす前、

あれ程望んでいた、嘆いていた、憤懣遣ふんまんやる方無かった両親ひとたちが、

その実、まるで水が流れる様に導かれ、

とっくに見守られていたなんて、風は相変わらず酷い道化だ。


「がっかりさせちゃったわよね……こんな母親で……」


「ううん、がっかりしたのは、風の過去これまでにだよ」


 貨物浮揚艇は、

まだ暗い森の中を進んでいたけれど、

暗い森に差し込む白夜の光が、

鬱屈し続けていた風の心の一部を、

徐々に溶かしてくれている様に感じる朝の出来事。


 なんといっても、


ぼくには――、








余程、度が過ぎた物語だ。



 りんごはきのちかくにおちる

それをはこぶ にないては

いまはぼく つぎはあなたかもしれません

singer-songwriter Björk

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