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XO!i  作者: 恋刀 皆
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第142話~機会の“幻装者”~「Sleep the Clock Around」

 あたいの心は今、心底打ちのめされている。

空蝉先生ちゃんの存在にはもちろん。

ふぅの著しい進歩にも……。


 あたいとは、まるで次元の異なる二人の力に、

何か同じ場所に居るはずなのに、

ポツンと独りきりで佇んでいる様な気分だ。


 あたいには、まだ何も無い……、

今脅威に曝されたら、同い年の男子にさえ苦戦するだろう……。


 風……? そんなに速く歩いて行かないでくれよ……。

あたいがこれから努めてゆく事が、まるで無意味に思えるじゃないか。


 あたいの幻装者カイロス

どうすれば、貴方様はあたいに応えて下さるのでしょうか……?


………………

…………

……


「さー、次はおんなのこちゃんだよ」


 空蝉先生ちゃんの言葉が、あたいにはやたらと遠くに聞こえる。


「いえ……、あたいの幻装者は応えてくれそうにありません。

先生ちゃんや風には申し訳ないですが、今日はこれで……、」


 解散を、という言葉をあたいが紡ごうとする前に、

先生ちゃんが、いつもの様に摘み取ってゆく。


「あんなー理よ? 本当に自分を正しい道へ導いてくれる言葉ってのは、

ほんの微かな、小さくて芯の通った声なんよ。

風ちんは合気道を学んでいたから、空気との呼吸が、

とてもスムーズに行えたんだと思う。

先ず、耳を澄まし、心を響かせ、魂を震わせて、

同一化した相棒を信じろ」


「先生ちゃん? ぼくこんさんから、

逆の順番で教わりましたよ?」


「逆も真なり。“心技体”にしろ、心が良ければ体も良くなる。

体が良ければ心も良くなるもんさ。どっちも入口で出口なんよ」


 っ……じゃあっ、じゃあっ!

どうすれば二人に置いていかれずに済むんだよっ!?

あたいは歯を軋ませて、拳も握り締めた。


「理? オイラから見て、おまえは頑なに過ぎる。

もっとリラックスだ。脱力しろ。

なんにしろ、特に戦いでは、固まっちまった方が大体死ぬんだよ」


そうあたいに先生ちゃんは告げてから、


「つーわけで、みんな楽な格好で、

しばらく深呼吸でもするべ。なんなら座ってもいいよ」


………………

…………

……


 そうしてあたいは不良の森の樹木にもたれて、

生まれて初めて、意識をして深呼吸を繰り返した。

森独特の、いっそまとわりついてくる様な香りと空気を、

小一時間程深く身に染み込ませる内に、ある気付きを得る。

 それは、今日の授業の中で、

あたいは、常に攻撃的で先生ちゃんの言葉に……、

教えようとしてくれている存在に対して、

反論ばかりしていた事。


 もっと余裕を持って、受け入れるべき事、受け入れないでも良い事を、

落ち着いて判断するべきだったのかもしれない。


 これも授業の内だから、眠る訳にはいかないが、

いつくらい振りだろう、こんなに安心して身を揺蕩たゆたわせるのは……、


 その刹那に、限りなく透明でいて芯の通った声音が、

あたいの内に閃いた。


………………

…………

……


「……やっとここまで降りて来てくれたか……ようやく話しができる……」


「あ……あたいの幻装者カイロス……?」


「……うむ……共に歩む内に“機会”の慈悲と残酷さは……

……お主にも痛い程よく解ってゆくであろうから……

……言葉よりも……先ず体験してみるがいい……

……この言の葉と共に……その時刻……およそ七十七・七秒間……」


………………

…………

……


 ハッと夢現……? 

でも違う……確かに聴こえ、覚えている。

七十七・七秒間は、きっと昔の数語ナンバーワードのはず……。

現在の時刻に直せば、それはきっと一十一・一秒間に違いない。

あたいにも、その間に行使できる能力ちからが与えられたのだ。


 あたいは微塵も迷わず、言の葉を告げる。




「“機会時刻”」




………………

…………

……




 紡ぎ出された言の葉で、

世界は、一瞬にして、

おおよそ白と黒の色彩に様変わりし、

微かに点々と空中に、虹色の何かがうごめいている。

数瞬戸惑うものの、先生ちゃんと風を確認して、

直感的に理解した。




「時間が……時が、止まっているんだわ」




 そして、その時刻が解けるのが一十一・一秒後なんだ。

そう思い至ると、あたいがあたいの能力を示せる時間はごくわずかだ。


 限られた時間で、

あたいが選択した力の証明は……。


………………

…………

……


よ、覚醒リアライズできたよーだな?」


 さすがに先生ちゃん、悟りが素早い。

木にもたれて座っていた風は、先生ちゃんの言葉に戸惑うも、すぐに――、


「あれ? ぼくの靴が脱げてる……。

いつの間に……、これがりぃの幻装者の力なのかい?

でも……困ったな、

あの靴は、風が絶望学校デスペラードに入った時の、

この世に一足しかない、

風の両親からもらった、たったひとつの贈り物だったんだけどな……」


 それを聞いて、あたいは少し慌てたが、

時間が止まっている中で、

人の衣服を脱がす事が困難を極めるのは理解したので、

脱がしやすかったふぅの靴を隠した。

そして、それと並行して疑問も生じる。


「ああ――、風? 風の大切な靴は、

あたいが隠した所から、ちゃんと返すよ。

だけど、この世にたった一足しかないってのは言い過ぎでしょ?

風の靴って、こんさんが履いてる靴と、全く一緒じゃない」


「っ…………魂さんと一緒って、……それ、嘘でしょ?」


「あたいが風に嘘ついてどうすんのよ?

前にそぅるさんが一所懸命磨いていた靴が、

風と同じに見えたから、それとなく尋ねたら、

魂さんのよって言ってたわよ?」


 何故か、あたいのその言葉で、

風はしばらく絶句し、


「うん……。そうか……、解ったよ、もう……、解った」


 そう告げて、内にこもらせてしまう形になってしまった。

どうして大抵の男ってこうなのかしら?

困った時は誰かに相談すれば良いのに……あたいとか……。


………………

…………

……


「まーオイラちゃんも推測の域を出ねーけど、

おそらく時刻カイロスからして、

“時間停止”ってトコだろーな」


 どうしてこんな短時間で、そこまで辿り着けてしまうのか?

しかも、大した驚きも見えない。

あたいはまだまだ、井の中の蛙か……ゲコり。


「理は気付いてねーかもしんねーが、

おまえたったこの一日の間で、大分雰囲気変わったぜ?

オイラも知らねー事だらけだ。

だから、理もオイラが間違っていたら、教えてくれよ?」


 あたいはちゃっかり自信を取り戻し、


「はい!」


そうはっきりと答えた。


 今気になるのは風の方だ。

靴の話し以来、心身共に項垂うなだれて見える。

だけど、あたいは風の母親じゃない。

話してくれる気が無いのなら、こちらも聞く気はない。


「理よ? これもオイラの推測でしかないが、

おまえの幻装者カイロスの能力が、

行使する者の、『主観的時刻の停止』だとしたら、

おまえは、

これから酷く孤独な道を歩まねばならない時が、早晩来るだろう。

だから、その時の為に備えておけ」


 今は先生ちゃんの「おんなのこちゃん」呼ばわりが、少しだけ解る。

あたいの心の騒がしさを、指摘してくれていたんだ。

心を波立たせない事も、生きる上で大切な事だからなんだろう。


「オイラ達はな? 年を重ねりゃみんな孤独になってゆく。

だが、心配するな。

みんなが孤独だからこそ、みんなで孤独を分け合えるんだ。 

だからこそ、人間は独りじゃない。

オイラ達はな――?」


 あたいは理解が及ばずとも、

先生ちゃんの言葉に、めいっぱい傾聴したけれど、


「夢の中を一日中、生きているんだよ」








最後の、その言葉の深さが、今はまだ解らなかった。



 こまったときはおたがいさま

であいはわかれのはじまり

こればかりはしかたない

Song BELLE AND SEBASTIAN

songwriter Christopher Geddes / Isobel Campbell /

Michael Cooke / Richard Colburn / Sarah Martin /

Stephen Jackson / Stuart Murdoch

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