第138話~枯れゆく花、されど美しき哉~「アンマー」
これはまだ、魂の双子の存在も、
あまねくものから、捧げられし華が咲く事を知る術もない、
何処にでもよくある、夫婦の暮らしの中での、とある大切な一日のお話。
………………
…………
……
「ただいま~……、そろそろ半袖の出番かしら……。
ぅわっ!?
お部屋から心也君らしいウザさの歌曲が流れてきてる」
「おかえり……。
酷い表現ですね倖子君……こんな名曲に対して……、
ですが、カーネーション買ってきてくれてたんですね。有難う」
「貴方? 勘違いしないで?
これは私の母へのカーネーションよ。
贈りたい気持ちがあるのなら、
私に甘えずに、
貴方は貴方のお義母さんのお花を選んできなさい。
それに、
こちらの歌曲をけなす気持ちは全く無いわよ。
母親を想う気持ちはあるくせに、
行動も起こさず、感傷的に母の日を過ごそうとしている。
今の貴方の在り方が、「らしいウザさ」って表現したかっただけ」
「さいですか」
「ねぇ? そういえば、
若い頃の私のお義母さんって、どんな方だったの?」
「君に出逢うまでは、せかいいちの美人でしたよ。
ですが……、
僕は兄さんと違って優秀さの欠片もない子供でしたからね。
ずいぶん苦労を掛けて、よく叱る母親にさせてしまってましたよ」
「セックス、ドラッグ、ロックンロール?」
「セックスは君が応じてくれないから、
もう魔法使いになっちゃったけど、
……そうだね、後者ふたつは否定しないよ」
「私に変なキノコススメてきてたもんね?
あの時、私と寝たかったの?」
「いや……、
僕は人としても男性としても無関心だったからね。
現実の女性に明確な性欲を覚えさせられたのは、
君がフランスへ行ってしまって、
僕自身が仕事の為に、愛知から三重に引っ越して、
君と、フランスと日本の間で、手紙のやりとりをしていた時ですかね」
「……そんな後だったんだ……この、私の本当の魅力に気付いたのが?」
「僕は煩わしい性欲処理の為の自慰行為は頻繁に済ませていたから、
いわば内省的に過ごせる時間が長かったんだと思う。
二十歳を迎える前には既に、
自慰行為をする事が、ひたすら億劫だったけれどね」
「いや……私としては、じゃあすんなや! としかコメントできない」
「性欲は三大欲求のひとつだよ。
毎日ご飯いただくでしょ? 毎日眠るでしょ? 全く自然な事だよ」
「うお……私の理性は完全に貴方を変態猿として認識したのに、
言ってる事は正しく聞こえる……。
でも……だから……私とデートしてもなんにもして来なかったんだねぇ」
「……僕でないお猿さんに失礼ですよ?
君に手を出せなかったのは、
僕がヘタレだっただけだよ。
……それは今も同じか。
ですが単純に快楽だけで見れば、
素面でするセックスより、
ドラッグでの自慰行為の方が効率はいいと思う」
「をいをい心也君? 童貞のくせに剣呑な発言するねぇ……。
社会的な立場をよく弁えて発言したまえ?」
「はい。
でもさ? 「ダメ。ゼッタイ。」の標語だって、
裏を返して見れば体験者からの箴言て事になるよ?
危険ドラッグだって、政府が本気で腰を上げたら、
あっという間に、ほとんど表面上は撲滅できたじゃないですか?
ニュースでは、警察の不祥事ばかりが目立つけれど、
日本の警察は優秀ですよ。
犯罪者の中には、
自分が上手く潜れているという自負心を持つ人もいるでしょうが、
ほとんどの場合、水槽の中で、
心配りされ泳がされているだけです。
それでも必要悪ですから、結局ドラッグは生かさず殺さずの現状です。
三大欲求と呼ばれるものに対して、
人間が永続して逆らい続ける事は、とても困難ですよ。
その為には、
闇の中で、快楽を超えた、
ぬくもりという光を求め続けるしかないんです。
ぶっちゃけ三大欲求とは言いますが、
僕が本当に欲しいものは睡眠欲だけですよ。
他の生き物を殺して食べて生き延びていい程、
崇高な存在でもないし、
やれやれと思いながらトランクスを下ろして、
本能が命ずる、くだらない劣情を遵守している生き物ですからね」
「じゃっ……じゃあ……私が今なら抱かせてあげるって言ったら、抱く?」
「そうだなぁ……僕に欠陥が多いからかもしれないけれど、
君と手を握ったり、
毎日飽きもせずに君の隅々にキスする方が、今は魅力的かな?
ちなみに抱きたくない訳じゃないですよ?」
「……なら私が他の男と寝てるっていったら?」
「……そんなのは、
体内で愛しいハリネズミを飼う事と一緒だよ。
でも、僕を捨てないで下さいって、
泣いて土下座くらいはしちゃうかも。
人間が救われる為に、本当に必要なのは極度な快楽じゃありません。
……君の背中の産毛を愛でる事だったり、
若干肉厚な君のほっぺたの感触に感動したり、
僕の命よりも大切な存在が、
居てくれる事の、意識の内にある、確かなぬくもりなんです。
倖せは維持し続ける事を願う状態の事じゃないと思う。
刹那を明滅する尊い煌きだよ」
「男の虚勢はみっともないわよ?
……まだ、私との子供が欲しいと思ってる?」
「そうだね。僕としては三人くらい欲しいですから、
魔法を息遣って、試行錯誤の最中です」
「……ふぅん、まだ諦めてないんだ?」
「君の遺伝子は、後世に残すべきですからね。
その事に僕が関与できるなら最高ですよ」
「大げさだなぁ……、でも貴方がどうやって、
私に子供を産ませるかって事は、想像すると、
ちょっと滑稽で、笑える話しではあるね♪」
「そうしたら、
倖子君がカーネーションをもらう立場になるんだよ?」
「そうなるね、ふふ♪
ねぇ? カーネーションの花言葉ってなぁんだ?」
「……? いきなりのミステリレディですこと?
ちなみに何色のカーネーションの? やっぱり赤?」
「貴方ってホントに野暮よね? 貴方の想った花言葉で良いのよ?」
「それなら……、
やっぱり赤のカーネーションの「母への愛」が真っ先に浮かぶかな?
倖子君はなんなんです?」
「え? なんで私が教える義務があるの?」
「……ぇ? い、いや……確かに義務はありませんけど……」
「……ふふ♪ しょうがない顔してるねぇ。
それじゃあ私もしょうがないから、
親不孝をし続けていると、
そんな勘違いでわからず屋のだんな様に、
ヒントだけは与えてあげましょう」
「はい……よろしくお願いします」
「それはね?」
「……はい」
「愛着でも執着でも、憎悪でも愛情でも……」
………………
…………
……
私の大事なだんな様?
貴方に出逢って学んだ事よ?
憶えてる? 覚えてる?
絶望の吹き溜まりみたいな地下鉄の走る中、
大勢の人前で、
まるで自由に、
私を「好きだ」と告げた。
あれから十年を過ぎても、
本当にウザい少年の存在。
そんな子供を見守る私だから、
ほんの少しだけ、解るのよ?
貴方がし続けている最大の親不孝は、
母親の貴方への真心を、
侮辱している事。
カーネーション全般の花言葉はね?
「無垢と深愛」
………………
…………
……
「……貴方を忘れて生きていくなんて地獄でしかないわ」
こっか
カーネーション
りんね
歌 かりゆし58 作詞・作曲 前川真吾