第133話「かくれんぼ」
さらに不良の森での日々が、
数日を過ぎて、風と理は、
ここでの生活に慣れていきながらも、
いよいよ空蝉先生の初めての授業の始まりを迎える事になる。
不良の森の開けた場所で、
空蝉先生はシンプルな授業内容を風らに伝えた。
………………
…………
……
「じゃー最初の授業な?
オイラが子で、てめーらは鬼。
「かくれんぼ」だ。
どんな能力を使ってもいい。
この不良の森全てが範囲だ」
……そ……それはちょっと……、
「空蝉先生? 範囲が広過ぎませんか?」
「そうだよ。あたい達が黒夜までに、
先生を見つけられなかったらどうすればいいんだよ?」
「その時はオイラちゃんから姿を現して、
また次の機会、だな。
とりあえずこの授業はオイラちゃん達互いの挨拶みてーなもんだ。
二人しかいないがご褒美も考えてあるから、
楽しみながら探してけれ?」
……ご褒美?
「褒美はあたい達にとって有益なものなのかい?
二位までしかないけれど、例えば一位は何がもらえるんだい?」
「一位も二位も甲乙付け難いぞ?
一位はなんと。オイラちゃんがてめーちゃん達の恋愛相談に乗るし、
二位もなんと。オイラちゃんの恋愛相談に乗ってもらう事になる」
「どっちもいらんわっ!!」
理のツッコみに、省エネでいこうよと優しく声を掛けたかった……。
……それにしても……、
なんて頼り甲斐のない相談相手なんだろう……、
なんで生徒が先生の恋愛相談に乗らなければならないんだ……。
……どこが甲乙付け難いかと言えば、
どちらもどうでもいいという事だろう……。
何が一番有益かと言えば、疲労さえ覚える脱力感を得られた事だ。
「それじゃー開始な」
あまり緊張感を覚えず、
その一言で空蝉先生は霧散した。
やはり先生には瞬間移動能力があるのかと、
そこだけには敬意を払い、
風達の「かくれんぼ」が始まる。
………………
…………
……
しかし、はっきり言って風には楽勝の授業内容だと思えた。
なぜなら、
……装置を立ち上げる……
…I understand.…
……Sylph ID“Dlit”……
……I understand.……
……風の導きを頼む……
……Yeah, let's go.……
風には“空気”が味方だからだ。
………………
…………
……
“空気”を柔らかく纏うと、
想像以上に森の息吹というものすら濃厚に感じる。
やはり空蝉先生はもうすでに、
往復する事を考えてくれているかの様に、
十分な運動になる程、離れている空気感。
動く気配はないし、
風はもうすでに見つけたと言えると思うのだけれど、
きっとそこまで移動する為の行程も授業内容に含まれるのだと判断した。
余裕ができて理に目を向けると……、
「……ちっ、ダメだ……、
あたいには機会の能力をどう活かせばいいか思いつかない……。
風はどうだい?」
数瞬の逡巡が生じたが、
「……うん。風はもう見つけたと、思う」
「……そうか、やっぱり風は凄いな」
「幻装者によっても得意不得意があるんじゃない?
どんな能力も使っていいなら、協力したっていいだろう?
一緒に先生のところまで行こうよ?」
その言葉と一緒に、風は理へと手を差し出したが、
「それはあたい自身が納得できない。風? 先行けよ?」
彼女の自尊心の高さを思い知らされた。
それでも、
「理? 風らの長い旅路は始まったばかりだよ。
ルールを逸脱していないなら効率的に進めよう。
“情けは人の為ならず”。
風が泥にまみれた時には、
どうか助けて、導いて欲しいから」
そういうと理は渋い顔をしてしばらく悩んだ後、
「ちっ、ぜってぇ借りは返すからな!」
風らは互いに初めて、
はっきりとした協力関係を築いた。
………………
…………
……
のだけれど……、
空蝉先生の居場所までの道中、
やや起伏する森の中を、
どうしても理と触れ合いながら進んでいくと、
風の感情はなんだかもうオカシな事になっていた。
空気がどうかしてしまったようだ……。
理の眼がまともに見られない。
白い実のなる大樹の根を越えた時、
手を繋ぐと幸福感と罪悪感の様な感情まで抱く始末。
一体どうしたって言うんだ!?
彼女の綺麗な緑髪を見つめていたい衝動にも駆られる。
汗ばんだ風自身の臭いが気になる。
なんだこれ……!?
生まれてから初めて体験する、訳の分からない混乱。
彼女と一緒に居たいと強く望んでいるのに、
何処かそんな自分を嫌悪している。
風はだんだんと心を閉ざしてしまいたくなった。
こんな異質ないたたまれなさに苛まれるのはどうしてなんだっ!?
………………
…………
……
混乱の中にも空気に頼り、
大分近くに空蝉先生が感じられだした時……、
理のひとつの質問が、風の耳朶を打つ。
「なぁ風? …………おまえはあたいを、その……醜い女だと思ってるか?」
後ろの理を振り返ると、
彼女は例のチョーカーを右手でなぞっていた。
「……な、何? なんでそんな質問を……?
風は人があまり好きではないけれど、
理の事は…………、平気だよ」
ちょっとした間を空けてしまった事で、
思考して選択を変えた言葉が浮き彫りになる。
「理の事は…………、好きだよ」を避けてしまった、故に――、
刹那に心へ激しい落雷が落ちる!!!!
嗚呼…………、そうか……、
「へへっ♪ そうか……あたいは平気か……。
有難う、分かった」
理に何が分かったのかまでは分からないけれど、
風自身の事ぐらいは、ようやく……解った。
彼女は風の存在を認めてくれた、数少ない大切な人で、
風は女性に、生まれて初めて恋をしているんだ……と。
………………
…………
……
それからはすんなり、
空気を頼りに空蝉先生を二人で発見し、
空蝉先生からは、
「歩きやすい目的地には居たが、特に帰ったら身体をよくほぐしておけよ」と、
そう言われた。
最初の授業の締めくくりのお言葉は、
僕の存在自身に、深く……深く、響き渡った。
「おまえ達の旅の始まりに、おめでとう」
ひとがこいをするのはじんせいいちどきり
それがはつこい
それがゆきこくん
歌 Whiteberry 作詞 川村恵里加 作曲・編曲 たなかひろかず