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XO!i  作者: 恋刀 皆
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第130話「Forest Hymn」

 空蝉先生との会話から、

新しい居場所、不良の森での生活が、

本番を迎えた。


 気掛かりなのは、今も昏睡状態のりぃ

その寄る辺はぼくヴィレスで回復できたという事実のみ。

街の医療体制が確かなものなら、大丈夫と、今は信じるほかない。


 街の人間が森へ入って来ていても、

いつか知った……医療従事者には守秘義務があるはず、

そこから風らの情報が漏れない事も、これも信じるしかないが……、

未来から来た人間を、過去の人間がどう対処するのかも計り知れない。


 理は生まれながらにして、人生の選択権が限られていただろうし、

罪は罪でも情状酌量の余地は大きいと思う。

街が如何に全ての街の住人の情報を握っていたとしても、

風らが如何にちっぽけな水槽で泳がされている小さな魚だったとしても、

それが今はプラスに働いているのだから、理と風は、


現状はこれでいいと思えた。


 次の問題はそぅるさんだ。

初対面の時以来、そぅるさんとは、

じっくり話す時間は取れていない。

声音からきっと女性だが、音声もイジっている可能性は否定できない。

彼女は一日のほとんどが仕事中なのだから邪魔する訳にもいかない。

むしろ何も知らない風に割いて下さったあの時間へ、

感謝しなくてはならないだろう。


 だが気になる……そうになるんだ。

3Dアヴァターで隠されていても、あの足運びや、

醸し出す彼女の空気……。


 空蝉先生が仰っていた事だけれど、

風の空気を読む能力ちからが、

出会った頃より格段に増していると、そう仰っていた。

最初はピンと来なかったけれど、

これは多分、空気ドリットとの同一化に因るものとしか思えない。

なにしろ彼女は「空気」の具象なのだそうから。


 しかし、空気が読めるというのも良し悪しだ。

相手の目まぐるしい感情の動きを感じると、

風の様に受動的な人間は思考が固まってしまう時がある。

相手にとって自分にとって、何が最良か考えこんでしまうからだ。


 Green Grassの一部の住人達ともご挨拶はしたが、

ためつすがめつされてしまうと、空気を意識し過ぎて、

自然に振舞えたかどうかも不安だった。

空蝉先生は、肉体的にも精神的にも劇的な変化が訪れた時は、

皆そんなもんだと仰っていた。

それから、それが安定した時、風はまた一段強くなれる、とも。


 今は理の容体が第一だけれど、

それに囚われて何もしないというのでは、

ただ自分を甘やかしているだけに思う。

灰明の食事をいただいてから、身支度をし、

そぅるさんを探し、見つけ出して、

「NSFD」と身体の調子を整える為と、声をお掛けし、

ここ数日間で知った、

不良の森の開けた場所へと出掛けた。


 そこには…………、


………………

…………

……




犬がいた……、




今まで見た事も無い程の大きさの、




犬が、立っていた。




二本足で……。




「ワンダフル! おはよう風・1100くん!

初めまして、こん・もゆる・000です!」




………………

…………

……




 まさか魂さんまで動物の3Dアヴァターをしているとは想定外だった。

今までご挨拶した方々も、

実は超リアルな3Dアヴァターを着込んでいたらと思うと、

人間が満足のゆくコミュニケーションをとれる日は遥か彼方に思えた。




「初めまして。お世話になっております」


「ははは、なんもなんも。Green Grassへようこそ!」


 ここでもまた違和感がもたげてくる。

魂さんが風に何かを隠しているという空気を感じてしまう。

だからと言って問い詰める訳にもいかない。

少なくとも空蝉先生の理と風への授業が始まり、修めて、

街へ戻る時までは、良好な関係は続けておきたい。

何故だかそぅるさんも魂さんも見ているだけで心が、苦しくなる。

この痛みは風から生まれたものか、それとも魂さんから伝わったのか……?


「魂さんはここで何をされているんですか?」


わたし感字フィリングワードは「たましい」、

その時その時のたましいが震える場所に導かれるがままだよ。

そうしたらこんなに素敵な出会いにまた恵まれた」


「え……と、お仕事はしていらっしゃらないのですか?」


「仕事はしてるとも。風・1100くんの仕事はなんだい?」


「……風は、まだ未成年ですから……、

軽い支援段階の全数字しょうがいしゃの方の介助ぐらいです」


「これはわたしの仕事の在り方でしかないが、

一隅を照らす事こそが、仕事だと魂は思う。どうかな?」


「……どうかなと言われましても、お金は必要ですし、

魂さんの仰る事を否定したくはありませんが、理想ですよね……」


「風・1100くんは、お金を稼ぐ事が、仕事だと思っているのかい?」


「的外れではないはずです。現に魂さんもそぅるさんも、

街からお金をいただいているのでしょう?」


「そうだよ。魂と相方は、この世に大きな夢を見い出しているからね。

要は欲張りなんだ。欲しいものがたくさんあるのさ。

しかし、仕事というものは、

たったひとつだけでも仕える事ができるものがあればいいと思う。

こちらは足るを知る、と言おうかな」


「……魂さんの仰りたい事が、分かりません」


「職業に貴賎なし……職業を表すものがひとつ肩書きならば、

この街の首脳も官僚も、生活保護者もホームレスも、

あるべきものがあるべき場所にあるだけで、

肩書きがなければ、皆同じ人間だよ」


 すぐには言葉が出せず、今から告げる事を整理する。


「……あの……お言葉ですが、

ホームレスの方々はまだ納得できるのですが、

生活保護の方は、言い方は悪いかもしれませんが、

ざっくりと街に養われている訳でしょう?

風ならその身分は……誇れません」


「ならば問おう、警察官はどうやってご飯を食べてる?」


「……そ……それは犯罪者を捕まえて、

街の治安を守っているはずです」


「そう、警察官が存在する為には、犯罪者が必要なんだよ。

それだけで、分かってもらえるかい?」


 そこでふと……、気付く。


「組織ぐるみの自作自演……でしょうか?」


「半分正解半分不正解……だろうね。

でもそこまで深読みできるなら、

生活保護下の人間の痛みも辿り着けると思うよ。

つまりさ、「土地問題」だよ」


なんとなく繋がる様で繋がらないもどかしさ……。


「誰かが初めに言い出したんだ。ここは自分の土地だってね。

たくさん争って、欲張る人、足るを知る人、それぞれの持つ個性だよ。

ご飯にしたって、たくさん食べる人は少食の人を、

容易には理解できない。少食の人だってそうさ。

たくさん勝ち取って奪ってきた人、

負けておちぶれて狭い箱庭に落ち着く人、

生活保護っていうのは、

例えば生産性のないダメな人とか言われるけれど、別にそれも個性なんだ。

保護費というものが社会のお情けだとしても、

わたしはなんら恥じるべき必要のない、

一隅を照らす個人には、支払われてしかるべき報酬だと思っている。

誰かが勝つのは、誰かが負けた時だからね。

この街の生活保護制度ってのは言ってみりゃ、

街のシステムの行き着いたツケのひとつだ」


 そう……か、風ら人間はいつでも善であり悪。

善だとされるからには、悪は生かさず殺さずなんだ……。


「だから戦争と平和が対なら、戦争はなくならないよ。

とても優れた平和が実現できたとしても、

その平和が、人類の衰退とどう違うのか、わたしには分からない。

怒りや悲しみが抜け落ちた物語なんて、とても読む気にはなれないからね」


……確かにそんな物語はリアルじゃない。


「魂達、人間は平等じゃない、でも平等さ。

平等は一見良い言葉だけれどね、本当は、多分公正さが大切なんだ。

本当の勝利は自分自身で決めればいいけれど、

今の世の中は……と言うより生物的に、

群れる事ができる者が勝者で、孤独な者が敗者かな。

でもお互いがお互いを羨む部分はあるだろうから、

人生とは面白くできてるね♪」


「……世界は面白いでしょうか……? 風には、まだ分かりません」


「みんなにそれぞれの救いがあるかもって、希望じゃないかな?」


 …………希望、るぅさ達に出会うまでは、

そんな射し込む光に惑わされる事なく、ずっと暗闇のトンネルを歩んできた。

でも今は、その言葉を嗤いたくはなくなった。


「とりあえず今の風・1100くんにおススメの希望を伝えよう!」


 おススメの希望? これまた斬新な文字の羅列だな。


「……はい、良ければ教えて下さい」


途端に魂さんの犬のアヴァターの両腕が大きく上がり……、


「深ぁく深ぁく呼吸して、自然と調和しよう」


………………

…………

……


 その言葉を最後に、魂さんは去っていった。

そして……風は……戸惑っていた。魂さんの持つ空気に。

空蝉先生とはまた異なる、頼りがいのある背中に。


強くて 温かくて 切ない 何かに


なんなんだろうこの気持ちは……。


 答えのない感情を抱きつつも、

その後「NSFD」と身体のメンテナンスを行った。

最後によぅく深呼吸をして、

不良の森の空気を覚えてから、

Green Grassへ戻ると、

受付で事務をこなしていたそぅるさんの猫笑顔がひとつ、

しかし声音は神妙に、








「理・0111さん、意識を取り戻したわよ」



 こころがあればみえるはず

めにみえないたいせつなもの

くうきやあいじょう それにきずな

Song Deep Forest

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