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XO!i  作者: 恋刀 皆
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第129話「The Sore Feet Song」

 その後のぼくが両目を開けたきっかけは、

風に貸し与えられたお部屋の扉への、

素朴なノックの音だった。


 部屋にひとつだけの窓をみてもまだ真っ暗で、

とても信じられなかったが、壁掛け時計は、

すでに白夜を指していた。

どうやら熟睡してしまっていたようだ……。


扉の向こうからお声が掛かる。


「おはよーさーん。てめーちゃんが無事でなによりだ。

朝食持ってきたよ。できりゃー鍵開けてくれ」


 ……思ったより悪くない出だしの一日だ。

空蝉先生にお時間があれば、可能な限り情報を得る努力をしたいところ。


「はい先生、今開けます」


………………

…………

……


 印象深い空蝉先生の出で立ちと、

持ってきて下さった、

ヴィレスで食べ慣れた彩雪と月花草が主な食事に、

例え確かにここが風の生まれる以前の世界だとしても、

少しほっとする日常性を見い出せた気がする。


「すみません先生。有難う御座居ます。

あの……先生? これから少しお時間いただけませんでしょうか?」


「まーそーなるわな。

だけんどオイラちゃんも十分には答えれねー事もあるよ」


 な……なんだか……、


「……空蝉先生、今日はずいぶん穏やかな雰囲気ですね?」


「やべー時以外は大体こんな感じだけんど」


「そう……ですか。お食事すみません、いただきます。

先生は、どうぞお座り下さい」


「ありがと、てめーちゃんが食べ終わるまで、

オイラちゃんが得てきた情報を、適当に話すよ」


「はい。宜しくお願いします」


………………

…………

……


 そうして……、

ここは【不良ノーティフォレスト】と呼ばれる、

一応は街の管理下にある大森林らしい。

ここにも彩雪と月花草がある事から「食」は足りる。

そぅるさん達はそこに「衣」と「住」を提供して運営する事で、

街からお金をもらっていて、

住人達はよっぽどの場合以外に、お金を支払う必要はほとんどないそうだ。

J-D-Vを使えないだけで、

この条件ならばりぃにも満足のゆくものではと、

安易な考えが脳裏を過ぎった……けれど、


「てめーちゃんはオイラちゃんの事を、

よく調べてないから伝えておかなきゃな。

オイラの「特定の生徒募集」の条件のひとつは、

最低ラインにこの都市から出て旅をする意志がある、

零十代以下の者というものがある。

だからこそ理・0111とは利害がすぐに一致した。

あいつは比較的感情的になりやすいし、

泡小波の連中からのプレッシャーからか、

むこうではあまり冷静に物事を整理できていなかった様だがな。

だがてめーちゃんの意志はどうだ?

これだけ聞いてもまだオイラを先生と呼べるか?」



……はっきりいって……揺れた……揺れてしまっていた……。



 だが筋道を辿って、

風が理の助けになりたいと思っていて、

ここが街の内側で、

理に退路はなく、

おそらくここでは満足してはくれない彼女りぃを思い、

これ以上の「自由」を求め、

なおかつこの方を唯一信用に足る、教わりたい師と認めるならば、


 ここは……、


「はい、先生」


そう答えるしかない。

それにしても……、

今更だけれど、

理は冷静な判断ができないくらいに、

街に追い詰められていた事を知った。

 しかし、風には考えが及ばない類の問題だと思ってしまう。

だけど風なら、変に分かった気になられるよりは、

傷つけ合わずに済む考え方だろうと感じた。

そっと……ゆっくりと……だ。


………………

…………

……


 つまりここは仮の宿で、

昨日までの未来から時間を稼いだ状況と言える。

なぜなら、この多世界星を街が完全に管理下におけているとは、

今ではさすがに思えない。

J-D-Vさえ使わなければ、うまくこの身は潜れているはずだ。


 この星から出る事が、

最低ラインに据えられた現在、ふたたび街に戻り、

Slave Driverで街から出る為の許可条件をクリアし、

再び星凪交差点からフライトする事が必要となる。


この街を出る為に最も厄介な条件は、言ってみれば「名声」だ。


………………

…………

……


「これもオイラを買い被らない様に伝えとく、

オイラはオイラの正解と不正解しか教えてやれない。

聞いてくれるのはいいが……、」


「最後は自身で判断する、ですよね?」


「そーゆーこと。

せかいは何処にいたってくるくるまわるもんだろさ。

率直に個人個人が好きな事、気持ちいー事、

やらずにはおれない事を、やれる範囲でやってるだけだよ」


「では先生も?」


「おう。オイラの夢を叶える為にな」


「……いいですね……、生きる目的がはっきりしている先生ひとは」


「ただなんとなく生きてるだって、オイラは否定しねーぜ?

オイラだって今よりずっとガキの頃はそうだったんだしよ?

それに大人になっていくってのは、

なんでもあったものが、「これ」しかなくなるってー事かもよ」


「……洗練……されていくという事でしょうか?」


「てめーちゃん綺麗な表現するねー。

うん、そうとも言えるし、凝り固まっちまった頑固さで、

素直さに欠けてゆく事とも思っちまう。

まー後悔はねーから問題はねーんだが、

要は一期一会に帰結してゆくな。

その一瞬一瞬に良し悪しがある。

自分で人生を選択していると責任を持てれば、自然に分かってゆくよ」


「はい」


 それから空蝉先生はやや間を置き、


「……こっちも失敗が許されない仕事だ。

できる限りの事をする。

再び街の中枢とのやりとりと、

おまえ達の心身を鍛えて、

ある程度まで外のせかいもへっちゃらにしてやる」


「……街の中枢とのやりとりとは……!?

先生はまさかっ!?」


即座に空蝉先生が右のてのひらを見せて風を制止した。


「大丈夫だ。オイラはもう街に入った。

後はオイラに命令権を持つ、

オイラの星の住人達がJ-D-Vとはまた別のアプローチをする。

オイラはその仲介で、しがない罪人さ」


「……先生を……見ていると、

正直「罪人」という言葉が揺らぎます」


風がそう言うと空蝉先生の声音はより深く重いものへと変わり、


「……おまえはオイラを踏み台にしてでも、

もう少しだけ高い場所からせかいを見て、

おまえ自身とみんなにとって、より良い未来を創ってくれ」


 ハッ、と空蝉先生のお面から、風を見る眼差しで、

自分のデリカシーが欠けていた何処かしらの部分を探しながら、

自己嫌悪してゆく。


「……すみませんでした」


「はは、ふぅちんは優しいな?

いいんだよ。オイラ達はいつも隣り合わせ。持ちつ持たれつ。

傷つきながら歩んだ一歩一歩の、

それぞれの痛みが、その人に与えられる財産だ」


 生まれてこの方呼ばれた事のないあだ名は、

何故か、風にそれ程嫌な想いをさせなかった。


「さー、まだまだ風ちんが知る必要がある事は膨大だぞ?」


 その言葉とは裏腹に感じる何かが、

風の、ともすると悲嘆に暮れかけそうになる両足を、








また一歩と進ませる。



 いつもきみにこころをうばわれる

わしづかみにされたこどうのいたみで

いっぽいっぽぜんしんできる


singer-songwriter Ally Kerr

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