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XO!i  作者: 恋刀 皆
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第127話「Green Grass of Tunnel」

 そこに降り立った時、

いくつかの事を、瞬時に理解した。

ここは映像でしか知らない【フォレスト】と呼ばれる、

大小様々な植物が生い茂る場所で、

にもかかわらず、人のいる気配がする。

未体験の濃厚な自然の香りに酔いかけるが、

迅速に行われるべき思考を組み立ててゆく。

先ずは周りを把握し、注意はしても、

あからさまな警戒はしない、

油断をすると植物達の香りに気を取られそうになるが、

その香りを吸う事で、深呼吸を思い出せた。

 さて、周囲の安全を先に確認したが、

どう考えても話を進めて行きやすいのは、

前方に見える人為の暗がり、

トンネルになっている青々とした緑の中へと、

踏み込む事だと思えた。

薔薇ローズのケースとバックパックを

背負い直して……。


 トンネルの中をいくらか進むと、

明かりが足りないので、バリアジャケットを発光させる。

すると気付くのは、トンネルは単純な一本道ではなく、

時折分岐点がある事。しかしぼくは迷わず進める自信はないので、

その為にも、真っ直ぐ進み続ける事しか思いつかない。


 そうして……、


しばらく歩いていると発光するジャケットの左肩に気配……、

少しドキリとして目をやると……、

若草色のワンピースを着た、長く美しい金髪の……、

今にも空気に消え入りそうな、とても小さな妙齢の女性が、

左肩そこに佇んでいた。


その存在に対しての疑問がどっと押し寄せてくる……。


 しかし彼女が口を動かしても、

風には聞き取る事ができない。

容姿から恐ろしさは感じないが、

それは彼女が安全な存在であるかの証明にはならない。

美しい彼女に覚える綺麗な感情と、

理解できない存在への不安がないまぜになる。

そんな問題を抱える風に、さらなる問題が訪れる。


 目の前に、


立派な木製の扉と、

こんな看板が、風を出迎えていた。


「Welcome to Green Grass」


………………

…………

……


 フライトまでを経て、見知らぬ土地を歩き、

全く疲れていないと言えば嘘になる。

むしろ、芝生という足場があっても、

精神を安定させる足場を失ってしまっている現在。

このGreen Grassの扉をノックする事は、

迷いはあるが、運命に感謝して受け入れるべき選択と判断した。


こん こん こん こん


 この土地のノックのマナーなど分かるはずもないが、

厳密にはここがまだヴィレスの外でないなら、

無難に四回にしておいた。


 扉の向こうに、確実に何かが動く気配を感じ、

風は居住まいを正す。

扉を開けてもらえる事は間違いなさそうだ。

できるだけ礼儀を尽くした挨拶を考えている内に、

扉は開いた…………、



が……、



扉の……境界の向こう側には、




猫がいた……、




今まで見た事も無い程の大きさの、




猫が、立っていた。




二本足で……。




「にゃーん♪ Green Grassへようこそ♡」




………………

…………

……




 知識としてはあった為、数瞬で我に返り、

これはこの人物の3Dアヴァターであると察した。

つまり素顔を晒せない事情のある人物……。




「初めまして♪ 風・1100くんよね?

貴方の事は空蝉さんから聞いてるわ。

000は平語フラットワードの略語で「そぅる」よ♪

つまり全数字しょうがいしゃなんだけれど、

貴方はそこら辺も理解があるみたいだから安心して話せるわ♪

ここはそぅるの相方の「こん・もゆる・000」と管理している、

そぅる達みたいな人間がたくさん住んでる、

Green Grassって大きな家ね♪」


 風にも知られたくない事はいくらでもある。

アヴァターを突っ込むのはヤブヘビかもしれない。

しかし、空蝉先生の名前が出て来て、

ここに降り立ってからようやく精神的足場を得た……ひとつ安心だ。

 でも……、


「初めまして、そぅるさん。

あの……まだここへ来て右も左も分からず戸惑っています。

空蝉先生とお知り合いなのは分かりましたが、

その……、」


「理・0111さんも到着してるわ……。

でも彼女は精神的にかなりまいっている様で昏睡状態にあるわ。

相当のものを背負って、ここまで辿り着いたのね……」


「……そう……ですか……」


 分かる……なんてとても言えない程に、

彼女りぃの生の重さを感じ、

気付いたら右手の中指と人差し指の表で、

自分の唇をなぞっていた。


「貴方の顔色だって、それ程優れて見えないわ?

今は貴方だって休まなくちゃ?」


 そして……、


そぅるさんに促されて、

Green Grass内の受付の片隅に、

薔薇ローズとバックパックを置かせていただいてからソファに腰掛けると、

思いもしない程深いため息をついてしまう。

風が座ってから、そぅるさんも風の左隣に座る……、


やいなや――、


「あらぁ♪ 風くんその“幻装者ファンタサイズガジェッタ”の子、

もう同一化アイディーもらっちゃったの!? 凄いわね!」


…………、“幻装者ファンタサイズガジェッタ”?


「あららっ? 

その子もう女性形“SylphIDシルフィード”になってるからてっきり……、

早とちりね……」


「あ……あのこの女性ひとの事教えてもらえますか?

それに“SylphID”って不思議な言語ですね?」


 ってあれなんか……凄く心地が良い……、

爽やかなかぜが吹いたみたいに。

幻装者このひとの心が届いた……?

……まさか……。


「う~ん、この惑星の古い歴史からいた、

Sylphシルフ”って存在で、

「空気」の要素を持つ者達……、

おそらく風くんの「風」の感字フィリングワードに、

惹かれてなついてるんだと思うけれど、

そぅるにはその程度の推測しかできないわ。

そぅるには感字が付けられてないから……。

でも!

「自然科学融合装置」と併用すればとっても役に立つと思うわよ?

折角すでに女性形でID教えてくれてるんだから

仲良くなっておいた方がおススメよ?」


 もうかなり恩恵を受けている気分だ。

彼女シルフィードの「空気」で、

心身の疲れが大分癒されていると、

なんとなく解る……。

……しかし、


「どうすれば仲良くなった事になるんでしょうか?」


「そぅるの相方はいつもこうやって助言してるわ。

「震わせ、響かせ、耳を澄ませ」……だって。

理さんにはまだ会わせられないし、

空蝉さんは、あなた達二人の為に色々動いてる。

時間はあるから、元気が残ってるなら今やってみたら?」


………………

…………

……


 まだ見ぬ魂さんのお言葉の真意は分からないけれど、

風の左肩に佇む女性が「空気」に関わるなら、

「天地の“気”に合する道」がきっとあるはずだ……。

まるで拙くとも、風なりの合気と呼吸力をイメージし始め、


脱力…………

………………

…………

……


いつしか、そよぐ声音が耳から入り、


心に響き、


魂を震わせる……、




「……Sylphシルフ IDアイディーDlitドリット”……」




彼女ドリットと「NSFD」の融合は、

空気の有難みを中々深謝できない様に、

申し訳なく終わった。




………………

…………

……




「じゃ♪ 今日は長旅でお疲れでしょうから、

話はまた明日以降ね。

こちらのお部屋を適当に使って、

よく心身ともに休んでね?

おやすみ」




 そぅるさんの声音の響きがどこまでも優しくて、風はハッと思い出す。

風の知る、もう一人の優しい全数字しょうがいしゃの女性を……。


「はっ、はい。お世話になります」


 一人で寝起きするだけなら十分な一室を貸し与えられ、

薔薇とバックパックと自身を休ませられる時間を得た。


 …………しかし、……謎だらけだ。


フライトで心描した女性は一体何処にいるのだろう?

理はいつ昏睡状態から回復してこられるだろうか?

空蝉先生に早くお会いして、現状を知りたい。

000…………、

数語ナンバーワードが複数かぶるなんてよくある事だけれど、

るぅさにそぅる、まもるにもゆる、

この符号は奇妙だ。今すぐ求めて得られる答えではないけれど、

風には偶然とは思えない。


 ……だが、


今日はやれる事をやった。また明日だ。

時間が虚構だったとしても、思考をする存在がいれば、

物語いのちは続いていく。

ベッドに横になり、最後に今日がフライトから何日後かを知ろうと、

小さな机の上にある、カレンダーを確認する。




星暦1000年0月10日雪00日。




 カレンダーの点灯している日付を見て、

風は理解がすぐには追いつかず、

少しずつ整理してゆく……、

だがこの日付が確かなら、何日後なんて話ではなく、

この多世界は…………、


風が生まれる……零十年以上も前の世界だ…………。




自分が生まれる、……以前の世界に、風はフライトしていた……。




「……は……はは……、はぁ……わかったよ……、どんとこい明日」








風はトンネルの中で、両目をつむった。



 よいいちにち

いしはおもにのはんぶんをひっぱる

おやすみなさい

Song múm

Lyrics/Music Gunnar Oern Tynes / Gyda Valtysdottir /

Kristin Anna Valtysdottir / Oervar Thoreyjarso

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