第11話「あなたにサラダ」
先生を倖子君にして、
捧華の中学必修教科。
技術、家庭分野は、
本日は、最終行程に届こうとしていました。
君からの訓示。
「捧華? あたしはシンプル、または純粋なものが好き。だから多くは語りたくない。腕の良い木こりは、身体にひとつきりの傷を負っているものよ。一を知り、十に届くまで、楽しみなさい。説明は、心配症の心也君の分野。今日は一緒に、料理を作りましょう。ひらたく私に挑んできなさい。フルドライヴもしてかまわないわよ?」
倖子君は僕に視線をおくり、
「心也君、なに食べたい?」
ぅ? ……うんと……、
「そうですね……、
君を想って、シンプルにサラダ、かな?」
倖子君は笑んでくれる。
そんな時、僕の心は潤うんです。
「好いねぇ♪ サンキュ。じゃあ捧華? 私の胸を貸したげるから、かかっておいで?」
捧華はまずぶすっとして、
「……うん、……なので。……サラダなんて誰にでも作れるので。フルドライヴで、おかぁさんに後悔を食べさせるので!」
のちにんまり。
あとは仕上げを御覧じろです。
僕らは近所のスーパーへと、
川の流れの様に三人で、
ゆっくりと向かいました。
………………
…………
……
店内なう。というヤツです。
また読者の方によっては死語かしら?
僕の“第四の壁”は、
RPG風に言えば、パッシブスキルですから悩みます。
君は少し前から、はっきりと空気が変わりました。
「さぁ、それじゃあ私はひとりでまわるわ。心也君? 捧華についてあげてて?」
君の頼みはきっと断らないさ。
「うん」
「おかぁさん?捧華はいつでも全速力。そして、おかぁさんに勝つので!」
その意気や好し。
「ふふっ、ささげちゃん? ものをつくる事の奥深さを見せてあげるわ」
受け取り勝気な君。
……どうやら、
僕は有難き審判役。
どちらにも、肩入れをする気はありませんよ。
この後、
捧華と僕は十五分後。
君は三十分後に、
お買い物を終えました。
そして、
また手と手繋いで帰路へと着く。
………………
…………
……
命に触る台所。
有難き命をならべ、
愛娘は発する、
「おかぁさん? 勝負はここからなので?」
また知る静寂が降りてくる。
「ささげフルドライヴ」
間髪、
「……やれやれ。
今あなたの敗北が確定したわよ?
私の楽勝ね」
うん? と捧華は、倖子君の言葉に疑問符ひとつ顔。
僕は多少御料理の真似事をするけれど、
今は先人に習い、
厨房から退こう。
未知の戦場に、
みだりに踏み込まない事も、
戦術、長生きの秘訣です。
君は十五分後、
捧華は三十分後に、
僕へとサラダを贈ってくれる事になります。
………………
…………
……
食卓に、大きく分けて、
二通りのサラダが御座居ます。
一目見て、
どちらがどちらのサラダなのか。
それから、
勝敗も、僕は出せて……しまいました。
しかし今はただ胸に語ろう。
「有難う。頂きます」
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愛娘、捧華。
「シーザーサラダ」
ロメインレタス。
カリッとベーコン。凄いなぁ……。
削りおろされたパルメザンチーズ。有難う。
それにクルトン。
ドレッシングには、
おろしにんにく。
お塩。
黒こしょう。
レモン汁。
オリーブオイル。
ぐらいしかわからない……。
そして……ごめん捧華。
これ以上を示せない身で……、
思ってしまって……、
少し、水っぽい……です。
でもね……有難う。
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最愛、倖子君。
「お豆腐のサラダ」
丁度良い大きさのレタス。
僕の口に食べやすくカットされたきゅうり。
ミニトマトまできれいにカットしてくれている。
お豆腐は絹、全く崩れていません。
わかめ。
ごま。
かつおぶし。
海苔。こちらも見栄えよくのせられています。
ドレッシングは多彩で、
倖子君は食べる前によく混ぜてくれました。
有難う。
カロリー想いの、
カロリーオフマヨネーズとノンオイルドレッシング。
僕の好きな胡麻ドレッシングも思いやり。
しかし、
こちらはカロリー高めなので、
気を配られてはいるでしょうが……、
そして、
短時間にして、信じられないくらいお水がよく切れている……。
流石です。
有難う、倖子君。
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そうしてふたりに、感謝の心を告げるんです、
「美味しかったぁ。ふたりとも、有難う。ご馳走様でした」
すぐにテーブルへ前のめる捧華、
危ないよ?
「おとぅさん、
どっちが美味しかったので!?」
傷つけたくはないんです……よ。
「捧華や? この時点での、その質問は、まだまだ倖子君に及ぶのは難しいと想ってしまいます」
納得ができない捧華の想いを感じてしまう。
嗚呼……痛いな……胸が。
なぜなら、
「おとぅさんは、シーザーサラダが大好きって、捧華知ってるので!? 上手くできたのでっ! おとぅさんはおかぁさんの方が好きだからえこひいきしてるのでっ!?」
瞬きわずか怒気はらむ君。
「捧華、私にケチつけてむくれるのは良いけどね。心也君にあらぬ暴言を吐き出すのは許さないよ」
捧華は沈み、静まる。
倖子君は僕よりずっと道理に明るい女性です。
菜楽早水は君でもつ。
だからこそ君は、
優しい声音を捧華につないでくれる。
「捧華? 私の勝ちとした理由は、心也君に尋ねなさい。私は、私が大切に想う事を今から捧華に伝える。より多くの所作に、魂を込められる様になりなさい。ものをつくる事は、そこから。心也君? あとよろしく」
キッチンを出て、
腐りかけの愛娘を、自室へと招きます。
………………
…………
……
捧華はぶすっとだんまりを決め込む。
僕は入念に思惟。
筋道をつくってゆく。
「捧華? これから、どうして倖子君に軍配を上げたか、僕は話すね? どうかだんまりで良いから、最後まで聴いて、覚えてくれると有難いです」
最初の行程、一手置く。
「はじめに。御料理ってなんだろう? 僕にとって大切な事は、他の生命を殺して、自分の生きる糧とする事だ。感謝と敬意が必要な事だ。そのふたつは、魂の震えがたかまればたかまる程、自然に身に覚えてゆける様になる」
つなぐ二手。
「御料理には何が必要だろう? 生命という食材。多様な道具。器。先の感謝と敬意。そして、愛情だと、僕は想います」
三手目で、ひとつ詰む。
「捧華? 捧華はせめて生命をみる時点で、フルドライヴさせるべきだったと思うんだ。食材を選ぶ段階でだよ? だから、作る段階でフルドライヴを、ようやく始めた捧華を知り、倖子君は自身の勝利の可能性をかなり高めたからこその、思いやりのある勝利宣言だったんだと想うよ?」
捧華が小刻みに揺れて見え始める。
「あとは技術的な面。御料理への愛情の捧げるひとつは、作る手間を惜しまない事です。用いる食材をよくみて、鮮度を落とさない為に丁寧と迅速さで調理する。捧華が御料理に興味関心を持ちある程度向き合えた時、今日の倖子君の、お豆腐のサラダを憶えていてくれたら、生命の触れ方に対して、現在はまだ及んでいなかったと、わかってもらえると僕は嬉しいです。最後に、僕がシーザーサラダが好きな事。憶えて、覚えていてくれて、有難う。僕は、とても、嬉しかったんだよ?」
捧華はもう少し揺れて、雫がぽつぽつ降りる。
「……おとぅ……さん、……ごめん……なさい」
うん。
馬鹿な父親に優しい愛娘。
僕は良い子達に恵まれています。
有難き、御神様の仕合わせ。
あとふたつ欲張るなら、
「倖子お母さんにも、その想い伝えてください」
愛しい娘は、
俯いていた泣き顔を上げて、
心地よく新鮮な笑顔を、
僕につくってみせてくれました。
最後にもうひとつは、
捧華より下手っぴが、
偉そうな事言って、
本当に、
ごめんなさい。
どうか、許してほしい。
僕の為のご馳走を、
有難う御座居ました!
フルドライヴしょせんはいぼく
いただきますとごちそうさまでした
すべてのできごとはつながっている
歌 Dreams Come True 作詞 吉田美和 作曲 中村正人