第124話「IN THE FLIGHT」
…………それは……不思議な感覚だった…………。
星空へ落ちているのか、星空が落ちているのか。
重力が働いているなら、確実に落ちているはずなのに、
舞い上がる力さえ働いているかの様に、なんともこう……、
自身そのものが不明になり、変に酔ってしまった様な気分だ。
学校では安々と気を失ってしまったが、
監理者の説明と二度目の余裕で、まだ意識を失う事はなかった。
万華鏡惑星、そう呼ばれるに至るこの惑星の一番の由来は、
この惑星そのものが並行世界、多世界の複合惑星だからだった。
それが下空…………、
あるいは上空だったとしてもかは分からないが、
飛び降りたらまず死に至る高さから落ちれば、
大空の恩恵が働く。
その人間が死に至る速度を超えて大空に包まれると、
並行世界、多世界へ移動する様に、この惑星はできているそうだ。
つまり、風はもうすでに、学校で飛び降りた世界とは、
異なる世界に身を置いている事になる可能性だってある。
風には実感などないし、命の価値についても甚だ疑問を抱く。
だが、人は眠ると監理者は諭した。
起きた時の世界が、実は昨夜とは違う世界だと証明されても、
大多数の人間の営みに、それ程強烈な影響を与えるものとは、
風自身は思えない。
連続していると思っている世界が、
実は不連続だったとしたところで、世界は存在してゆく。
同じに見える材料が、多世界で並行し、
観測者を、まるで万華鏡を覗き込む様に誘う。
束の間の移ろい華。
ただ一人一人の世界の体現者の現在。
これも“人間原理”と呼ばれるものの、
ひとつの可能性なのか……、
それが、万華鏡惑星・Polaris。
………………
…………
……
いつの間にやら風は大空に、
意識を抱擁されまどろんでしまっていた。
そこでは風の思いも寄らぬ事が起きていて、
世界そのものの切れ端が無数に大空から風に向かって突き抜けてゆくのだ。
なんとか風に納得させようと言葉を組み立てたが…………、
納得には至らなかった……、
しかしもしかしたらあれは、【膜宇宙】の、
ほんの一端の、ひょっとすると可視化なのかもしれない。
風は自身の望む宇宙に近付く為に、
擦り切れて、傷だらけの、古ぼけた靴を、
優しい眼差しで磨く一人の女性に意識を集中させ、
世界に手を伸ばした。
まるで泳ぎの下手くそな一匹の魚の様に、
そのヴィジョンへ、少しずつ……少しずつ……近付いて、
僕のフライトは、ひとつの世界へ首尾よく滑り込んだ。
そして、
これから風がどうなるかを考えたけれど、
これから風がどうなるかなんて、常に分からない問題だ。
そう考えると、足場がひとつできた気がして、
風はその場に、ゆっくりと降り立った。
じゅうねんまえ じゅうねんご
あのころもこのさきもかわらない
きみはいつもぼくのなかにいてくれる
歌 フィッシュマンズ 作詞・作曲 佐藤伸治