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XO!i  作者: 恋刀 皆
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第122話「Fitter Happier」

 Slave Driverへ受付をし入場を許されるまでには、

やはり持ち物検査と監理者がつく流れになった。

ぼくとしてはバリアジャケットだけが気掛かりだったが、

取り上げられる事はなかったので安心した。

空蝉さんは「全天監視下」にあるので問題外。


 意外だったのはりぃが『麻痺銃』を所持していた事だった。

……これなら風がディバイスを立ち上げてまで、

ナイフの男から身を護る必要性も本来はなかった、という事になる。

ヴィレスは、女性を犯罪から守る為、女性の護身具の携帯は許可されている。

 その麻痺銃は『シールド』と名付けられた、

女性にも取り扱いが容易な銃で、文字通り撃たれると身体が麻痺状態になる。

しかし『盾』と名付けられていても、銃は銃だ。

風達の中で唯一理だけが、持ち物預かりへ一点引っ掛かる。


 最後に名も告げぬ監理者から、Slave Driverでは、

どんなに優秀な「創造者ハカァ」も「破壊者クラカァ」も、

秘匿性を持つ事は困難を極めます、

そう強く釘を刺された。


 丸腰でラフな服装とバックパックだけになってしまった理。

幸いジャケットもバックパックも薔薇ローズも無事な風。

お面で素顔が隠された、外套に身を包む空蝉さん。


 理だけは絶対に街に戻れなくなってしまった今はもう、

なかまを裏切りたくないなら、風も進むしか道はない。

自身の中に揺らぎの少ない想いを持てば、

選択肢が無いという事もまた……プラスに働く事もあるのだと学べた。


「それではご案内致しましょう」


 その言葉と共に風達は、いよいよSlave Driverの一端を、

見ていく運びとなる。


………………

…………

……


 風達は何人乗れるのか想像もつかない程、

広くて清潔で白く、また全く階層の表示もなく、

かつ振動が……音のないエレベーターへ乗り込む事で、

もうここがSlave Driverの何処か分からなくなった頃、


「……なぁ風? あたいにここまで付き合ってくれて、本当に有難う。

あたい最低だろ? 風を試した様なもんだ……」


理が意味不明な言葉を切り出してきた。


「……試すって、何が?」


 その質問は理の想定外だった様で、


「何がって……あたい達が囲まれてても、来てくれただろ!?」


あ……ああ……、


「振り返ればそうともとれるのか……。

なんだか今ようやく少しだけ腹が立ったよ」


 すると彼女はニヤリと意味ありげに笑って、


「ふっ、るぅさの言った通りだったわね?」


風は怪訝に尋ねる。


「……るぅさの、言った通りって?」


ふぅちゃんは頭が良いけど、

そういう計算はできないし、

分かってたって、彼はやって来るわ、って事」


聞き終えて、イラッとするけれど、るぅさにはどの道敵う気がしない。

突っ込んで、さらに痛い目をみるよりも、諦める事で大人ぶるしかない。


「ほんの少しだけ悔しいけれど、あんた達はさぁ……、お似合いだよ」


悔しい……? お似合い……?


「理が何を言っているのか、さっきから理解が難しいよ?」


と言ったら、


「まぁあんたもその道は「Inおはな bloomばたけ」って事よね」


そう勝手に納得されてしまった……。


 そしてどうやら音もなく、多分最初の目的地へ到着した様子で、

監理者は、特に理に向けて言葉を発した。


「あなた方は業の深い方達ばかりですが、

理・0111さんがお友達でしたら、是非「手遅れ」にならない様に、

助けて差し上げて下さいね。さぁ、彼女の為の目的地へ到着致しました」


 監理者は最後になんとも表現し難い顔と声音で、




「それでは、どうぞ【自然選択室フィター・ハピア】へ」




と告げた。




………………

…………

……




 その部屋には、

大きな試験管とでも呼びたくなる様なものが、

それこそ無数に間隔を置いて存在し、

そのひとつひとつに全裸の人間達が男女問わず一人ずつ詰め込まれていた。

その中のどの人間も、液体に満たされていても生きていて、

一斉に視線を向けられた時は、正直今までに考えられない程の、

気が狂いそうな精神的な負荷が掛けられてしまい、

数瞬の記憶さえ飛んでしまった。




 だが意識が戻って、理の身を心配し始めると、

何故ここが、理の身を滅ぼしかねない場所なのかまでは、

考えが至らなかった…………しかしいつの間にか俯いていた風の顔を、

理に向けて、足元から少しずつ見上げていくと、


 理の足は、立っているのがやっとの様に、

弱々しくおぼつかなくなって見えた。

そこへ監理者が感情を遮断したかの様な声音で告げる。


「ここが自然選択室です。理・0111さんは、

早くもここがどういうところなのか、お分かりになった様ですね。

皆さん進みましょう」


 理は手すりに頼らなければ立っている事すら難しそうに見えるが……、


「理? 風らには進むしか道はないよ」


そんな言葉しか伝えられなかった……。


「ああ…………、そうだったね」


 何か彼女がずいぶん年をとってしまったかの声音に驚くが、

一旦は、手すりに掴まりながらでも、彼女の足を前に進めさせた。


だけれど…………、


………………

…………

……


「…………そういう事……か……」


 風もいよいよ歩みを進める事が難しくなってゆく……、

なぜならば……、

見つけてしまったからだ……。

いや……街が意図的に見せつけているのかもしれない……。

大きな試験管に入れられている彼は、

……間違いなく…………、風らをナイフで襲ってきた男性で、

……つまり、理と風がおそらく「手遅れ」と街に判断させてしまった、

ガリガリに骨ばった両眼が異様に落ち窪んだ男の末路だ……。

風は現時点でたった一人だけだが、

理は幾人も見知った人物が居たに違いないと思うと、

……どうしようもない…………、


……本当に、どうしようもない気持ちに……激しく苛まれた。


確かに風が理の立場なら、自殺も有り得るのかもしれない……、

成人を迎えてさえいない……少女には、重過ぎる光景だ……、


が……、


「よし。二人共。疲れたなら手すりにもたれて、ちょっと休め」


空蝉さんが風らを労わる言葉で、わずかに生にしがみつけた。

理と風はお互いに罪の意識を感じる男性の目の前で、

休憩を取る事になる。


………………

…………

……


 それでも何故か理も風も、男性からは視線を外せなかった。

風自身は視線を外す事は、現実逃避だと思えたからだが、

理はどんな想いを抱えていたんだろう……。

そう思う内に、理から異質な笑い声が聞こえてきた、


「へへっ、へへ……へ、風も先生もごめんな? あたい街に戻るわ」


風はぎょっとなる。


「理……理・0111? それ……は……?」


「分かってるよ。あたいは成人したら、こんな首飾りも取っちまって、

娼婦として、バブル・リプルの裏切り者として、生きてゆく。

だけど……ここを見ちまったら、仕方ないって思うよ。

ここよりは何処もマシなはずだよ……。だから……、ごめん」


 仕方がないとは思ってしまう…………、でもね……?

それなら風も仕方がないよ……。


切り札を使わせてもらう。


「うんそうか。理の好きにしたらいい。風も風のしたい様にするさ。

自慢だけど風は理よりは残飯を恵まれた身でね。

街に戻ったら、娼婦のひとりでも身請けする事にするよ。

理も勝手なら、風も勝手してもいいのは道理だよね」


「……ぁ? ……何……言って……やがる風・1100!?

……それが嘘でも本当でも、

もしもあたいに同情しているんだったら、それこそ大きなお世話だよっ!」


「理の気持ちなど風は知らない、バブル・リプルの彼らが言っていた様に、

商売の道具が、口を挟む余地はない話だよ。

風はまだ未成年だけれど、バブル・リプルはお金を持っていれば客だからね」


 間髪、彼女の右拳が風の顔面左頬に入り、風は痛みから苦悶でしゃがみ込む。


「そんな事してみろ! こんな痛みじゃ済まさないわよっ!」


「……っ……、へっ……へぇ、理という人間は……ずいぶん勝手な人だねぇ……」


「なんだとっ!」


「だってそうだろう。少なくとも四人の人生を賭けておいて、

自分自身の罪と対峙したら、さっさと降りてしまうんだからね」


風自身にも信じられない程の怒りをもって、理を見たら、

彼女は気圧された様に、半歩後退した。


「だったら……だったらっ!!!!

あたいはあたいの犯した罪を、どうやって償えばいいっていうんだよっ!!!!」




「まーそー怒るな女の子ちゃん」




 唐突に空蝉さんがおどけて入り込んできた。

しかし、すぐさま口調は凛としたものになる。


「オイラ達はな? 何をしていようがいまいが善で悪だ。

どうしようとなにしようと、裁かれる時は裁かれる。 

つまりどんな場所に立てたとしても、上も下も、

本来は無いのがこのせかいなんだよ。

オイラにはおまえらの抱え込んだ罪の意識までは分からないが、

この瓶に閉じ込められた男にしたって、自分の幸不幸なんてものは、

そいつの心の在り方次第なんだ」


「じゃあっ……! あたいは何も思わず、

あたいだけ「自由」になって、幸せそうに笑ってていいのかよっ!!!!」


「オイラにゃ今のおまえがそういうふうには見えねぇよ?

そして、おまえは死ぬまでその罪を抱えて生きていく事になる。

おまえ自身に選択の余地のない罪を抱え込まされたカタチでな?」


そう言い終えると空蝉さんは監理者の方へと視線を送った。

監理者は頷き、


「この自然選択室、フィター・ハピアは、

もうお分かりでしょうが、

街が「手遅れ」と判断した者達へ用意された場所。

ですが安住の地の側面もあります。

この中は、彩雪を主成分にし、液中でありながら呼吸もでき、

体内に取り込まれた液体は全て尿となって排出され、

排出された尿は、液体と再び交じり合う事で再構成され、

また無害な液体へと還ってゆきます。

『回帰する液体の組織』です。

ここに入る大抵の人間達は、薬物依存で「手遅れ」になりながらも、

家族や友人知人にもうこれ以上迷惑を掛けたくないと言われる方々も大勢います。

彼らは一見試験管にでも放り込まれた、

無造作な扱いを受けているかだけの様にも見えますが、

ほぼ全ての人々はJ-D-Vに繋いで仕事をしています。

その中には称賛や賞賛に値する実績を残していらっしゃる方々もいます」


 監理者は終始事務的な説明口調だったが、


「おまえの幸せはおまえが決めていい、

だが他人の幸せを、おまえが勝手に決めるな」


そう空蝉さんが告げる事で、

監理者の説明口調にまで人間味を感じられる様になる。




 ちょうどその時だった。




きっと風らが「手遅れ」にしてしまった男性が、

試験管……

の中から、

ノックをする深い音が響いた。


 風は眼を見張り、男性に向けて五感を集中させる。

そして、男性が風らに伝えたものは…………、

先ず理から風へと右手の人差し指を向けてきて、

風は「おまえ達に告げる」と受け取った。

それから男性は、




右手を握り親指を下に向けた。

地獄サムズダウンちろ」という合図だろう……。

風はまだ大丈夫……耐えられる……だが、理に与えられた衝撃は計り知れない、




――が?




 その後男性は、くるっと右手の親指を上に向けて、

敗者サムズアップせ」ともした。


 風は男性の意図するところが判断できなくなり、

理を見ても、彼女も表情から困惑が窺える。

堪らず空蝉さんに問いかけるも、


「分からねーか?

じゃー分かるまでここにジッとしているつもりか?

おまえ達自身で考えな」


許さない……けれど許す?

許す事はできないけれど許す。

対義がぶつかって消滅する。

肯定も否定もしない。

……きっと、そこには自由が生まれる。

許されもしないし許されてもいるのなら、

その解釈は自由に……自分の心のままに従うんだ。

分からないなら、結局自分で考えるしかないのだから。


「理? 進もう? 理の言葉を借りるなら、

理にしたって彼の境遇に同情して、

自由を手放そうとしているんだよ。

空蝉さんの言葉が確かなら、風達は生まれながらにして善であり悪。

どうしたって裁かれるなら、やりたい事をやって、自由を拝んでから、

裁きに身を委ねようよ」


「……風は、……あたいが、許されてもいいって言うのか?」


「違うよ。風達は自身の犯した罪から、一生許される事なんかない。

今は理の関係者の方々と空蝉さんの言う事も、少しだけ分かるよ。

一生泥をかぶり罪を背負ってでも、自由に生きていくか。

一生泥をかぶり続けて、ただ奴隷として生きていくか。

それだけの違いだよ。

幸せかどうかは他人の評価じゃない。

自分自身が納得できるかどうか、ただそれに尽きると思う」




 束の間の沈黙から…………、




「ふふっ」




ふふっ?




 彼女は笑顔を取り戻し、


「い……いや、あたいが悪いんだけど、

鼻血姿で格好いい台詞を告げる、真顔のあんたを見てたら、

笑っちまった……」


そう言われて右手で鼻をこすると、

確かに手が赤く染まった。


「ちょっとあんた何してるの!?

ハンカチぐらい使いなさいよ、ばっちぃわねぇ!?」


「あー風はハンカチを持つ習慣がない人なんです」


「うわぁ……なんというか悪い意味で男らしいわね」


「「NSFD」がきちんと機能していれば、

ハンカチを持つ必要性はあまりにも乏しいよ」


「……まぁ、あたしの所為だから、これ、使いなさい」


 理はそう言うと生地が水色の、

右隅に白い馬の刺繍がしてあるハンカチを、

風へとそっと差し出した。


「こんな綺麗なハンカチ、染みがついちゃうよ!?」


「あんたがあたいにくれたものを思えば、安過ぎる代償さ」


 その声音にはいつもの勝気な理自身が込められていて、

風はハンカチを受け取り、鼻をさすりながら、


「理? 行けそうだね?」


彼女はしっかりと頷いて、


「ああ、あたいはあたいだ。

同情なんて、するのもされるのも、まっぴらごめんだね」


高みにあったハードルを飛び越えた。








風達は、自然選択室フィター・ハピアへ深々とお辞儀をして退室した。



ぼくはぶたがすきです

いぬはぼくをそんけいし ねこはぼくをみくだす

しかしぶたはぼくをびょうどうにあつかいます

Song Radiohead

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