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XO!i  作者: 恋刀 皆
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第115話「MILK」


「…………、生き……てる……」


………………

…………

……


 それがぼくの目覚めた時の第一声だった。

室内はどこもかしこも真っ白だったが、点滴されているという現実リアルに、

ここは天国ではないと思い知らされた。

風は馬鹿だから病院にお世話になった事は、今まで一度も無い。

まぁ「自然科学融合装置」のお陰ではあるのだけれど……、

まさか生きているとは思わなかった。


 しかし、死んでいる状態が如何なるものかなんて、

きっと誰にも分かりはしないのだから、点滴を除けば、

ここが街を忘れさせてくれる場所かもしれないと、

これまた愚かな希望を抱いた。

けれども、十分もしない内に街の看護師がやってきて、

風のわずかな希望を粉々に打ち砕いてくれた。有難くて涙が出そうだ。


 風が目覚めた事を看護師が医師に伝え、零人の医療関係者が訪れ、

風が一週間も意識不明になっていた事を聞かされた。

一日目はその所為で風の身体も思う様に動かしにくかったが、

生きている以上はお金が掛かる。

一日でも早く病院から出なくてはいけないと、

リハビリのメニューを真面目にこなした。

甲斐もあって早期の退院を告げられたが、

零日後に、警察関係者の人が零人やって来た。

かなり厳しい事を言われる覚悟をしていたが、

思いのほか警察の人は穏やかで、

なんだか拍子抜けしてしまった。

事情聴取も嘘偽りなくお伝えする。

大したお咎めもなく、退室してゆく警察の人達の背中へ、

風は疑問を投げかけた。


「……風、許してもらえるんでしょうか? 自殺はともかく破壊活動は……?」


「風くんはまだ未成年だ。破壊活動については、そうだな……、

残念ながら現時点で「社会内処遇」が決定している。

だが我々は君を「手遅れ」だとは判断していない。

くれぐれも孤独死を招く様な行為は謹んで今後の人生を生きてくれたまえ。

失礼する」


 V-lessは自殺者が多い事を、J-D-Vの情報で知っている。

現在の風には何処まで鵜呑みにしたものか迷うけれど……。

警察の人の言った孤独死を招く最たる候補に挙がるものは、

「薬物依存」だ。物心ついた時には薬物乱用防止の為の、

こんなスローガンが染み付いていた…………、


“シテハダメ。ワカッタトキニハモウテオクレ。”


 なにが手遅れになるのか、風には全く伝わってこないが、

たった一端を知っただけとはいえ、街の厳しい警備の眼を盗んでまで、

小心者の風がそんなものに手を染める興味も気概も、金銭的な余裕もない。

風にとって痛恨だったのは、保護観察処分が下った事に尽きた。


 零日、一日と時が過ぎ、退院日がやって来た。

お世話になった病院関係者にご挨拶してから、病院を出ようとする前に、

フード付きの衣服を渡され、風は病院の地下施設の中を歩く事になった。


「……どうして表から出ては行けないんでしょうか?」


「君が「灰空を割る者」だからだ。これはそういった人達への、

病院側ができる最後のメンタルケアだ。

これから先何があっても、自ら命を絶つ様な真似はしないでくれると、

病院側にも存在する意義があると感じる事ができる助けにもなる。

少年よ、君はまだ若い。死に急ぐな」


 その言葉の意味は、病院施設から出て、

歩いて炎家まで辿り着いた部屋の玄関前で分かった。

様々な記録媒体を持った記者達に囲まれて。


「風・1100さんですね? あなたはまだお若いですが、

革命家を目指してらっしゃるんですか?」とか、

「ハイ♪ 風? 貴方の別名「灰空を割る者」の意味が、

実は私には理解できなくて、教えてもらえますか?」とか、

「『智天使の岩壁』の貴方が最高ロックな理由を教えてください」とか、

訳の分からない質問の荒波に、

小一時間飲まれて、なんとか玄関の扉を固く閉めて戻ってこられた。

なんだこれは…………ろくでもない……。


 心を落ち着けてから、

現状を知る為にJ-D-Vに入ると、

ここにも大量のメールが送り込まれていた。

一通だけ読んで、その内容から残りのメールを全て削除したのは、

今でも正解だったと思っている。

これが街のデフォルトからはみ出した罰か…………。

そうして僕はますます死んで生きる様になった。

たった一通だけ読んだ、風の世間との決別をしたメールには、

詳細ではないが、この様に書かれていたと思う。


「灰空を割る仲間へ


 君は今生きている事に驚いているかもしれないが、

 ここ万華鏡惑星ではよくある事。

 浮かれずに冷静になれ。でも人生は楽しむもの。

 これから君の人生は厳しさを増してゆくだろう。

 だからって落ち込む事はない。なぜなら君は一人じゃない。

 どんなに孤独で絶望しているつもりでも、

 一人なんかにゃなれない。

 見られていると感じたら、監視ではなく見守りと思う事だ。

 君の人生をだいなしにしない為に。

 私はたまたま君の個人情報を拾ってしまったから、

 仲間が孤立しない為に、まごころで伝える。

 「氷茶アイスティー」には手を出すな。

 それだけを肝に銘じてくれるなら、

 私達はいつでも貴方を愛して歓迎する。

 最後にひとつ、ぼくが好きな言葉を、君に贈る。


 生きながら死んでいるより

 死んでも生き延びろ 

 死は人に理解できなくとも 生とはただ一瞬の煌き也


 私達の仲間よ、新たな舞台へようこそ。 


                     GSHSより」


 とにかくなんでも分かっている様な文章が、

風のささくれた心には気に入らなかった。

気に入らない人間の言葉が、受け入れられるはずもなく、

風は仲間だと馴れ馴れしく近付いて来る者へ背を向けた。

数日経つとデスペラードの教師達がやって来たが、

玄関を開ける気にさえなれず、大変失礼だが画像通話で済ませた。

内容は零ヶ月の停学処分、妥当どころかずいぶん短い処分だ。


そこから風は本格的に殻に閉じ篭る日々を始めた。


 風には両親が遺してくれた財産ともうひとつの物があったが、

生きている事を知ってしまった以上、

それは棄てた犬に残飯を恵む様なものだ。

遺されたか残されたかでは、風には天と地程の差がある。


 不要だと言うのなら、最初から産まないで欲しかった。

風は生まれてこの方、煌くものなど何一つ見つけた気がしないのだから。

何度財産を手放そうと思ったかしれないが、

デスペラードの終わりの一歩の様にはいかず、

両親にしがみついて生きている自分をどんどん嫌悪していく事になってしまう。


 そうする自分を打開する為にも、「仕事」と「護身」を覚える気になり、

るぅさと繋がる今がある。「護身」については、稽古相手が居ない分、

「自然科学融合装置」を用いて、

「護身」の為のプログラムをるぅさの介助と学校へ行かない時間全てを使って、

マメに身体にも精神にも染み込ませ、シミュレーション結果では、

不安定でも初段を出せる様になった。

 文字にすると数行で済んでしまうのだろうが、

プログラムを打ち込むのも、それを何時間何日間何ヶ月と掛けて覚えるのも、

『智天使の岩壁』での経験があってこその、まだまだ未熟な初段だ。

風の選んだ護身術は積極的に闘うものではなく、

和合する事、対立の解消を目的としたものだった。

要するに風はできる事なら他者と争う事は避けたいが、

どうしようもなく相手が向かってきた時には身を護りたいだけだ。


それが風の主観での『天使の揺籠』と呼ばれる事件の顛末。


 しかし『揺籠ゆりかご』と名付けられた本意は、

今だに分からない。


 そして、


風はるぅさと理・0111先輩と別れた、

この零日間、

管理人からいつ介助者の解雇のお達しが来るのかを恐れていた。

解雇されるという事は、るぅさからの風への拒絶を意味するからだ。

それは風呂でぬくもった身体に、

氷水をかけられる様に、風の心身に堪えるだろう……。

その最悪の想定を受け止めなければならないのなら、

もう誰からの連絡も欲しくはないと、風は祈りすら込めて、

通信が近付いて来るのを恐れ続けていた。


 しかし、何の感情もこもらない通信音が、

いよいよ風の惨めな部屋を、訪れる日が来てしまった。


「……はい、風・1100です」


「風・1100、いつもの依頼だ。0011・011の事をよろしく頼む」


「っ……彼女は何か……、い、いえ、今日は何をさせていただけますか?」


「移動介助だそうだ。言伝てもいただいているぞ。

いつも風・1100が良くしてくれて、本当に助かっているそうだ。

0011・011の為にも、

風・1100を絶対に辞めさせないでくださいとまでいただいた。

さらばだ」


 …………、しばらく風は…管理人の映像が現れて消えた場所を眺めて、

夢でも見ている気分になっていた。

るぅさは風の事を調べなかったのだろうか……。


 ……いや、それなら管理人の言伝てはおかしい。

風の身の上を知ったからこその言伝てと考える方が自然だ。

風を辞めさせないでと言うのは、

まだ風と……風なんかと繋がっていてくれる証拠だ。

…………、るぅさ……貴女はなんて……、

強い……女性ひとなんだろう……。


 ここ零日間は食事も満足に摂れていなかった所為か、

その反動で、急にお腹が空いてきて、今日は少し贅沢をしてしまった。

この街では灰空からあられひょうが降ってくるという事が、

稀にある。それは時に人を傷つける害でもあるけれど、

概ねは自然の恵みとして受け入れられている。


 なぜなら、雹ぐらいに大きな物は、

何処の家にもある「彩雪管」からすぐに取り出し、

小鍋なんかに入れて温めると、

母乳の組成の代表値と、

ほぼ近似の栄養分が含まれている飲み物へ変わるからだ。

風はこの「母乳ブレストミルク」に、

黒糖を砕いて溶かして飲む事が大好きだった。

久しぶりに飲む「母乳」は、温かくて柔らかくて優しくて癒されて、

ふと……、








彼女るぅさが傍に居てくれる気がしたんです。



 こぼれたミルクをなげいてもしかたない

まったくどうとうのゆうじょうなんてありえるのかな

ひきずるなよ

歌・作詞・作曲 槇原敬之

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