第112話「Love Will Tear Us Apart」
あー憂鬱だぜ。
しかし現在オイラに来ている仕事を拒否できないからには、
これしか手の打ち様が一切無いのだから、どうしようもねー。
すでに軽い吐き気を覚えながら、目の前にある『DDS』へと頼る。
数十秒で変性意識状態になり、調律が開始される。
その星の強固な【門】を通過できるのは現状このDDSしかない。
オイラの命は『超弦罪』の名の下に、常に風前の灯火だ。
やるしかない。
オイラの命の為に、「先生」として「生徒」達の命を助けにゆく。
あいつに再会し、必ず倒すという悲願を叶えるまで、
オイラは死んでも死にきれねー。
それにしても別の星の歴史とは言え、
ぞっとしない名前の門だ。
しかし、訴える部分もあるのだとは思う。
歴史は風化させたくなる程、何処の国や星でも闇を抱えている。
だからこそ知っておかなきゃならねー。憶えておかなきゃならねー。
笑っていても悲しみを忘れずに、悲しい時こそ笑わなきゃよ?
最悪の気分だぜ。変性意識状態のまま、
口の中に酸っぱいものが込み上げてくるが、なんとか抑えて思考する。
先ずは「コミュニケーションの体系」を身に染み込ませてゆこう。
オイラの依頼された「生徒」達の住んでいる星【Polaris】、
又の名を【Kaleidoscope Worlds】の一大都市【V-less】。
依頼の意味や目的だなんだは、オイラではわからねーが、
こちとら文字通り命懸けだ。成功させるしか道は残されていない。
いつの間にか無数の扉が、オイラの内外を埋め尽くし、
最も光を放つ扉を、迷わずに開く。待ってろよ? 「生徒」達。
……ん? あ、あーいや、待ってる訳ねーか。むしろ探さなきゃなんねーべ。
だが、問題はないだろう。誰が本当に幸せかなんて簡単に分からない様に、
超弦罪もそれはそれで、あいつと闘う時の役に立つかもしんねーんだからよ?
……ぅっぷ、本当に吐き気がしてきた。着いたら先ず、
洗面所かトイレに直行だな……。最低の気分だぜ…………。
それもそーか……、今日は週の始めの憂鬱な…………、
………………
…………
……
星暦1000年1月10日月00日。
万華鏡惑星・Polaris。
第11都市・V-less。
「今日も有難う、風ちゃん」
風が「0011・011」を車椅子から介助し、
介護用のベッドに移動してから、いつもの様に「0011・011」……、
「るぅしぃ・さりぃ」は背上げ機能を調節しながら、
穏やかそのものの声音で、風にそう言ってくれる。
「風は大丈夫だよ、るぅしぃ・さりぃ?
るぅしぃはいつも感謝をくれるけれど、風もいつも言ってるよ。
風達の仲だろ? 全然気にしなくていい。大丈夫なんだよ。
風だってるぅしぃがいなくなったら、ひとりぼっちなんだからさ」
すぐにるぅしぃは次の心配を風に尋ねてくる。
「風ちゃん? 学校やっぱり行ってないの?
000の所為? 何か困った事でもあるの?
……もしかして、イジメにでも…………?」
……しまった、言葉が多すぎた様だ。
しかし、
「仕方がないよ000……るぅさ? 風は自由に動ける身体があるけれど、
V-lessには「自由」な人も「勝利者」も、
ほんのひと握りの特権階級にしか、与えられていないんだからさ?
風には「風」の『感字』が一字付けられているよ?
それでもるぅさと一緒で両親は居ないじゃない。
短い時間だけれど、るぅさと居る時が、
唯一のまともな人との温もりの接点なんだよ」
「まぁ! 000の大切な風ちゃんをイジメる人がやっぱりいるのね!?
000許さないわよ!? 今度ここに連れて来て!? お説教してあげなくちゃ!?」
……000……るぅさ……連れて来てって……、
やはり外に中々出ては行けないから、
外の世界の厳しさも、あまり理解の及ばない事なんだろうね。
それにしても穏やかさから心配、怒りへと、本当にるぅさの表情は、
一瞬でコロコロとよく変わる。
「……? ……風ちゃん? 何笑ってるの!? 笑い事じゃないわよ!?
それに『数語』を使わなきゃダメよ!?
二人になると、風ちゃんはすぐ『平語』で呼ぶんだから!?
外の人達に聞かれたら、風ちゃんがもっとイジメられちゃうわ!?
風ちゃんは『感字』なの、
000は『数語』なんだから!?」
「ごめんごめん。るぅさが今日も元気で嬉しかったんだよ?
それに数語の人を平語で呼んじゃいけないなんて、
この取締りの厳しい街の法律でも存在しないよ。
風は感字を持つ人達の、
全数字の人達への差別とたたかっているだけだよ?
だってそれは偏見なんだよ? 風達は同じ人間なんだから」
るぅさは途端に大人しくなり、
「そう……、風ちゃん? ちゃんとご飯は食べてる?」
突然また別の質問へと切り替える。
「当然だよ。るぅさと一緒。今日も「雪」と「花」は、
風の部屋にも充分確保されているよ」
「…………、わかったわ……。じゃあ風ちゃん握手……」
風達のいつもの別れの挨拶、るぅさはそっと細くて、
何故かしらと思う程、カサカサに荒れた左手を、
介護用ベッドから僕に向けて差し出し、風は両手で承ける。
そして風達の考えたおまじない、
…………せぇの、
「喜びで明日を迎えよう。怒りで昨日を振り返るのは止そう。
哀しみは共に分かち合おう。楽しんで今を生きよう」
もうずいぶん息が合ってきた。しかし、
今でもどれも容易く行える事とは思えないでいる。
この街の抱えた業なのか、生命そのものの在り方なのか、
風には全く分からない事だ。お互いが握る手を離してから、
最後に風は、穏やかさと優しさを込められるだけ込めて、
「おやすみなさい、るぅさ。またね?」
そうして風は、風の唯一の友だちに背を向けて扉の方へと歩き出す。
「おやすみなさい、風ちゃん。またね?」
僕の声音なんかまるで役立たずな程に温かい声音があてられて、
僕の背中だけは温もりを覚えていた。
………………
…………
……
風達は実際、複合された施設の中の安アパート、
【炎家】でひとつ屋根の下とは言える。
しかし、るぅさは全数字で風は一応、感字。
その差は外的にも内的にも、余程遠くにあるだろう。
炎家を風の住む部屋へと回り込む為に一歩出れば、
上空にも下空にも、灰色の空が広がり、
【大空】を、風は踏みしめて歩く。
今日の「灰明」に漂う変幻自在の「彩雪」の量は、
予報通り少なめだ。それでもるぅさに伝えた通り、
「彩雪」は充分風の部屋にはある。「黒夜」が来るまでに、
風も部屋へと戻ろう。どの道、風には親も恋人も余分なお金も、
るぅさ以外の友だちは、何も無いのだから。
………………
…………
……
部屋に戻ってシャワーを浴びて、衣服を着替えてから、
炎家の管理人へ、今日のるぅさとの出来事を報告した。
管理人「看・000」の映像が、
室内に小さく出ている。
「…………了解だ。今日も問題は無い。
ご苦労、「風・1100」。
次の仕事はまた追って知らせる。
引き続きよろしく頼む」
管理人の決まりきった仕事口調に、親しみは持てない。
しかし、雇ってもらっている感謝を伝えなくては、
大人になっていく上で、風自身の良い成長にも繋がらない気がする。
「今日も有難う御座居ます、看さん。
それではお先に失礼致します」
「うむ。ではな。
……学校に行きたくないなら、家庭教師でも雇ったらどうだ?
さらばだ」
聞き終えた直後に映像は途切れ、風は何も返せず、
ただ映像が消失した場所を、怒りと諦めをもって眺める事しかできなかった。
……家庭教師だと……!?
先は長いが老後までの貯えが、風には多少あるとはいえ、
余分に使えるお金など何処にもありはしない。
家庭教師を雇えたとしても、何を教えてくれるっていうんだっ!
両親の存在のあたたかさを、風に教えられるかっ!?
この街で「自由」に生きていける術を、風に与えてくれるのかっ!?
……、
…………、止そう……感情的になり過ぎた……。
……風は大丈夫だ。風にはるぅさが居てくれるし、
なによりも……風は……風はもう…………、
とっくに死んでいるのだから……。
………………
…………
……
黙々と、風の馴染みの彩雪と豆を煮込んだスープと、
「月花草」の花弁を炒めて食べた。
この惑星は、大昔の人達の行った大規模なテラフォーミングで、
衣食住の問題さえほとんど解消されてしまっていると、
学校に行っていた頃の教師の言葉で知識を得ていた。
教師はその有難みが如何に莫大なものかを実感していない、
風達の世代への嘆きを説いていた事は、
今でも憶えている。
教師曰く、
彩雪と月花草のもたらした、
一大都市・V-lessの食料自給率は極めて高い。
しかし、最後に受けた授業で教師が表したこの惑星の雅称の意味は、
今の今まで謎のまま残っている。
先ず風の住む街V-lessには、
誰しもが知る、表裏一体のこんな標語がある。
表は、明るくてHIGHな街、ここはV-less。
裏は、従う奴隷は、常に「はい」。
ここは「灰」かぶりの奴隷街、勝ちも利も無い、ここがV-less。
思い出すだけで憂鬱な気分にさせてくれる標語だ……。
あの教師の名付けた雅称を鼻で嗤いたくなる、
……身体中に苦味を覚えながら、
尚の事その雅称がくっきりと思い出され、
今夜も風らの住む炎家で、
愛というものは、いとも容易く引き裂かれてしまう。
風は暗澹たる思いで、思わずそっと教師に教わった雅称を口にする。
「命燃やせよ、灰になるまで、ここは、万華鏡雪月花」
あなたはなにをかける?
Please call Joy-Di-Vision.
じゆうをゆめみて
Song Joy Division