第111話~Xrossover~「Astral Traveling」
2016年四月二十三日土曜日先勝。
あたしの今の生活には、
土曜日はなくてはならない大切な休日です。
なぜなら、月曜日から金曜日は、
やはり学園生活である事に変わりはありませんし、
日曜日には計画Aが必ず開かれるのですから。
あたしに足りない素養を高めるには、
図書館で勉強する時間が、どうしても欲しいからです。
昨夜から準備をして、今日に備えていました。
ですが今朝支度を整えていると、
学園に入学するまでの、
あたしの浅はかさを思い知らされました。
それは、毎日必要な衣類を洗濯しながら、
その日その日のコーディネートに幅があるかに見せる芸当は、
かなり難しい事がようやく身に染みてきたからです。
まだ一ヶ月すら経たないのに……。
学校の制服には、親や生徒に対する、
そういうご配慮もあるんだろうな……。
落ち込みはしたものの今日を無駄にはできません。
あたしはスカートが苦手な女子ですから、
本日の装いは下からざっと、
色はクリアブラウンの履きやすい管状のスニーカー。
無難に穿きなれたデニムパンツ。
好きなバンドの布教用ロンT。
えぼしーの時と同じネイビーのショート丈テーラードジャケット。
頭には当然絹の日の丸鉢巻。
トートバッグにお財布や水筒に、勉強用具と雁野先生から戴いた、
瑞希図書館までの地図のメモ。
お家のダイニングは出掛ける頃には、
誰も居なかったけれど、
朝食を欠席する人は今まで誰も居ないのもまた事実。
何度でも刻もう、みんな動き始めている。
立ち止まってばかりいたら、置いていかれても仕方がない。
朝食での有難いみんなとの時間と空気に……わずかに浸って、思う。
あたしもまた、進むんです!
心配をお伝えする為に管理人室へ行き、
五代様に昼食は弥那町でしたい事をお伝えすると、
「今度は前日までに教えてくださいね」と、
やはりあたしの計画不足を反省してしまう事になります。
ですが続けて五代様はこうも仰いました。
「哀しい事でもありますが、空いている席に座りたいのは、皆同じです。
つまり、貴女が空けた穴を埋めてくれる人もいる、
そういう喜びにも繋がるのですから、
人生はとても面白いものでもあります。
早水 捧華さん、心配せずに、いってらっしゃい」
百回に一回の成功率でも、九十九回失敗すれば、光はある。
失敗した時には楽観的になろう。
成功した時にこそ悲観的になろう。
失敗と成功の大小や軽重は御座居ますでしょうが、
あたしは、……いいえ、誰しもが一人では生きてはいけないのですから。
………………
…………
……
あたしの足で瑞希図書館は一時間足らずの場所にありました。
瑞希図書館の西側は遊具のない広い芝生の公園になっています。
ベンチはあるので、もう少し暖かい季節になったら、
ご本をお借りして、ベンチで拝読するのも良いかもしれません。
図書館の入口は南側で…………、
「……うわぁ♪」
たくさんの彩りの綺麗なお花達が咲いています。
お庭の主はカラフルなチューリップ達かしら。
それだけで、あたしの気分を高めて、ハッピーにしてしまう。
今だと二番咲きかしら、三番咲きになるのかしら?
あたしの実家のお母さんの本棚にあった、
花言葉の辞典を思い出してしまいます。
チューリップは童謡にもなる程、日本でも有名なお花ですから、
その花言葉は今も鮮明に憶えています。
チューリップ全般の花言葉は……、
「思いやり」
見蕩れながら図書館までの歩みを、ゆっくりと進めます。
すると入口の前には、仲睦まじい二人の男女の銅像が御座居ました。
男性はお医者さんかしら、白衣らしき出で立ち、
女性は銅像からでさえ、気品が漂っていらっしゃる。
美男美女では御座居ますが、しかし何処かしら儚げなお二人。
そうして、ようやく、
さぁ、着きました…………、
瑞希図書館へ。
………………
…………
……
ここはこれからあたしが大変お世話になる場所。
ですから、適度な緊張感と礼儀礼節を忘れてはいけません。
外観から、お父さん達に連れて行ってもらっていた菜楽町の図書館の、
大体十倍程の大きさに感じていました。
先ず一階は学習スペース、PCも使えるみたいです。
一階の本棚の量は驚くべき程のものは御座居ませんでした。
しかし大人しく振る舞い、図書館の全体構造の地図を拝見する事で、
自らの憶測を確かな情報だとすりかえて信じきってしまう事は、
本当に危ない思考だと、あたしは思い知らされる。
こちらの図書館の本意は、
地上の、一、二階ではなく、地下三階までに及ぶ、
膨大な本棚の海、地下書庫にあったからです。
………………
…………
……
地上の二階は文字通り陽のあたる様な書籍の群れ、
暮らしや趣味実用、小説・ノンフィクション、エンターテイメント、
ビジネス・資格、生き方・ハウツー、
社会・経済・思想、お金に関するもの。
今のあたしがすぐさま必要としているものは、
あまりなさそうに見えました。
あたしが必要としている、育みたい素養は、
様々な宗教、歴史、和歌市の地理に明るくなる事、
和歌市が何県にあるか知る事、
今唯一使えるドライヴ、「幸福」達の理解と進化の為の、
数学・物理学。
様々に応用が利く、言語。
八百万倶楽部活動のスポーツルールや文化活動のマナーへの理解。
そして、八百万の神々、「存在」に対する造詣を深めてゆく為の“道”。
あとは、……これも大事、凄く大事。護身の為に「武」を学ぶ事です。
あたしがこれから学ぶ事は山積み、
でもそれは菜楽荘と普通学園の日々で、
嫌と言う程思い知らされています、雁野先生のお言葉、
「一生勉強だ」
人生は短い。
………………
…………
……
地上から階段を下ると、地下書庫の受付が見えてきました。
受付の方から、書庫の中に入る際には、
カバンを持ち込む事は禁止と教えられ、無料のロッカーに預けました。
しかし、ノートや筆記用具、
勉強に必要なものは、
入口わきに置いてあるカゴに入れて持ち込む事ができました。
許可証を戴いて、ジャケットの見えやすい場所へ付けて、行動開始です!
………………
…………
……
「……は、ぁははは……」
正午を過ぎて、あたしは今、
瑞希図書館近くの喫茶店【CookPelli】で、
美味しそうな春の味覚のランチを目の前にしてすら、
ただ呆然としていました。
その理由は、
瑞希図書館地下書庫の広大な本棚のジャングルにまいってしまっていた為。
……しかし、……しかし、
全ては無理でしたが必要な書籍への目星とメモはとれました。
折角の春の味覚を味わわなくては、
両親にも、お店の方にもお料理にも申し訳ない。
気持ちを入れ替えて、
「いただきます」をして、
………………
…………
……
「ごちそうさまでした」をすると、
「よー良いもん食ってんなー」
っ!?
突然小さなテーブルの前のお席に、雁野先生が座っていらっしゃいました。
………………
…………
……
菜楽荘の日々でもお面を付けて、
日中過ごしている方を見掛けた事はありません。
外套を羽織って町中を行く人間は、
身内に一人だけ心当たりがありますが。
「……か、……雁野先生? その……お面は外れないのでしょうか?」
「まーちーせー事気にすんな。
オイラが仕事引き受けられる場所は、大抵こんなもんだ」
確かに店内に先生を訝しむ空気は御座居ません。
「それよりな?」
「……はい」
「今ご両親が和歌市に入ったぞ」
「……っ、……そう……、ですか……」
当たり前の疑問を口にします。
「森にうちの両親はいつ入るんでしょうか?
入る前に、一度会っておけますでしょうか?」
「オイラ達を……、可能なら、信じておくれ。
おまえのご両親は今日中に森に入る。
お会いしてみた感想だが、ご両親は大丈夫だ。
特に男親は厄介な能力がある。
相当な縛りのキツイ能力だとは思うがな。
奥方は奥方でしっかり夫の手綱の扱いはご存知だし」
手綱って……、
「お父さんを悪く言っていいのは、お母さんだけです……」
「……そーか、そうだな、すまん、オイラの失言でした」
「……お父さん達がもしも傷付けられたら、
あたしは進退を考えてますから!」
「おまえは保護者かよ?
例えば……な、早水よ? 聖域って分かるか?」
「……い、いえ」
「門番の役目はな? 聖域の守護だ。
この場合の聖域とは「犯してはならない区域」の事になる。
どんな「存在」も基本的には、
それを守らなくてはならない場所なんだ」
……え、で……では?
「とても安全な場所と思っていいのでしょうか?」
「その質問じゃまだまだ足りねーなー早水。
人生に安全地帯はねーぞ?
どんなに安全に暮らしているつもりだろうと、
死はどこにでも付きまとってくるもんだ。
飛行機事故、列車事故、自動車事故、
人間の作り出した文明そのものが、
人間に対して牙を剥く事があるよな?
この世の中には、当たり前の風景の中に、
いくらでも人を殺傷しうるものが溢れている。
特にそういう意味で日々の生活の中で、
覚悟しておいてくれ、そう言っているんだ。
早水のご両親は、おまえよりはその事を分かっていらっしゃる。
だから、オイラと川瀬先生はともかく、
おまえのご両親の事だけは、信じなさい」
「…………、はい」
雁野先生の「信じなさい」の声音は、
まるでお父さんお母さんの言葉の様に、
あたしの深いところまで染み込んで、
もう何も言えなくなってしまいました。
雁野先生は席をお立ちになり、
「おまえのご両親が怪我でもしたら、
その頃オイラは多分生きてねーよ。じゃーな?」
先生の謝意すら覚える声音に込められた、
それでもなお前向きさを感じる声音にあたしはただ…………、
これがより人生を「生きている」人間の覚悟とあたしの歩む、
これからの“道”の灯される「導き」という灯りだと感じました。
………………
…………
……
雁野先生がいなくなった店内であたしがしばらく物思う頃に、
それは訪れました。
……さ……げ……ささ……捧華…達者……か……
やっと……、ようやく……!
……フルドライヴ!?……もう大丈夫なの?……
……いや……もう数日前に……調っておったのだがな……
……?……なんで?……どうして声掛けてくれなかったの?……
……あたしの所為?……
……む……それは……気にするな……
……?……わ……分かった。……
……だがこれだけは伝えておこう……
ど……、どっちなのフルドライヴ……。
……捧華は何故……
……フルドライヴの名と合言葉を……考えてくれなかったのだ……
ぁ……? よ……要するに、あたしの所為……って事……だよね……?
そうしてあたし達は再会したんです。
………………
…………
……
喫茶店でフルドライヴと午後二時が回る頃まで会話し、
あたしには、新たな縁との出会いが御座居ました。
フルドライヴは休息診断中、
ずっと自身の心の在処と対峙し、
自身が何処から来て何処へ行くのかを、
復調していても、あたしを見ながら考え続けていたそうで。
現在の途中経過の答えをあたしに伝えてくれました。
そこであたしが分かった事は、
フルドライヴは大きな意味では、凛音ちゃんの内で生まれた、
あたしが解放できる能力である事。
宇宙や地球に遍在している偉大な「存在」のお力を、
あたしはごく微かに行使できるだけだと。
あたしの連なりの鎖の中で、
最もあたしの誕生を望んでいた「存在」こそがフルドライヴなのだと……。
過去形になってしまうのは、その「存在」……その人は、
もうこの現世には、肉体を持たない人だからです。
そう、フルドライヴは……あたしの、
………………
…………
……
瑞希図書館に再び戻り、
落ち着きながら地下書庫の目星を付けた書籍を、
メモを元に、先ずは五冊お借りし、
一階の学習スペースへ持ってまいりました。
書籍は大体午前中に考えていた事柄についての関係書籍です。
あたしはフルドライヴの無事が知れただけで、
疾走するつもりはなかったのですが、
フルドライヴは告げました。
……捧華……依存し過ぎてはならぬが……
……現在捧華自身に与えられている能力を尽くさぬ事は……
……仲間達に対しての……失礼と後悔に繋がりかねぬ……
……捧華……最善はなくとも……
……常により良い選択を考え続ける事は……忘れるな……
ですから、足りないあたしは、みんなに追いつき隣を歩ける様に、
覚悟を決めました。
………………
…………
……
肉体を失い、亡くなっても未だなお、
あたし達全ての家族を愛してくれている、
……あたしの疾走回路への認証……
……ではゆこう捧華……
……合言葉は、……
……“実、行”!i……
……承認完了……
……起動“疾走回路”!i……
あたしのお祖父ちゃんと共に!
………………
…………
……
「…………、ふぅ……」
疾走回路はなんでも可能にしてくれる能力ではありません。
元々の素養が足りない今のあたしでは、宝の山も持ち腐れです。
つまり、どんなに疾走しても、
あたしの素養から、解に至れない問題は、
取捨選択される中で取り零されて行きます。
今日の休日は、
無駄どころか大いに実りのあるもので御座居ましたが、
あたしのお借りした全ての書籍に対する理解は、
三割が精々でしょう……。
“塵も積もれば山となる”。
一粒でも多く、また迅速に、素養を蓄積させて行く事が、
これからの人生です。
………………
…………
……
地下一階から地下二階にご本を疾走して丁寧に返却し、
久しぶりの疾走を思い返します。
やはり有ると便利な能力です。
たった二時間で関係書籍五十冊以上を、まだ三割以下とはいえ、
ゆっくりと理解する事ができたのですから。
まだ午後四時を回ったところですし、
「護身」については、図書館前の公園で疾走し、
会得しておくべきかもしれません。
そう思う頃に、地下書庫の階段に差し掛かり、
ふと、心象に声が響いた気がしました。
そう言えば地下三階はどうなっているんでしょう。
何気なく思考はそう至り、後学の為に見学してゆく事にします。
………………
…………
……
しばらくして地下三階の本棚の樹海は、
まるごと「物語」ばかりが蔵書されている場所だと分かりました。
あたしのこれまでに知らない物語が溢れている訳です。
ですからもしかしたらと樹海に希望を抱きました。
きるくはまだ午後四時十分頃。
疾走して身体を動かし、
順調に見つけられれば、閉館までにご本を一冊読むなんて、
大した事ではありません。
和歌市なら、有り得ないものが在るかもしれません。
「“実、行”!i」
そして、希望は…………、
………………
…………
……
「っ…………あっ、……た」
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OTOIROEHON
~♪万華鏡雪月花♬~
~♫Kaleidoscope Worlds♪~
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◎☆◇☆。*・.。..☆◎。.:☆◇*.....。
゜゜・*:..。.*・☆◎。__☆◎*・。..:*・゜ ゜
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△
もじ こひなた いろえ じょにー
げんさく みんな
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………………
…………
……
本当にお父さんの本が置いてあるなんて……、
そして今よりもずっと幼かったあたしでは気付けなかった事が今更、
……きちんと装幀されているから……分かる。
謎だった「いろえ」の「じょにー」さんは、
お母さんの事だったんだ……!
このお母さんそのものの悪戯好きの癖に、
純粋無垢な子供みたいな面も感じさせる絵のタッチは、間違いない。
菜楽荘のお家は、
そのまま二人の、お互いの「君」へ仕える事だったんだ……。
お母さんもお父さんも極端から極端の人でした。
……お母さんは愛情深いのに、
照れ屋な女性ですから、あたしに言い出しづらかったんでしょう…………。
しみじみ……、しみじみと、あたしはできる限りそっと疾走して、
溢れ出す想いの中、ここではない……、何処か……、
「星の世界の旅行」へと出掛ける。
まいにちいのってる
よいはじまりがよいおわりになることを
まんげきょうせつげつかへとつづきます
Music Lonnie Liston Smith