第108話「HAIR DO」
2016年四月二十二日金曜日赤口。
午後十六時半頃、弥那町裏通りにて。
あたしは「理美容室」という言葉を、
初めて知ったものですから、
目的地までの道すがら、
清夜花に説明を求めると、
それは単純に、
ひとつの店舗がふたつに分かれて、
それぞれ一人ずつ、
理容師と美容師が居るという話でした。
そして、
あともうひとつ気になる事が御座居まして……、
………………
…………
……
「清夜花? 法華さんはお元気?」
学園に来てからというもの。
清夜花と法華さんが一緒に居る所を見た事がない為の質問でした。
「あら捧華、法華を心配してくれて有難う。
ただ、あの公園での出来事の方が稀なのよ。
法華には法華の世界があるの」
それから……と、
清夜花の声音は粛々として、
「担任の川瀬先生から通された。
途方もなく偉大なお方様の力で、
あたくしと法華の繋がりはさらに強くなったの」
見てて捧華、と。
なんでもない風に立ち止まりもせず。
清夜花が右の掌を、
慈愛さえ込められた様に、
ふわ
と、
上方に捧げると、
その掌には霊鳥「鶯」。
法華さんが非常に軽やかに、
お姿を現していました。
「あたくしの霊格が、
川瀬先生との儀式を経て、
飛躍的に上がった結果、
友であり師の法華とは……、
……あたくし達は霊的な繋がりで、
見えていても見えていなくても、
一緒に在る事ができる様になったのよ」
その言葉の結局と同時に、
法華さんは美声をひとつ残して、
お姿を消していた。
法華さんの音楽はやはり……、凄い。
心の中を浄化してもらえた様にも覚える。
「あたくしの担任、川瀬 美代子先生に、
あたくしはもう壁を作らず、素直に教えを受けます。
その気になれば、
程好く砂糖菓子にも手を伸ばしてみましょう」
っ――?
清夜花は、お菓子を普段は食べない人なのかしら?
それとも何かの比喩表現?
それから一分足らずで、
目的地には無事に着けました。
そこには、
赤白青の円柱形の看板が設置されていて、
お店外観の上部の軒先には、
店名が小洒落た感じ。
到着したんです、
ここが、
理美容室【HAIR DO】
………………
…………
……
清夜花に引かれて、
清夜花もあたしも、
持っていた傘を、傘立てに置かせていただきました。
決して広いとは言えない店内へ入ります。
店内全体は直角三角形の様な造りで、
壁面全体は様々な配色や動物が描かれていて芸術的。
音楽は主張の少ないイージーリスニング。
お客さんが既に一人いらっしゃって、
二人の店員さんの内の一人は、
そのお客さんに接客。
もう一人のレジに座っていた女性店員さんが、
清夜花に声を掛けてきてくれました。
「あら貴女? また来てくれたのね?
うちの店を気に入ってくれて、どうも♪」
店員さんの言葉から推測するに、
清夜花もまだ多分二度目なんだ。
何処かしらの嬉しさと安心感。
「でも貴女なら分かってると思うけれど。
美容なら、今日は予約で一杯よ?
なんとなく貴女に何かあったのは、
霊格で察するけれどね、そういった相談かしら?」
「あたくしを憶えて下さっていて、有難う御座居ます。
失礼ながらも、
先ずはあたくしの友人を紹介させて下さい」
清夜花に友人と呼ばれ、
感動と誇らしい気持ちになる。
でもおかしな疑問も生ずる。
今まで当たり前に「友だち」という言葉を受け入れてきたけど、
「友だち」の定義って、
特にあたしの「友だち」の境界線とはどこにあるんでしょう。
多分これは、きちんと把握しておかないといけない。
そういう類の疑問だと思いました。
「彼女は普通学園の同級生、早水 捧華です。
捧華? こちらの方は理容師の「響 麗子」さん。
あちらで接客中の方が、
麗子さんのお姉さんで美容師の「響 魅子」さん」
向こうで背を向けて接客中の響 魅子さんのハサミだけが、
不意にこちらに向いて、軽妙にシャキシャキする。
美容師共通の挨拶でもあるのでしょうか?
真偽はともかく、あたしの存在は知ってもらえたみたいです。
そこに麗子さんの驚きとも喜びともとれる声音。
「あらあら貴女? 清夜花ちゃんだったわね?
この髪どうしちゃったの? 以前の髪質と明らかに変化してるじゃない?」
「はい。
あたくしにはどうしたら良いのか分からず。
教えをいただきたく参りました」
それから麗子さんは、
清夜花の美しく長く、
どこか赤っぽさのある髪と、
向かい合い、
様々な書籍を出して来て、
時刻はすでに午後五時を回りました。
………………
…………
……
「……ひとつ安心しても良い事は、
誰にでもあるその国や風土などから起こる、
普通の髪質の変化だって事ね。
あと、貴女自身がそうしたいと思えるのなら、
「アーユルヴェーダ」を学びなさい。
悪いけれど最善は教えてはあげられないわ。
いやらしい話になっちゃうけれど、今はうちに置いてある、
このココナッツ油や、
ハーブなら、ペパーミントあたりが、
用途も幅広いから、初心者ならお薦めね。
クリームトリートメントも調べて試してごらんなさいな」
麗子さんの言葉からは、
お仕着せるものは感じられない。
清夜花もすぐに、
「それではココナッツ油をひとつ下さい。
ハーブは多少集めていますので大丈夫です。
親身になって下さって、
本当に、有難う御座居ます」
「あらお買い上げ?
ありがとうございます♪
貴女大分良い風に変わったわね?
そのお友だちのお陰かしら?」
ええ、と清夜花は清々しく、
「彼女の所為でもあったのですけど」
あたしは笑っていいのか困ってしまいましたが、
清夜花の声音からは、
あたしを責める様な音色は出ていませんし、
こちらを一目見て、
くす♪
と、微笑みすらしたので一安心です。
すぐさまに麗子さんは、
「そ? じゃあ捧華ちゃんに移りましょう。
その子も四角荘の門限あるんでしょう?
理容をご利用なら、この麗子さんにお任せ♪ なんてねっ♪」
そして、
清夜花が教えてくれた事。
今度魅子さんにお世話になりたければ、
きちんと予約をしなさい。
あとは、
捧華は髪を切ってもらいたいのでしょう?
それなら、
理容室の方が、本来は正しい選択だったのよ。
と言う事でした。
つまり……、
本日のあたしには理容室しか選べなかった訳です。
………………
…………
……
同日午後九時半頃、早水 捧華自室にて。
あたしは今日も日記を書いています。
麗子さんのカットは、
お母さん以上で、やはりプロだと感動しました。
カットの際は、あたしの大切な鉢巻の話が持ち上がり、
麗子さんは仰いました。
「凄くいい鉢巻だって、
力は伝わってくるけれど、
洋装だと浮いちゃわない?」
あたしもそれは承知の上でしたから、
「仰る通りだと思います。
それでもいいんです。
もしもどんなお洋服にも合わなくても、
あたしはあたしの身につけているもので、
この日の丸鉢巻がなによりも大切なものですから」
そうあたしが言い切ると麗子さんは、
「ふふ♪ 好い答えね。
それじゃあ仕方ないわね、
そうね……みんなが通った足跡だらけの道には、
もう何も落ちていないわ。
捧華ちゃん、新しい価値を創造して行きましょう」
「はい♪」
門限の所為もあり、
麗子さんとは思う程ゆっくりお話はできませんでした。
それでも多少のヘアケアのお話を伺ったりして、
あたしももっと女の子しなくてはと、
情熱を燃やしたのです。
しかし……あたしは比較的背が低いから髪質を向上しても、
髪型の種類は、豊富には選べません。
自然に短髪になっちゃう。
そんな悩める思考の最中にも、
今でも悦に入る。
顔剃りの前のふわふわあったか♡
蒸しタオル♡
あーわかるわかる♪
……あれ? わかっちゃってあたしって、
所謂女子力が低いのでしょうか……。
男性的な思考の傾向が強めとか……。
しかし……、
これは……、
癖になるほど気持ちがいい♡
全ての理容を終えて、
お金を支払い、
レシートと特典がもらえるスタンプカードを押して戴き。
お仕舞いの、
今夜のあたしの日記。
………………
…………
……
……には、
記されない、
ささやかな名物が、
まだあちらのお店HAIR DOには、
残されたままだった事は、
また、別のお話。
あたしはあたしのみたいものしかみていない
それはげいじゅつでもあいじょうでも
あたらしいかみがたでね
歌・作詞・作曲 AIR