第107話「Payphone」
2016年四月二十二日金曜日赤口。
普通学園保健室午前九時頃。
およそ穀雨の初候。
その名の通り、
本日はたくさんの作物へ恵みの雨が、
昨夜から降っています。
しかし、天気予報では、
お昼頃には止むそうです。
あたし達は今広大とは言えずとも、
広く白い清潔な保健室に遅刻者なしで、
登校しています。
菜楽荘のお家が一体何個入るんだろ……?
………………
…………
……
「あのでけぇ6の形をしたCTみたいなのが
ラプラスの魔か?」
「そうでもあるがそうでもない、
ラプラスの魔は和歌市のあらゆる場所に、
その形を、大きくも小さくも変えて存在している」
えぼしーと雁野先生です。
ちなみに登校して「おはよう、えぼしー♪」と、
爽やかにねじこんだら、
しぶしぶ、
「……早水にはでっけぇ借り作っちまったからな。
まぁ許容範囲だ。そんでいいわ」
受容してもらえました。
先ずは早速ですが、
血液から各人のDNA採取を行い、
それから、
一人ずつラプラスの魔に全身をスキャン? ……され、
お昼を迎える前に全員の測定と検査は終了し、
「みんなお疲れ。
結果の知らせと各々の面談は、
来週の火曜日に行う。
昼食は当然あるぞ。
おまえらは大体みんな大人しい。
他のクラスも出来のいい奴らが多いが、
オイラはおまえらを贔屓するさ。
eとEもわだかまりは少ないようだし、
昼食はいつもの自習室で一緒に食え。
同じ釜の飯ってーのはいー言葉だ。
だが馴れ合うんではなく。
触れるか触れないかの距離で、よく研磨しあってくれ」
……そ、そうです。
あたし疑問があるんです。
その空気が伝わったのか、
「どーした早水?」
雁野先生からの心配り。
「はい。普通学園が広大だからとは理解しているんですが、
例えば『a』や『A』、『b』や『B』のクラスの方々と、
全くお会いした事がないのですが、
それはどうしてでしょう?」
「全くではねーと思うぞ早水?
普通学園が広大である事はそーだが、
人とすれ違ったりした事は、何度でもあるだろ?」
……は、
「はい……」
「早水? この学園の「自由」な校風はな?
好き勝手にやれって意味じゃねーぞ。
個別に与えられた限定的な自由を、
生かし活かして、友だちや仲間、果ては組織に、
意識的、あるいは無意識的にさえ寄与せよという意味合いが強い。
個人を尊重はするが、一隅を照らせ。
他のクラスには他のクラスのやり方ってもんがある」
勘違いをする前に、
全員に伝えておくがな?
と、
そこから雁野先生のお言葉は、
益々神妙になります。
「地球上のあらゆるものに「神の気」、
「神気」は宿っている。
誰にでも条件が整えば、
地球上の、あらゆる神々や悪魔の力を引き出す事が可能になる。
つまり、おまえ達の異能は、本来異能でさえない。
引き出す為の、可能性のフィルターを、
解放できていない人間が多いだけだ。
例えるなら四神にせよ四凶にせよ、
重複した能力者に遭遇するといった例が、
和歌市にはいくらでもある。
過信はするな、自信は持て」
雁野先生のお言葉を整理しなくては……、
一隅を照らす事を常に心掛ける。
戦う事は先ずは避けたいですが、
もしも戦わなければならなくなった時、
決して相手の実力を軽んじてはいけないという事。
それから周りを見渡しても、
もう動じる皆さんではありませんでした。
まだ四月だというのに、
たくさんの事を学ばせて頂いています。
「じゃーメシだ」
………………
…………
……
eとEのクラスメイト達でお食事です♪
雁野先生と川瀬先生はいらっしゃいません。
「いただきます」
お食事の中で、
特に眼を引くのは、鯵の開きにきんぴらごぼう♪
このごぼうさんは、きっと新ごぼうだ。
柔らかくて食べやすい♪ よく噛んでよく噛んで……、
「ごちそうさまでした」
………………
…………
……
今日はもう帰っていいそうですが、
皆さん食後からかのんびりとしてます。
そうだ♪
「ねぇせーこー? 野球部? ……の敵情視察どうだった?」
「なんだ早水? 三尾にもあだ名つけてたのか?
「正公」で「せーこー」か。
せーこー?
俺は恵喜、烏帽子で「えぼしー」らしい……。
んじゃせーこー? 報告頼むわ。
多分俺と変わんねぇだろうけどな」
……えぼしーと変わらない……?
「恵喜烏帽子は「えぼしー」か。
いいよホント学園は♪」
ふたりの快活さは緩やかに緊張していく、
そして、
せーこーは発言、
「知らない人がいるかもしれないから一応、
この学園に「部活動」や「同好会」の様なものはありません。
同志がそれぞれに一所懸命に楽しんで、
そのスポーツや文化活動に集まっているだけです」
……え? でもそれじゃあ?
「せーこー? 本試合の応援や甲子園なんかはどうなるの?」
「あのなぁ早水? わいさ達が甲子園目指せる訳ないだろ?
その代わりに和歌市独自の野球大会が開かれるんだ。
硬式軟式異能有り無しの多種多様な大会がな」
「やっぱそれも夏なのか?」とえぼしー。
「ああ、特に野球は、
夏の祭りの一大イベントのひとつなんだとさ」
「それで野球をしている者らの実力はどうだったのだ三尾よ?」
こちらの発言は神守森……さん。
「結論から、
誤解を恐れずに伝えると、
今のわいさ達じゃ比較にすらしてはいけませんね。
真面目に野球に対して向き合ってきた人達ばかりです。
練習を見ただけでも、それぞれの雰囲気や存在感が半端じゃないです」
「わがはいもマネージャーの眼鏡女子から、
「これでも試合しますか?」って強気な態度で迫られたぞ♪」
今日は男性なんですね一途尾……くん?
「一人称は申します。
それでは今年の夏までに練習試合を組んでいただく事は、
かなり難しい状況ですね、と」
杏莉子は続けて、
「そして、おそらく……、」
「ああ……サッカーも似た様なもんだ。
女子が異能なしでマークされて、
肉体であたられたら、
それだけでやべぇな。
せめてある程度のパス回しが当たり前にできねぇと、
俺の後ろに神守森が居てくれても、
今は守り切れねぇな」
沈黙が場を支配します。
それでも、
重くはありません。
「そうですよ! 「今は」ですよ!
学園生活は始まったばかりです!
先ず各スポーツのマネージャーさんに認めてもらうまでを、
短期的な目標にして、皆さんで頑張りましょう!」
あたしに呼応して、
「弱い者を虐めるより余程健全ではありませんか。
あたくしもあたくしを高めてゆきます」
清夜花さんの鼓舞がなにより嬉しいですっ♪
「此方もたくさんケーキを食べれる様に、
たくさん運動して脂肪を燃やす」
「命? そこはせめて闘志を燃やす、だよ?」
天休さんから神咲さんの突っ込みの流れに、
一番に、おそらく思考が聴こえていた誠悟さんが吹き出して、
次に「ちちちち★」と祷から、
クラスメイトの皆さんがからからとしばらく笑いが連鎖しました……、
が、ふと見てしまう皇さんだけは、
そこへ混ざり笑ってはくれませんでした……。
あたしの形容し難い重い想いが、
哀しみが澱のように沈んでゆく……。
しかし、その事とは裏腹に、
………………
…………
……
外にはいつの間にやら陽が差していました。
皆さんだってこれからのお時間があるはずです。
今の内に尋ねておかないといけない質問を、
あたしはできるだけ丁寧に投じます。
「あの皆さん……、
あたしって今まで母に髪を切ってもらった事しかないので、
理容室も美容室も行った事がないんです。
どなたかおススメの場所を教えてもらえませんか?」
「早水のお母さん凄いな。
わいさは男だから理容室……床屋だな。
髭も多少生えてきたからなおさらな。
男性は理容室で女性は美容室という印象だ。
美容室は髭やお肌の産毛は剃ってもらえないだろ?
確か法律上で?」
とそこに、
「一人称は申します。
現在の美容所は法律が変わり、
女性の顔剃りなら可能です、と」
杏莉子の言葉に誠悟さんが入る、
「つまり髭は法律上ダメなんですね。
吾は髭を剃っていただくのと、
あの適度な温度のタオルを、
顔にのせられるのはたまらなく好きでして、
本来外出は嫌いなのですが、
床屋にはその愉しみがあります」
あーわかるわかる♪
的な、
一部の男性陣の一体感を覚えながら、
え? え? つまりあたしは女性ですから美容室に行けばいいの?
それでもなんだか誠悟さんの言葉には理容室の魅力を感じる。
「捧華さん、
貴女に丁度いいお店を紹介しましょう。
今日この後時間があるなら、
あたくしもそろそろ、
変わりつつある髪型と髪質の教えを、
そこで近々に受けるつもりでしたから。
どうかしら?」
清夜花さんがあたしを誘ってくれている?
これはもう……!
行くっきゃない♪
「はい! 清夜花さん、喜んで♪」
その後少ししてから、皆さんと解散しました。
………………
…………
……
あたしは今、弥那町の公衆電話から、
菜楽荘、お家へ電話しています。
清夜花さんに待ってもらっているのですから、
お金も掛かるし、テキパキと終わらせないと!
三回目の呼び出し音で、
お母さんが出てくれました。
「はい、早水です」
「お母さん、捧華だよ」
「捧華どうした? なにか急いでるの?」
お母さんはお父さんと違って察しがいい。
「うん。あたし今日理美容室デビューで、
お店を紹介してくれる人を待たせてるの」
「人って、男の子か?」
「素敵な女性って意味」
「なら、安心した。
学園に行く前の約束は守ってくれたから、
コンちゃんとポップちゃんの誕生日の時の「警告」は解いてやる。
お店でいただくレシートは取っておいて、
夏休みには帰ってきて見せてくれよ。
捧華は私に似たんだから、
おめかしすりゃそれなりなんだよ」
「お父さんはお母さんは世界一の美人って言ってるけど?」
「奴は目も頭もオカシイから……、」
さぁ、どうぞ♪
「私が居て上げないとダメなんだよっ」
お決まりの台詞でござい♪
………………
…………
……
「清夜花さん、待たせてすみません」
「いいえ。
では行きましょう」
清夜花さんと二人で出掛けられる日が、
こんなに早く来るなんて。
すぐに話し掛けられる話題が思いつかなくて、
三分程目的地まで無言が続きました。
先に沈黙を破ったのは、
「ねぇ捧華さん?
もしよかったらあたくしにも愛称を考えてくれないかしら?」
清夜花さんからのなんとも魅惑的な願いでした。
しかしあたしは戸惑います。
本当に清夜花さんに何があったんでしょう。
突き離されたと思ったら、こんなにも、引き寄せられる。
「……そう、伝わっていたわよね。
あたくしはね?
学園に来るまで、貴女が嫌い……いいえ、憎んでいたの」
……やっぱり、
しかし……憎悪まで向けられているとまでは気付けませんでした。
「あたしがあの日公園で、
清夜花さん達に、何か無礼を働いたからでしょうか?」
彼女は首をやんわり横に振る。
「違うわ。原因の発火は、貴女への嫉妬。
そこから「全否定」だけの「空」を
あたくし自身が勝手に勘違いを起こして、苦しんでいただけ。
分かっていたとは思うけれど、
貴女と向き合う事を、
意識的に避けてきてたのよ」
それでも今は、と彼女の声音は凛と鳴る。
「それを受容した上で、世界を「全肯定」したい、
様々なもの達に、近付き五感で触れ合い覚えたいの。
あたくしは学園に来てから遠くからは、ずっと貴女を見ていた。
だから貴女があたくしを受容してくれる人だと知ってる。
清なんて勿体無い、ズルい人間なの、あたくしは」
ねぇ……お父さん? やっぱり人は「わかりあえない」方が、
幸せを感じやすいのかもしれないね。
あたし、清夜花さんの仰っている意味がほとんど分からない。
分からないのに、あたし今自分が自然な笑顔してるって分かるんだよ。
だから……こそ、真剣にもなる。
「あたしは清夜花さんの事、清夜花って呼びたい。
そして、あたしも捧華って呼んでもらいたい。
…………ダメ?」
お互いにしばらく立ち止まって見つめ合い沈黙する。
目は逸らさない。
見てもらうんだ。
この清か夜の一輪の美しい花に。
あたしの君へと捧ぐ華を。
一秒が永いとさえ思える緊張感…………、気が遠くなる。
ふたたび、
動き始めたのも、
また彼女でした。
あたしは何処かしらの精神的倦怠がどっと押し寄せ、
歩き出した彼女の背中を見送るしかない。
そんなあたしを呼ぶ彼女、
「どうしたの? 行くわよ捧華?」
鼓膜を震わす言葉ひとつで疲労も吹き飛び気力を取り戻します!
「うん! 今行くよ清夜花」
今日という一日はまだまだ終わらない。
これよりの師は清夜花。
目的地は理美容室「………… ……」で御座居ます。
あなたはすみれ
あたしはたんぽぽ
はなばなのしゅぞくたち
Song Tribe