第100話~「マラニック」9km地点~「負けないで」
わいさ達は現在、
三人のグループになって走っている。
歌坂さん、七ト聖さん、
そして、
わいさ三尾 正公。
序盤から、恵喜烏帽子と神守森さんが、
先頭のペースを維持していた。
今居ないのは、当然ペースを上げていったから。
頼りがいのある先頭の二人を見送り、
わいさは安心する。
わいさもいつか野球ができる日を夢見て、
必要な練習は怠らなかったが、
指針が居るのは有難い。
息は少し切れ始めているが、
まだ思考しながら走れる程度の体力は残してある。
そこに今疑問が生じていた。
七ト聖さんのお力は捉えどころがなさ過ぎて、
まるで読めないが、
問題は、
歌坂 杏莉子さんだ。
………………
…………
……
玉藻前様との一件の、
あの動きから察するに、
こんなペースが彼女の全力とは思えない。
おそらく今は能力を意図的に抑えているはず……。
そう考えるとしたら可能性のひとつに、
雁野先生からのラプラスの魔の説明で受けた。
肉体を強化できる者。
それに歌坂さんは当てはまるのかもしれない。
そう考えるに至る。
わいさも“風”の流れを変えて、
「抵抗」を減らしたり、
“追い風”を起こして気分をリフレッシュして、
まださらにペースを上げることはできるが、
わいさは先ず能力に頼らず「地力」を向上させたい。
もしも歌坂さんもそう思っているのだとしたら……。
その思考まで辿り着いた途端、
わいさには、不思議に強い衝動が生み出されてきていた。
彼女が女性だから負けられない……、
……それが無いとは言えないが……、
違う!
わいさは彼女が、
歌坂 杏莉子だからこそ、
絶対に、
負けたくないっ!
………………
…………
……
ふと一人称は、
固有名詞「三尾」さんからの気配の異なりを、
感じた様に、視える。
そこから三人称と交わす眼差しに、一人称は覚える。
一人称の事を試そうとする強い意志を。
一人称の本日の予定は、
“式極可変”“「丙」”。
“肉体”“強化”“感覚”“強化”での、
心身のバランス調整にある。
式極可変は全く使わない事も、
使い過ぎる事も好くないから。
前者は不意の危険が生じた時に即座に流して対応を迅速にさせる為。
後者は最悪命を落としかねない為。
ですが、
“式極可変”を止めてすら、
一人称は強く覚えた様に、視える。
お受けしましょう、と。
おそらく能力を使わぬ身では、
二人称には及ばないでしょう。
しかし、
一人称は感情に動かされて、視える。
なんなのでしょうこの不可解は?
一人称に湧き上がるこの想いは?
固有名詞「三尾 正公」。
貴方には、
負けたくないっ!
………………
…………
……
麻の後方を走っていたお二人が、
ペースを上げ始めて、
麻を抜き去って行きました。
「予定通りの「運命」。
輪り始めましたね」
麻はお二人に釣られてペースを変える事はしない。
麻は麻に降りる、
限られた「運命」と想いに従います。
がっしりとした逞しい背中と、
よく均整のとれた美しい背中、
ふたつの異なるストライドへエールを送る。
麻の本日の「運命」は、これにて果たされた。
このお二人は互いの「不思議」を映し出す「鏡台」。
麻に降りる「運命」の中では特殊な方達ですから、
麻も早い段階から動かざるを得ません。
後はゴールのご褒美へ、
想いを馳せる事に致しましょう。
麻はずっとずうぅっと待ちぼうけの身だったのですから。
一日ぐらい、
逢真さまをお待たせしても、
バチは当たりませんよね?
「ただいま」を待つ身になれる事も、
「おかえりなさい」を聴く事ができる身も、
それぞれが、
尊いと言える程に、
「倖せ」そのもので。
有難いその言葉をやりとりした数だけ、
きっと、
「逆境で生まれる力」の源となるのでしょうから。
麻の「運命」は、
今を生きて経験し、加えてゆく道程。
神が完璧完全なら、
その中に在る麻も完璧完全になれるのでしょうか?
麻は、少なくとも現在はその考えを否定します。
「宿命」は変えられないけれど「運命」は選ぶ事ができるはず、
それが麻の存在意義であり持論です。
破綻したところで困る事は、
あまりありませんけれどね。
さぁ、選択してゆきましょう。
…………とりあえずは、
今宵はカミツレの仕合わせ♡
ぎゃくさんはべんり
あなたのこころに わたしのこころに
それはかのじょのたましい
歌 ZARD 作詞 坂井泉水 作曲 織田哲郎 編曲 ツナヨシ