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俺より終わってる転生者はいないと思う  作者: 井坂津小津
第一章 スウィート・ホーム・メルレアン
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メルレアンまで三千里(嘘)

「なるほど、じゃあ、あなたは本当に香取信明じゃないのね?」


「初めからずっとそういってたじゃないですか」


 取り調べは、想像を絶するほどあっけなく終わった。というのも、簡単な話で、シズレ達――彼女らは騎士団だそうな――の用意していた「香取信明」の身体データが、健司とはあからさまに違うのだ。体重だけならともかく、身長は健司の方が7cmほど低い。身長が伸びることこそあれ、縮むことはないとの理由で、健司の疑いは晴れた。

 

 シズレは、分厚くまとめられた紙の資料をまとめて、椅子から立ち上がる。


「長時間拘束して悪かったわね。ウェリス王国騎士団中隊長として、謝罪するわ。」


「いえ……」


 ふざけんな、と悪態をつきたい気持ちもある。その場で調べればわかるようなものを、やれ拘束だの留置所にぶち込むだのと。だが、ここで噛みついても意味はないのだろう。健司は、胸のむかつきを抑えて席を立った。今までの出来事を思えば、このくらいは楽な部類だ、と自分に言い聞かせる。


 それに、なんとなく泣き顔を見られたのが気恥ずかしくもあり、早くこのシズレという少女の前を離れたかった。


 シズレに連れられて詰所の受付に出ると、彼女から小さい二つの麻袋を渡された。何かと思って中を確認すると、片方には干し肉、もう片方には緑色や青銅のチップがジャラジャラと入っていた。この世界の硬貨だろうか?


「これは……?」


「本来は駄目なんだけど、まあ、迷惑料ってことで」


 シズレは、申し訳なさそうに目尻を下げた。


「本当はね、その場の人相確認でいいんでしょうけど、プロメセティからくる人間は全員拘束の末に調べろって、本部から指示があったのよ」


(なるほど、本部の指示か)


 確かに、そうだとしたらシズレに怒りを向ける必要はない。……と頭では納得した。


「この迷惑料は、騎士団員というよりは、私個人の御詫びよ。許してちょうだい」


「そういうことなら。いえいえ、僕は大丈夫です」


 この世界の住人もそんなに悪い人ばかりじゃないのかもしれない。


 §


 詰所の玄関をでると、ウェイドが誰かを待っている様子でそこにいた。


「誰か待ってるのか?」


「いや、実はお前待ちだった」


 ウェイドは、目を細め口角を挙げてニッと笑う。これはあくどいことを考えている時の顔だ。


「さっき、騎士団の奴からなんかもらってたろ」


「……やらんぞ」


「貰いやしねぇよ。シェアだよシェア。こっからメルレアンに行くのは長いからな。ほら困ったときはお互いさまだって」


 ウェイドは健司の手を取って、強引に握手をする。かなりなれなれしい行動にいい気分はしないが、メルレアンへの道を知っておくなら聞いておくべきだと考えた。


「メルレアンまで、どうやって行けばいいのかわかるのか?」


「ああ。オレも今から行くからな。ついてくるか?」


 なるほど、これは渡りに船だ。


「ありがとう」


「じゃあ、袋の中身を……」


「ちょっと待て、それは話が別だ。第一、シェアってんならお前は何を持ってるんだよ」


「麻薬」


(……こいつは今なんて言った?)


 健司は自分の耳を疑い、もう一回同じ質問をした。


「麻薬」


「いらんわ!! 第一なんでそんなもん持ってんだよ」


「いったろ、闇商人もとい冒険者フリーランスだって。あ、あと水もあるぞ」


 ウェイドは、やけに自慢げだ。やっぱりこの世界の人間は悪い奴の方が多いのかもしれない。


「まてよ……そういえばさ、ウェイドはなんでここにいるんだ?」


「え、存在否定までしなくてもいいだろ!?」


「そうじゃねぇよ! 俺は冤罪だったけど、お前は現に麻薬持ってたんだよな?」


「勿論、使うつもりはないけどな」


「じゃあ、なんでこんなにすぐ釈放してもらったんだ」


「…………」


「あ、わかった。言わなくてもいい。オッケー、大丈夫。もう何も言うな」


「ヤク渡せば、取り調べなんか五秒で終わるぜ」


「言わなくていいって言ったろ!」


 ウェイドは、健司の突っ込みを笑ってごまかす。いや、ごまかしてなどいない、たぶん素で笑っているのだ。


「ところで、メルレアンまで行くんだろ?」


 健司は、自身の目的を思い出す。そうだった、ここで漫才してる場合じゃない。


「そうだ」


 とはいえ、メルレアンに着いてそこからやるべきことは何もない。曲がりなりにも目的のある今ならともかく、健司は先行きへの漠然とした不安を抱く。


「そうか。メルレアンに、誰か知り合いでもいるのか?」


「いや……実は、き、記憶喪失でな」


 勿論、真っ赤な嘘だが、死んだらここにやって来たと言っても信じてもらえないだろう。


「まじか……」


 ウェイドはしばらく考えた後に、


「だったら、俺の仕事を手伝ってくれないか?」


 といった。


「いいのか?」


 健司としては、全く当てのない現状、仕事の当てがあるというのは都合がいい。


「いいぜ、オレ、ずっと一人でやってたから。そろそろ仲間がほしいと思ってたからな」


 ウェイドは、再び健司に健司に手を差し出す。その手を健司は固く握った。


「じゃあ、よろしくな」


「ああ、よろしく」


 §


 ウェイドの案では、詰所からメルレアンまで、ノンストップで歩いて8時間。詰所を出発したのが、大体11時頃であったから、休憩時間もろもろ含めても、一応今日中に着くことになる。


 出発から今は5時間ほど、健司の足は棒のようになって、もう歩くのが嫌になっていた。ちょうどその時、健司は、街道沿いに、ニュー・クマンという小都市があるのを見つけた。


「ウェイド、今日はいったん休まないか?」


「いや、やめよう」


「宿とかが割高なのか?」


「そういうこった。あそこは、飯も宿も全部バカ高い。俺たちの財布じゃ、一晩休めても、メルレアンに着くころには文無しになっちまう」


「そうか……」

 

 正直、もう歩きたくないのだが、たしかに懐は心もとない。結局、ウェイドの言うことに従い、そこには立ち寄らずに、まっすぐに街道を歩くことにした。


 健司は、せめてもの気紛らわせに、周りの風景を見ながら街道の端をぶらぶらと歩く。すると、その行動は、ウェイドにとがめられた。


「健司。あまり街道を離れるな」


「そうか、わかった」


 健司は、大人しく街道の中央に戻る。先人の言うことに異議を唱えるものではない。


「でもなんでだ?」


「魔物が出てくるからな」


(……魔物?)


 ゲームかなんかかと思ったが、今、健司がいるのは紛れもない現実だ。そこの住人が出ると言えば、出るのだろう。


「じゃあ、一応聞いておくけど、出てきたらどうすんだ?」


「そりゃあ、お前」


 ウェイドは、腰にぶら下げた短剣を引き抜く。


短剣こいつでグサーッ!とやってやるまでよ。Oランクと言っても俺は冒険者フリーランス。ここいらで出てくる魔物なんて、瞬殺だ瞬殺」


 ウェイドは、余裕な感じではっはっは、と笑った。こんだけ歩いているのに、疲れている様子はない。冒険者フリーランスは伊達じゃないということだろう。


 しかし、その時、街道脇の森が、ガサリと揺れた。木の枝が揺れたのではない。文字通り、『森』が揺れたのだ。


 ――ズシャアアッ!


 直後、猛々しい足音をたて、健司たちの目の前に現れたのは、見上げるほどの巨大な熊であった。誰がどう見ても、理解できる。このデカさはやばい。


「お、おい、ウェイド。こ、こいつも短剣で行けるのか?」


「は、はは、は、そんなもん……」


 ウェイドの短剣を持つ手ががくがくと震える。巨大熊は、そんな二人を一瞥して、吠えた。


「撤収ーーー! 健司、撤収ーーー!」 

 

 二人は、わき目も振らずに一目散に、さっき通り過ぎたニュー・クマンへと逃げていった。


 §


 ニュー・クマンには、割高な民宿と、割高な飲食店と、官制の冒険者フリーランスギルドが存在する。あの巨大熊の遭遇地点から、30分走り続け、ようやく健司たちはニュー・クマンの門へとたどり着いた。


「「に、逃げ切ったー……」」


 どうやら、あの熊は縄張り外の物には興味を示さないらしく。ここまで追ってくるということはなかった。ようやく落ち着いて、辺りを見回すと、日は傾き、ポツポツと町に電灯が付き始めていた。


 健司もウェイドも、もう歩く気力をなくしている。


「今日は、もうやめよう」


「ああ、オレもこれ以上は歩きたくない……」


 その時、急に緊張の糸が切れたこともあり、二人の腹がぐぅ、となった。思えば、出発直後に昼飯としてもらった干し肉を食べたきり、何も食べていない。時間的にはちょうど夕食時なのだ。


「ウェイド。飯、どうする?」


「しょうがねぇだろ、高い金払って飯食うしか」


 そういって、ウェイドは健司を連れてニュー・クマンの中へと入っていった。しばらく、街の大通りを歩くと、その突き当りにある大きな木製の建物の前に着いた。ウェリス王国官制の冒険者フリーランスギルドだ。依頼斡旋などのギルド業だけでなく、食堂も経営しているらしい。


「たぶん、ここが一番良心的な値段してるな」


「じゃあ、早く入ろう」


 木製のドアを開けると、目の前に依頼掲示板とカウンター。そして、すぐわきには食堂の入り口が見えた。食堂からは、食欲をそそるバターのいいにおいがする。


 食堂に入ってメニューを開くと、一般的な洋食のほかに、チーズやミルクが割といい値段で載っている。


 一番高いチーズは、一切れで2シルバーチップ。


 道中、10グリーンチップが1ブロンズチップ、100ブロンズチップで1シルバーチップ、100シルバーチップで1ゴールドチップと上がり、その上からは紙の手形で計算される、とウェイドに教えてもらった。それを思えば、このチーズは、2000グリーンチップということになる。健司とウェイドの全財産の半分以上だ。


「ずいぶん、高いチーズだな」


「いや、値段だけ見れば高いけど、このチーズはかなりの高級品でな。ニュー・クマンじゃ珍しく割安なんだ。ここはもともと畜産業が生業だったんだよ」


 ウェイドによると、メルレアンとプロメセティの中継地点になったのは、鉄道ができたここ50年くらいだそうな。


「まあ、生で街の発展を見てきたわけじゃないから知らないけどさ」


(そりゃそうだ)


 ちなみに、さっきのチーズをメルレアンで買おうとしたら、値段は二倍に跳ね上がるらしい。


「お待たせしました~」


 そうこう雑談しているうちに、健司たちのテーブルにウェイトレスがきた。


「オレは、塩ハンバーグと野菜焼き、健司は?」


「じゃあ、俺はオムレツで」


「ご一緒に、特産ミルクはいかがでしょうか~」


「「いりません」」


 安いと言っても高いものは高いのだ。


 ウェイトレスがしょぼんとした顔で去った後、健司は改まってウェイドに頭を下げた。


「ウェイド、ありがとうな。本当に助かったよ」


「え、い、いや。いいってそんなこと。気にすんなって、な?」


 ウェイドは、改まってお礼を言われたのが少し照れくさかった。だが、健司は率直に感謝の言葉を述べる。

 

「たぶん俺、お前がいなかったら死んでたよ。命の恩人だ」


「まあ、確かにここらでも魔物はいるし、記憶喪失じゃこの先つらいだろうしな……」


「本当に、ありがとう」


「おっけーおっけー。わかったよ、貸しだかんな」


 ウェイドはそういうと、健司に頭を上げるよう言った。健司が頭を上げると、晴れ晴れとした顔で、ニッと笑うウェイドの顔が、そこにあった。


 やっぱり、この世界の住人もそんなに悪い人ばかりじゃないのかもしれない。


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