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俺より終わってる転生者はいないと思う  作者: 井坂津小津
第一章 スウィート・ホーム・メルレアン
14/18

『尾張健司』

 シズレが赤っ恥を書いたことを除けば、彼女らの潜入捜査は大成功と言えるだろう。本来は冒険者フリーランスのパーティーに参加しながら、受付やラウンジで健司たちを捜すというこの作戦。おおよそ、一週間ほどの期間を要すると思われた作戦を、シズレは、なんとたった15分で終わらせたのだから。


 4人は、アーシラアグニからはいったん離れ、その近くの喫茶店に入った。健司たちは知る由もないのだが、実はこの喫茶店のオーナーが騎士団OBであり、客も店員も全員騎士団関係者という、いわば騎士団の隠れ蓑といった喫茶店なのだ。


「私は、ウェールランドブレンドのブラックとホイップケーキ。千春は?」


「わたしは……同じのでいいや。君たちは?」


「「お金ないんで水でいいです」」


 ああ悲しきかな収入格差。


「さて、改めて自己紹介するわ。私は公共安全隊のシズレ=オースティン。彼女は、副官の五十嵐千春よ」


 彼女らは椅子に座ったまま小さく敬礼した。


「それでは、聞き取り調査を開始します。これは公的なものではないから、しゃべりたくないことはしゃべらなくてもいいわ」


 そういって、シズレは万年筆とメモを取り出し、千春に資料を用意させる。


「何か質問は?」


「……一つ、いいですか?」


 健司は、何かを聞きたそうな顔でシズレを見る。


「ええ、いいわよ」


「なんでシズレさんはあんな奇行を?」


 その瞬間、シズレは再び顔を真っ赤にして、机に伏せた。


「忘れてって、忘れてって言ったじゃない……!だ、だって、千春が」


「だってさー、冒険者フリーランスの女見てたら、媚っ媚な奴らの方が多いじゃん?だから、冒険者フリーランスってお堅いのよりも媚々な方がパーティーに入れてもらいやすいんじゃないかなーって」


((……んなわけねーだろ))


 健司たちは何とも言えない顔をして、本当に何とも言えなかった。今この瞬間、このテーブルで笑顔なのは千春だけであった。


 §


「……で、本題に移るわ。まず、あなたたちがプロメセティで何をしていたのか教えて」


 先に口を開いたのはウェイドだった。


「取り調べ書に書いてある通り、ギルド依頼の通商経路としてプロメセティを使ってただけだ」


「プロメセティは徒歩じゃ無理よね?」


「ああ。だから、ウェールランドから通商寝台列車に乗っていた」


 ウェイドのその言葉を聞いた瞬間。千春は、何かを思い出したかのように資料をめくる。


「ウェールランドからって言ったわね。それはネカイル経由のウェリス行きの機関車のこと?」


「そうだ」


「その機関車は鉄族に襲われてるわ」


「……キセルがばれて、途中で降ろされたんだ」


 ウェイドは、ばつが悪そうに答えた。


「確かに、書いてあるね。『ウェイド=J=W:ネカイル~ウェリス』って」


 千春は、机の上に資料を広げる。それは、ウェールランドから取り寄せた通商寝台列車の乗客名簿の原本であった。ウェイドの名前は、――質の悪い活版印刷のせいでかすれているものの――確かに記してある。


「なるほど、嘘をついているとは思えない……じゃあ、尾張健司。あなたはどうなの?」


 健司は、自分の番になり答えに窮した。プロメセティでの出来事をなんて言えばいいのだろうか。荒野のど真ん中に転生して、人食い人種に襲われたから、全員返り討ちにしたなどと、殺したなどと、治安維持を担う騎士団の前で言えるだろうか。


「待ってくれ、こいつは記憶喪失なんだ」


 助け舟を出してくれたのは、ウェイドだった。しかし、依然シズレは食い下がる。もはや手がかりになりそうなのは健司だけなのだ。


「そう、でもそれならそうとして、覚えてることだけを教えてくれればいいわ」


 健司は、一瞬の沈黙の後、必死に思い返すふりをしながら話し出した。


「覚えていること……か、記憶にあることとすれば、目が覚めたら荒野にぶっ倒れてて。そのまま線路に沿って歩いてたら、トンネルに着いて……そこで、そのトンネルを抜けたら、ウェリスのあの検問に出くわしました」


「その荒野で目覚めた時は昼?夜?」


「夜だ。そのまま歩き続けた」


 一瞬、昼と答えそうになったのを抑え、健司は嘘をつく。セセーたちの事をなかったことにするのなら、夜と答えた方が時間のつじつまが合う。


 続けて厳しい顔で、シズレは質問を続ける。


「拘束時、あなたの健康状態に問題はありませんでした。プロメセティには一定量の水も動植物も存在しませんが、どのようにして飢えを凌いだのですか?」

 

「自分の血を飲んだ」


 あの忌まわしい、ハピノススープの記憶が健司の脳裏をよぎった。


 その時、ウェイドは無理やり取り調べの中止を訴えた。これ以上の時間のロスは、自分たちの今日の報酬に関わってくるのだ。


「やめだやめだ。騎士団さんよ、俺たちだってそちらに貢献したいのはやまやまだが、これ以上時間を取られると今日の食い扶持が無くなっちまう。今日はこのくらいで勘弁してくれ」


「……それもそうね」


 シズレ達も、あっさりと調査を取りやめた。これ以上無理強いしても、彼らが有用な情報をくれるとは限らないのだから。


「じゃあ、明後日に再調査をしましょう」


「明日じゃダメなのか?」


「外せない用事があるのよ」


 シズレにそういわれると、健司たちは仕事に向かうためにさっさと立ち上がった。するとシズレは、健司たちに待ったをかける。


「いいわ手伝ってあげる」


 健司たちからすれば、寝耳に水だった。騎士団が冒険者フリーランスの仕事を手伝うなど、前代未聞だ。そもそも、騎士団員が冒険者フリーランスの依頼を受けることは禁止されている。


「迷惑料よ。ほら、お忍びで騎士団の変異者二人がやってあげるんだから。今日の食い扶持だろうが、向こう一週間分ぐらいだろうが、一発で稼いであげるわ」


 シズレにそういわれると、健司たちは目を見合わせた。


「ウェイド、どうする?」


「どうするって言っても、貰えるもんは貰おうぜ」


「じゃあ、交渉成立ね。で、私たちは何をすればいいのかしら?」


 シズレ達は、余裕綽々と言った様子だ。おおよそ彼女らは、討伐依頼を自分たちの能力でさっさと終わらせようとしたのだろう。だが、健司たちが取り出した依頼用紙は、そう……


「……『廃品回収:Oランク』しか、残ってないです」


 今度は、シズレ達が目を見合わせる番だった。


 §


 いくらなんでも、Oランクの装備の二人とBランク以上の装備を着ている二人が、一緒になって廃品回収をするのは、目立ちすぎる。そのため、全員装備を家においてから、軍手に布着という格好で、廃品回収を始めることとなった。

 

「ねぇ、健司君。このネジとかどう?」


「あーだめですね。頭がつぶれてる。こういう風なのを探してきてください」


 健司は、自分の麻袋の中から一本のねじを取り出す。棄てられた玩具から見つけた、まるで新品のようにピカピカのねじだ。これが、一週間廃品回収に従事した男の実力である。


「じゃあ、健司君。このモーターは?」


「それは、ウェイドが専門ですね。おーい!ウェイド、シズレさんがモーター見てくれって」


「あいよー!」


 向こうの山の奥から、廃品回収歴3年のウェイドが廃品に足を取られることなくスイスイとやってくる。その後ろでは、千春が廃品に埋もれ、もがいていた。


 ウェイドは健司たちのそばによると、不安定な足場の上でもバランスを崩すことなくしゃがみ込み、シズレが発掘したモーターを見る。


「あー、なるほど。電池が切れただけの奴だな」


「まじか!やるじゃないですか、シズレさん!」


 ウェイドの言葉を聞いて、健司は目を輝かせてシズレを見る。シズレはその純粋な称賛に少し戸惑う。


「ち、ちなみに聞くけど。これ一個でいくらくらいするの……1シルバーとか?」


「んなわけねーだろ。10ブロンズで売れるか売れないかだ」


 ウェイドが真顔で応える。時刻は午後14時。開始から4時間、環境・体力・精神ともに一番厳しい時間帯だ。そのとき、奥の廃品の山から、くぐもった悲鳴が飛んできた。


「し、シズレー!助けて、溺れる。わたし溺れる!もうウェイドでも健司でもいいから助けてっ―!」


 廃品の山に足を取られた際、最もやっていけないのはもがくことだ。底なし沼と同じように、もがけばもがくほどどんどん下へと沈んでいくからだ。


「ああ、はいはい。千春さんも、もがかないで」


 健司とウェイドは馴れた様子で、千春を引っ張り出す。すると、再び彼らの背後で、悲鳴が聞こえた。


「千春!お願い、私も抜けなくなっちゃった。あ、あれ?どんどんはまっていくような……ちょ、や、やばいって。け、健司君!ウェイド!だ、誰か助けてっ!」


「あーもう、もがくなもがくな!」


 §


 多少の事には目をつむり、健司たちは黙々と廃品を回収し続けた。そして、今日も今日とて、大量の廃品を袋に入れ、4人は山を下りたのであった。しかし――


「――よう、ゴミども。女連れで楽しそうだな。」


 そのとき、二人の目の前に、再び『エフェミネート』が立ちふさがった。


「今日は、ネズミ退治はなかったはずだが?」


 ウェイドは平静を装う。しかし、その声は震えていた。丸腰の今、いや、たとえ装備を持っていたとしても、今の自分が彼らに勝てないことは明白だ。


「だからこそじゃねぇか」


 ウルレルは、大きな口をゆがめ、こちらに手を差し出す。この行動が何を言わんとしているかは、言うまでもない。彼が腰に差した、銀色の剣が鈍く輝く。その後ろの女、グバポカの短剣も、別の奴の槍も弓も、Oランクに過ぎない二人にとっては脅威に他ならない。


 逆らえば、死あるのみ。目の前の、この理不尽な弱肉強食こそが現実とでも言うのだろうか。


(まさか……あのCランクパーティの強奪通報は事実だったのね)


 そう、あの通報書類は嫌がらせでも何でもない。事実であった。Oランクの社会的地位の低さに目を付けた卑劣な犯行が、今、目の前で起きているのだ。


 しかし、騎士団章をつけていない彼女らには、エフェミネートを拘束することは出来ない。ここで躍り出てしまえば、自分たちだけでなく騎士団全体に迷惑が及ぶ。


「納期まで、あと20分。時間がねぇんだ、早くしろ」


 ウルレルは急かすように、剣をちらつかせる。だが、その勝ち誇ったような笑みに、健司の堪忍袋の緒が切れた。


「知ったことかよ」


 たった一言だった。その一言に、ウルレルは逆上する。


「……なんだとこの野郎、ぶっ殺されてぇのか!」


 ウルレルの怒号が、下層全体に響き渡る。だが、健司はその怒号を意に介さず、一歩前へと進み出た。


「命が惜しいもんかよ。殺せるもんなら殺してみろ」


 静かに、燃えるような怒りを込めて、健司はウルレルを睨み付ける。健司だって、エフェミネートの武器は怖い。所詮、今、この瞬間の行動も、グアラリルの時と同じ、自己欺瞞によるただの虚勢に過ぎないのかもしれない。


 しかし、冒険者フリーランスとして、いや、それ以前に人間おとことして、ここで引くわけにはいかなかった。


 至近距離で、火花を散らすように、健司とウルレルの視線がかち合う。


 夕焼け空は、もうすでに群青に塗り替えられ、次第に暗闇が訪れる。張り詰めた空気が、少し動いただけでも身を裂き斬るような空気が、健司たちの間を漂っていた。


 ウルレルは、剣に手を掛け、ゆっくりと、健司に突き立てるように抜いた。それでも、健司は、たとえ鼻先を剣がかすめようとも、全く動かない。


「面白れぇ……だったら望み通りぶっ殺してや――」


「――あんたたちこそ、ふざけんじゃないよ」


 ウルレルが、剣を振り上げた瞬間、彼らを中心として爆発が起きた。千春の変異能力によるものだ。エフェミネートの数人は爆風により吹きとばされ、廃品の山に打ちつけられる。


 そして、その爆炎に乗じて、両腕に刃をまとったシズレが飛び出し、健司とウルレルの間に入り込んだ。シズレの鋭く輝く銀色の刃は、ウルレルの剣を容易く切り裂いた。


 突然の乱入者に、ウルレルは怒り狂って暴言を吐く。


「なんだテメェらは!騎士団でもないくせに、正義の味方のまねごとか!?」


 騎士団章を身に着けていないシズレ達に、エフェミネートを拘束する権利も、健司たちを護る義務もない。


「ええそうよ。私たちは只の一般人。でもね、私は、私個人としてあなたたちが気に入らないの」


 そう、これは言わば、シズレ=オースティンと五十嵐千春としての正義感によるものだ。


 一瞬で力の差を見せつけられたエフェミネートは、捨て台詞を吐いて蜘蛛の巣を散らすように逃げていった。それを追いかけることができない悔しさに、シズレは下唇をかんだ。 


「健司君、大丈夫?」


 シズレは、能力を解除し、健司に話しかける。


「ああ、大丈夫だって……」


 ウルレルたちが去った後、健司は腰を抜かして、地面に座り込んだ。大きく肺にたまった息を吐くと、それと同時に大量の冷や汗があふれ出たのであった。


「ど、どうよ。俺の名演技……?」


 口では強がりを言ってるものの、健司の心臓は破裂しそうなほどに強く脈打っている。怖さを隠すように、へらへらと笑いながら立ち上がる健司を、シズレは平手で、したたかに叩いた。


「ふざけないでっ!」


 健司は、叩かれた頬を抑えて、呆然とシズレを見る。激情収まらぬシズレは、そのまま健司の胸ぐらをつかみあげた。


「本当にわかってるの!?今さっき、私たちがいなかったら貴方は死んでいた。何が「命は惜しくない」よ、貴方、自分の命をなんだと思ってるの!」


「……」


「いい?はっきり言っておく。あなたは只の一般人なの、何か力を持っていたりするわけじゃない。死ねば死ぬのよ!それをもっと理解して!」


 シズレのその言葉は、健司の心に深く突き刺さった。


「……あ、ありがとう」


 絞り出すように言えた言葉はそれだけであった。


 §

 

 気づいたときには、アーシラアグニのアジトを出ていた。今まで自分は何をしていたのか、いまいちぼんやりして思い起こせない。


 自分でも、己の心の醜さに驚くほどに、健司の心には嫉妬とも憤怒とも形容すべき感情が渦巻いていた。彼の、今まで優等生として満たされてきたはずの承認欲求が満たされないのだ。元の世界では、見下される・たかられることなどありえないのに、この世界ではそれが起こり得る。これは自分の実力不足からか、それともこの世界の人間のモラルが低いのか。いや、そんなことを思っても特に意味はない。


 今、自分は、さげすまれて当然の立場にいる人間だ。当然、シズレには感謝している。二度も命を助けられ、さっきも彼女は、真に自分のことを心配して言ってくれたというのはわかっている。


 だが、そのせいで余計に、自分の無力さを意識せざるを得なくなった。シズレの強さに、健司は嫉妬したのだ。


(この変異さえ使えれば……)


 今は只、己の無力さをそのせいにしている。どうしようもなく醜い、無力感に囚われた、飢えた肉塊がそこにあった。


「どうした、健司。暗い顔してるぞ」


 ウェイドは、無理にでも明るくふるまって健司を励ましている。


「そ、そうだ。なんかうまいもんでも食いに行くか?息抜きだって重要だぜ」


 ウェイドは、格安の居酒屋の看板を指さす。ここに入ったとしても、別に今後の活動に支障をきたすことはない。むしろ、ここで気分転換をして、健司の気がまぎれたらそれでいいとも思った。


「……だめだ。この金を貯めて、もっといい装備を買おう。それで、もっと討伐依頼を受けて金を稼いで、ランクを上げるんだ。ここで無駄遣いしちゃだめだ」


 健司の手には、今日の廃品回収の報酬が握られていた。その麻袋の中には、たったの24ブロンズしか入っていない。しかし、健司にとっては決して手放してはならない24ブロンズであった。


「……お前が、それでいいんなら、それでいいんだけどさ」


「俺は大丈夫だって。気を使わせて悪かったな」


 そういって、健司は足早に家へと走って行った。ウェイドは、その健司の後ろ姿に、何か漠然とした、彼の脆さを感じ取っていた。

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