私、シズレ=オースティン☆17歳と25ヵ月よ!
健司たちの報酬を横取りした、ウルレル率いるCランクパーティー『エフェミネート』は、いつもの様にギルド横の飲み屋街でバカ騒ぎをしていた。
「ウルレル~、どうしたのもっと飲みなよ」
「うるさい……グバポカ。その猫なで声をやめろ」
ウルレルにそういわれるものの、グバポカという女は、彼の腕に絡みつき猫なで声を発する。しかし、ウルレルは、虫を払うようにその腕を払いのけ、すっと立ち上がった。彼のグラスに注がれた酒は、少しも減っていない。
「ちょっと、野暮用で出かけてくる」
そういって、ウルレルは、自分の分の報酬を手にもって、酒場を出ていった。開けられたドアから、吹き迷った冷たい夜風が入ってきた。
ウルレルは、ひどく青ざめた様子で、アーシラアグニの多目的室へと向かう。入り口に入り、受付嬢に合言葉を告げた後、彼は第二多目的室へと案内された。
「失礼します……」
ウルレルの声色は暗い。ドアを開けると、そこにはアーシラアグニギルド長、ヘトヴィヒが待っていた。
「よう、遅かったじゃねぇか。で、持ってくるもんは持ってきたんだよな?」
「はい」
ウルレルは、持ってきた袋を丁寧に開け、中身のブロンズ・シルバー混合のチップをヘトヴィヒに渡す。すべて合わせて10シルバーチップ。これが、『エフェミネート』のアーシラアグニへの上納金であった。
事の発端は些細なことだった。まだ駆け出しの頃、レデジを筆頭とする乞食たちのたかりに業を煮やしたエフェミネートは、そのうちの一人を殺してしまったのだ。殺意があったわけではない、ただ、少し痛めつけてやろうという内に、暴行はエスカレート。気が付いた頃には、その乞食の息はなかったということである。
たとえ相手が乞食であろうと、ウェリス王国にて殺人は死刑のみ。何とか逃れようと考えたウルレルが頼ったのは、アーシラアグニのヘトヴィヒであった。騎士団とのかかわりの深いヘトヴィヒならば、この事件をもみ消してくれるのではないかと期待したのだ。
結果は成功。ウルレルたちの罪は無くなり、その後も大手を振ってメルレアンを歩けるのは、ひとえに目の前の男、ヘトヴィヒのおかげである。だが、その代償として月10シルバーチップの重い上納金が課せられたのだ。もし、上納を拒否すれば、即刻騎士団が『エフェミネート』全員を拘束し、死刑に処すに違いない。
いわば、今、ヘトヴィヒの目の前に並ぶ金は、エフェミネートの五人の命の値段である。
「……足りねぇな」
それを見て、なお、ヘトヴィヒは足りないと言い出した。その言葉を聞いて、ウルレルは大きく動揺する。
「そ、そんなはずはありません。ちゃんと10シルバーチップ分あるはずです!」
ウルレルがうろたえる様子を見て、ヘトヴィヒは嬉しそうに笑う。
「ちがうちがう、そういうことじゃねぇよ。もっと寄越せってことさ」
ウルレルの目の前が真っ暗になった。
「もっとですか……?」
「ああ。そうだな、あと五日で450ブロンズ。いや、500寄越せ。そっちの方がキリが良くてうれしいだろ?」
「…………」
「うれしいだろ?」
言葉を失うウルレルに、ヘトヴィヒはニコニコと言葉を繰り返す。ウルレルは、黙ってうなずくほかなかった。
「わかりました。失礼します……」
ウルレルは、意気消沈して第二多目的室を出た。
(あと五日で、500ブロンズ……報酬を上納金に、いやそれだけじゃ足りねぇ。ネズミはもう狩り尽したし、こうなりゃ……)
払えなければ、やってくるのは「死」あるのみ。ウルレルは、本物の死人のような顔をして、アーシラアグニを出ていった。
§
「やっぱり、あの二人に話を聞く必要があるわね」
スタッフ名簿を精査し終えたシズレが、ため息交じりにそう言った。千春は、シズレの肩を揉む手を止めて会話を始めた。
「あの二人って?」
「プロメセティから出てきた尾張健司とウェイド=ジョー=ウーよ」
「ああ、あのグアラリルに素手で挑んだっていうOランク?」
「そう、その二人」
彼らの知らぬところで、健司たちはちょっとした有名人になっていたのである。もっとも、それで金一封がもらえるわけではないので意味はないが。
「ていうかさ、尾張健司って名前からしてあれだよね」
「ええ……たぶん、千春と同じ――」
「――転生者ってことか」
五十嵐千春。彼女もまた転生者であった。三年前、高校二年生の時分に、ボール遊びをしていた子供を救おうとしてトラックにはねられたのだ。結果、彼女は転生、紆余曲折を経て現在に至るというわけだ。
「転生者ってことは、なんか変異能力を持っててもおかしくないけどね」
「どうかしらね。仮に変異者だとしても、使いこなしているようではなかったわ」
「というかさ、そいつらの居場所知ってんの?」
「わかんないから、悩んでるんじゃない……」
シズレは、大きく伸びをして天井を見る。シミ一つない真っ白な天井を。
「じゃあどうしようもないじゃん」
千春は、シズレの顔をを覗き込む。
「千春、顔が近い」
「ごめん」
千春は、シズレから顔を離して自分の席に戻る。しかし、それでアイデアが浮かんだということはない。万策尽きた、というよりは、一策も有らずといった方がいいだろうか。
「でもさ、Oランクってわかってんだったら、アーシラアグニのラウンジとか受付で待ち構えてればいいんじゃないの?」
「うーん、冒険者が毎日ギルドにいるとは限らないのよねぇ」
「Oランクだもんねー。じゃあ聞き込み調査とか」
「だれに? レデジとかやめてよ」
「いや、わたしもレデジはちょっと……ほら、適当に冒険者に聞いて回ってさ、こういう人見なかったですかー?って」
「冒険者が人の顔覚えてるとは思えないけど、それしかないか」
「まぁまぁ。緊急の要件があるわけじゃないし、公安隊長に許可取ってしばらくなんかの冒険者のパーティーに入れてもらって、アーシラアグニに潜るってのもありだよ」
ウェリス王国では、おとり捜査・潜入捜査は公的に認められている。しかし、制服につけられた騎士団章なしでの犯罪者の拘束は認められていないため、潜入捜査中はあくまで「捜査」しかできないというのが難点だ。
「潜入先が潜入先よ。ばれたらどうなることか」
「あそこ反騎士団勢力の本拠地だもんね……」
アーシラアグニは、ヘトヴィヒの長年の会合を通じての交渉により、騎士団不入の権利を持っている。そのため、敷地内での治安維持は、アーシラアグニが直接雇った警備兵が行うなど、軽い治外法権が存在しているのだ。そもそも、騎士団員は取り決めで、冒険者の依頼を受けることは禁止されている。
また、最近は騎士団の汚職問題もあり、その手のスキャンダルに敏感な層も冒険者には多い。皮肉なことに、その反騎士団勢力の中心が、彼女らの友人であるローリア=ルンベックであるというのだから笑えない。
「ま、うだうだしてても始まらないって! 隊長に許可取って、さっそく行こう!」
『行動してから考える』がモットーの千春は、ほかの案がないか考えているシズレを急かす。
「はいはい。逸る気持ちはわかるけど、今は夜だから明日ね」
結局、ほかに思い浮かぶ策もなかったため――冒険者名簿があればまた別なのだろうが――、シズレも千春の案に乗り、許可をもらってから騎士団寮へと戻ったのであった。
シズレ達は自分たちの部屋に入る。彼女らは、女子寮にて同じ部屋に住んでいるのだ。千春は、一目散に二段ベッドの下段に潜り込む。
「千春、せめて制服は脱ぎなさい」
「はーい」
シズレは、制服を脱ぎ、明日の潜入捜査に備える。彼女が用意したのは、グアラリルなどの巨大熊の足の裏を使用した軽装鎧である。斬撃・衝撃ともに防いでくれるすぐれものである。当然、健司たちが持つようなレザー装備とは比べ物にならない。この装備をもってして、Bランクと名乗れば信じないものはいないだろう。
すると、千春は、部屋に吊るされたその装備を見て、ふと思いつた事を言う。
「ねぇ、シズレ」
「なに?」
「――やっぱさ、変装以外にもやることってあるよね」
(いま、絶対変なこと考えてるわね……)
シズレは、その千春のキラキラした瞳から、目をそらしたくて仕方なかった。
§
時刻はいつも通り、9時30分。健司たちは、受付カウンターで悩んでいた。目の前に突き付けられた二択、廃品回収とゴブリン退治である。廃品回収は討伐依頼に比べて実入りが少なすぎる。かといって、ゴブリン退治は、Oランクの依頼とはいえ、本格的な戦闘になる。
「ネズミ退治は、無いんですか?」
懇願するように健司は受付嬢に問いかける。
「それが、下層のネズミは乱獲されて、しばらく依頼に上がることはないとのことでして」
(あのCランク共か!)
ウェイドの記憶に、あのCランクパーティーのウルレルの顔が思い出される。たしかに、Oランクが比較的安全に倒せる相手など、Cランクの連中からしてみれば乱獲対象になるだろう。一度乱獲されてしまえば、いくら繁殖力があれど依頼が出されるほど増えることはない。そのために、ドブネズミ討伐はOランク依頼となっているのだ。ウルレルたちの行動は、非常に自己中心的で迷惑極まりないのである。
しかし、過ぎてしまったことをどうにかすることは出来ない。健司たちはラウンジに戻り、二枚の依頼書を比較する。
「廃品回収は8時間で20ブロンズ行けばいい方、それに比べてゴブリン退治は4時間で3シルバー、つまり300ブロンズだ。なぁ、ウェイド。やっぱり、ゴブリンの方がまだましじゃないか?」
「うーん、でもゴブリン討伐には命の危険もあるしなぁ……」
健司とウェイドの思考回路には、一つ大きな違いがある。健司は、一つの目標を決めたら最速かつ最短距離で、それを達成しようとする。そのためなら、多少危険なことや嫌なことは我慢するタイプだ。一方、ウェイドは、常に心配要素をすべて排除した、盤石な体制でことを進めようとする傾向がある。常に生存を第一に考え、少しでも不安要素があることはやらない。
これは偏に、生まれてこの方生きるか死ぬかの狭間を生き抜いてきたウェイドと、平和な環境でひたすら高みを目指し続けた健司の、その半生の違いだ。
「早く決めないと、あと5分でゴブリン討伐の締め切りだぞ」
「わかってるって。でもなぁ、ゴブリンか……」
その時、ラウンジでうんうんと悩む二人に、眼鏡をかけたショートカットの少女が話しかけてきた。
「あの~」
「え、はい? なんですか?」
健司が振り向くと、その少女は、媚に媚まくった声を出して、健司たちにすり寄った。
「わ、私と~、パ、パーティー組みませんか~? きゃるるー……ん」
その少女の顔を見た瞬間、健司とウェイドは凍り付いた。
「……シ、シズレ、さん?」
「な、なにやってんだ。お前……?」
当然シズレも、媚々の笑顔を顔に張り付けたまま、その場に固まってしまった。
「「「…………」」」
三人の間に、凍りついた空気が流れる。シズレは、顔を真っ赤にして膝から崩れ落ちた。
「あ、あの、その」
シズレは、恥ずかしさのあまり言葉を発しているのか発していないのか自分でもわからないくらい気が動転している。
「ど、どうしました?」
健司たちは、もう気の毒すぎてからかう気も起きない。
「千春にやれって言われたの……お願い、忘れて……」
「「は、はい……」」
最後には、消え入りそうなシズレの声が、健司の足元から聞こえたのであった。




