西宮薫は微笑する。
「おい、南極に行くぞ」
僕は初めて師匠をアホだと思った。
「心の中でボロクソに叩いておるぞ」
「やだなぁ〜フリンさん。いくら頭のおかしいと思えるような言葉を言ったくらいで、そんなにボロクソにしませんよぉ〜。こんなこと日常茶飯事ですから!」
「そうか…真面目な話をどうしてもお前はギャグ路線に持ってきたいんだな。そんなに殺されたきゃあ殺してやるよ」
僕は急に表情を引き締めた。
「…師匠。ということはついに動くん…」
「誤魔化せると思うなこのクソガキァァァ!!!!!」
僕は一瞬で肉塊と化した。
「やれやれ…どうしてこう…毎回こうなるかのぉ…」
「………今のは薫の自業自得だな」
フリンさんの治癒魔法で僕は元の西宮薫高校2年生、普通の人間へと戻った。
「す、すいません。…で、何を目的に?」
「フシューー……はぁ。アレだ、グラディエーターとやらが、最近本拠地を南極に作ったらしくてな、そこをもう叩いてしまおうと言うわけさ」
ん?早くね?
「アニメみたいに段階踏んでー…とかタルいことしてられっか。テンプレに乗んなよ愚弟が。お前が1番嫌ってたじゃねぇか」
ハッ!!!
いつのまにこの世界の住人と化したんだ!?
やばいやばい…最近は意識していなかったが、油断すると『俺薫』の方の意識に引っ張られてしまう。
気を引き締めなければ。
「でもー…アレですよね。たしか蓮の未来視では僕ともう1人、仲間がいないと行けないんでしたよね。そうでなければ……」
「………世界が滅びる、ねぇ」
ムーさんが答えた。話す前に独特の溜めを入れるので、どうやって割り込んできたのかと言われると、……なんでだろ、話すときはなんとなく察せられるのだ。
「………にわかに信じがたいがな。お前がいて、俺たちがいるのにも関わらず、それでいても世界が滅びるんだろ?蓮はフリンの結界を張られてた訳だし、未来視にこの世界のルールが入ってくるなど思えん」
そう言われればそうだな…。
蓮の未来視はフリンさんの結界で守られた中で見た。
だから…不本意ながら強くなってしまった僕や、世界3強の3人がそのままの強さでこの世界に存在しているのに、未来は、世界は滅ぶのか。
「確かにだな。だがな、私が負けるなどと、そんなふざけた未来イラついてしょーがねぇんだな。何があろうと、負けねぇのによ」
そんな過度な自信はどこから湧いてくるのやら…。
「………とにかくだ。乗り込むのはいいんだが、まずはもう1人の、言うなれば相方を用意しなければならないんだったな。まぁ魔法使いでお前の相方と言えば…」
ピンポーン
ナイスなタイミングでインターホンが鳴った。
ムーさんを見ると、出ろ。っと目線だけで合図を送ってきた。
扉を開けると。
「やぁ薫。久々の登場さ。読者様はあいつもモブだったんじゃあないか疑惑やら、ただの説明役だったんじゃあないかって予測立てているつもりかもだが、そんなことはないと、証明しにきたよ」
…?
「………まぁ希の言う通りこのメンツで負けるわけがないと考えたんだ。だからお前の相方、鈴木達馬君に同行してもらう」
…?
即席の相方ってことですか?
「まぁ…そーゆーことじゃ。あまり深く考えるな、無理やり未来に合わせた形じゃからの。聞いた話によると、この世界で達馬殿は魔法使いになったらしいではないかの?まぁまぁ強い感じの。だからーまぁー戦力にはなるじゃろ」
…?
てかどこで知り合った。
「あ?どこで知り合った?みたいな顔してんなぁ?」
ごもっともです。
「学校終わった後、つまり放課後か。お前が特訓をしにここへ向かう途中、お前を尾行してたというわけだ。そこで裏路地でキョロキョロしてるところを…」
そうか、だから智美には帰れないと伝えることができなかったのか…
いやいや、言い訳にならねぇよ。
「で、師匠。キョロキョロしてるところをとっ捕まえて僕の友達という事を聞き出したんですか…」
「いや、ぶん殴った」
あぁ、まぁそうですよね。
多少は予測してましたよ。
「いやー…あの時の木蓮寺さんの拳はきいたなぁ〜。きいたというか、気を失った?それから先の記憶が曖昧なんだよねぇ…」
「師匠の拳を喰らって気を失う程度で済んだお前はその時相当な運を失ったな」
「あ?バカにしてんのか?」
「いえ、師匠の力が偉大なことを教え込んでいるのです」
「やったー弟子に褒められたー」
両手を挙げて喜んでた。
全く…本当につかめない人だな…。
「い、いいかの?とりあえず、本当に南極まで行くぞよ?」
「おう。とりあえず近くまで行って、建物ごと海に沈めりゃあ終わりだ」
どっちが悪でどっちが善かわかんねぇよ…。
完全悪役の発言だろ…てかヤ○ザみたいな。
「………終わっちゃダメだろ」
ムーさんが呆れたようにつっこんだ。
「そうだそうだ…薫、そういえばこの前借りていた小説返すよ。薫が言ってた通り、やっぱ他のと同じような内容だったよ…。異世界行って無双してー…みたいな」
と師匠達のやり取りをスルーし僕にラノベを返してきた。
あれ?これは現実世界で達馬に貸したやつじゃ…?
「何不思議な顔してるんだい薫。たしかー…1ヶ月ぐらいに貸してくれたじゃないか。初心者向けだーとかなんとか言って」
お、おぉ…?日時やセリフなど現実世界で全く同じことをこいつに言って貸したんだが…。
『俺薫』も色々変わっていてもラノベやアニメが好きということは変わらなかったのか。
「おい、そのいかにもオタクが読んでそうな表紙の本を置いてさっさと行くぞ」
「師匠、それは偏見です…」
「どれ…読ませてみろ…」
僕の手から強引に奪い、ペラペラと読み始めた。
今気づいたのだが、師匠は速読もできるらしい。
「はぁ〜…幼馴染の片思い…主人公無双…異世界転移…魔法世界…今のお前じゃねぇかよ」
「というか、どの作品も全部僕と似てますよ!!!この世界はテンプレだらけのテンプレ世界ですもんね!」
嘆くように訴えた。早くこんな世界オサラバしたいと。
「………お前の発言も偏見が酷いけどな」
全国の作家さんすいませんでした。
と、心の中で見えない相手に謝った。
段々ムーさんがツッコミ役として定着しつつあることに誰も違和感を覚えなかった。
「…もうリラックスできたかの?」
フリンさんは僕に聞いてくる。
この一連の流れというかノリというか、これは僕の緊張を和らげようとした師匠達の気遣いだったらしい。
こーゆーさりげない優しさが暖かく感じた。
「ありがとうございます、師匠…」
「は、はぁ!?お前の為じゃねぇよ!!あれだ…達馬!!達馬が戦闘は初めてだーとか言ってたから…」
はぁ…まだ僕何も言ってないんだけどなぁ…。
照れ隠しがベタすぎるよ師匠。
「え?戦闘経験はあるってこの前言ったばっかじゃないですかぁ」
「黙って話に合わせろ」
「はい」
達馬と師匠のやりとりがなんだか自分と師匠のやりとりを見ているようで少し面白かった。
本当に…師匠は不器用で素直じゃないんだなぁ。
「いや、でも大丈夫ですよ師匠。最初から、この力を手にしてから僕は覚悟を決めてましたから。今更怖気付くなんてことはないですよ。今回は僕の友達も守らないといけないんでね…いっそう気合いが入ります」
「あっ…足手まといみたいな言い方はよしてくれないかなぁ…」
「………いざとなれば俺と」
「儂と」
「私がいるからな!!!」
「心強いことこの上ないですね」
ハハハッと笑っていると達馬が泣きそうな顔で、そして誇らしげに笑った顔で
「薫…僕はね、ずっと、君の隣にいつか立ちたいと思っていたんだ。それがどんな場所でも、どんな場面でもいい。立てたとしても実力の差はすごく離れているかも知れない。でもそれでもいい。……僕は君に認められたかったんだよ薫。今回強引に立つことになってしまったけど、いつかは必ず、君が認めるくらいの力をつけて堂々胸を張って立つことを宣言するよ」
また僕は笑った。
しかしさっきの笑みとは異なり、今回の笑みは、嬉しいような、すごく、暖かい笑みだった。
「バカ。もうとっくに認めてんだよ…」
「薫…」
潤んだ瞳でこちらを見てくる。
「ほれ、お二人さん。儂の手を掴むのじゃ」
目をゴシゴシと服で拭き、
「はい!…お願いいたします!」
と達馬が答えた。
「フリンさん…よろしくお願いします」
といった答えを待ってたと言わんばかりにすぐにワープした。
フリンさんの魔法で南極までワープしたのだ。
原理と方法は全くわからない。
一瞬で景色が変わってしまうので、瞬きしている間にワープ指定場所、ということが多いのだ。
今回は一面の銀世界へと変化した。
「ようこそ、生物が居住することのできない極限の地へ…」
フリンさんはそう一言告げ、東の方を指差した。
「あちらに大きな魔力を感じるの…。間違いないわい、そこにアジトがあるわ」
「そーかそーか…よしゃこっからは走って行くべ!」
元気そうにピョンピョン跳ねて師匠が言った。
「………また無駄な魔力を使うのか…」
ため息混じりでムーさんが呟いた。
「あなた達は底が尽きることのないような膨大な魔力を持ってるじゃあないですかぁ〜…。僕みたいな奴ほど、この南極横断はキツイですよ…」
と達馬がトホホ…と顔で表しながら答えた。
そして僕は。
ガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチッッッッッッッッ!!!!!!!!
「さっっっっっっっっっっっっぶっっっっ!!!!!!」
「ありえんありえんありえんありえんありえんありえん!!!!!!南極なめてた!!!寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い!!!!せいぜい冬の北海道だと思ってた!!!これダメな奴だわ!!!!無理無理無理帰る帰る帰る帰る帰る帰る帰る帰る!!!!さっっっっっっっっっっっっぶいいいいっ!!」
寒さに凍えていた。