西宮薫は迫られた。
「ぐ…愚者??何を言っているんだお前。今は僕の仇打ちなんだよ。邪魔しないでくれよ…。関係ないだろ!?僕は彩さんを守って、父さんを殺したヤツを殺して…そして…そして…」
「そして…なんだ?」
木蓮寺希は見透かしたように聞いてきた。
「……。僕には、何も残らない…」
「そうだ、よく気付いたな。復讐の果てには何も残らないよ、その時の鬱憤が晴れるだけだな。その体力がもったいないくらいだわ」
「でも…でも!!」
僕はやりきれない何かを感じていたが、口にうまく出せなかった。
なぜなら相手が言うことが正論だから。
心の中でも自分で分かっていたからだ。
もう終わった。
けどアッサリしすぎて、まだ僕の憎しみが消えていなかった。
それが原因でもある。
「男のくせにグチグチグチグチ……うっせぇーなぁ!!!!」
僕はその時、生まれて初めて、生きてきて初めて魔法を見た。
目を奪われた、美しい赤。
圧倒的な大きさ、力。
荒々しく、まとまりがないようで、制御されている炎。
それが一斉に僕に襲ってきた。
「う、美しい……」
そんなこと言っている場合じゃなかった。
その時の師匠は結構本気で殺しに来てた。
「やばいやばい…!!」
僕は『知覚』を使い、その炎を根こそぎ消した。
「ほぉ…超能力で魔法を上回るか…」
?なにを言ってんだ…?まぁいい、しかしこの能力は万能か?さっきは『愚者』がどうとかこうとか言ってたが、今は負ける気がしない。
僕の邪魔をする者は全員もれなく敵だ。
殺す対象だ。
「フフッ…ハハッ!!!!『愚者』には勝てないとかどうとか言ってたな!?強がるなよ…今の僕に敵はいない…!!!」
その台詞を吐き捨てて、僕は木蓮寺希との距離を詰めた。
僕の間合いに入れる…ッ!!
「チッ…殺しちゃいけねぇってのはなかなかダルい要求をしやがったなぁ要の奴…まぁいい、息がありゃまだ生きてるに入るだろ。3/4殺しだ」
その後僕は何が起こったかわからなかった。
間合いを詰めても攻撃され、距離をとって能力を使おうとしても効力を消され、魔法で攻撃され、間合いを詰められ殴られ殴られ殴られ。
「グファ…ガッ…グフッ…」
「いいか?大人をな、ナメてもらっちゃあ困るぜ。そしてオイタした子供を説教するのも大人の役目だ」
「グハッ!!…今やってんのは…グファ…イジメに近…グハァ!!!!」
「いやいや、説教よ説教」
僕は思った。
ケンカ売る相手は間違えてはいけないと。
アッサリやられたのは父さんを殺した男もそうだし、僕もだった。
あぁ…勝てない…僕は敗北と絶望を味わった。
その時救世主が現れた。
「あの…もう…薫くんは大丈夫なので…やめてあげてください…」
彩さん…。そうだ。彩さんが居たんだ。忘れていた。
ん?
僕はなにを言ってんだ?
彩さんを……忘れていた……??
「あぁ!?誰だお前は?」
「あ…ッ…あの薫くんの…」
「こいつのなんだよ」
木蓮寺希は馬乗りになって殴っている男の方を見た。
「薫くんの…」
彩さんは深呼吸した後、木蓮寺希をジッと見つめ、言った。
「恋人です」
僕たちはまだ告白もしていないし、されていない。
ただ勝手に僕が、もう暗黙の了解のような感覚でいただけであって、実際に言葉で聞くのは初めてであった。
恋人。
あんな姿を見ても恋人と言ってくれるのか。
僕の狂った姿を。
力に溺れた姿を。
「すいま…せん」
僕は上に乗っている木蓮寺希に話しかけた。
もうほぼ死にそうだったので、言葉通り必死に声を出した。
絞り出した。
「あ、どうした」
「僕は…いら…ないです…」
「あぁ!?聞こえねぇよ。腹から声出せ」
僕は残り少ない体力で、瀕死状態になりながら声を振り絞った。
「僕は……こんな力、いらないです。勘違いしてました。父からの形見なのに。守る為の力なのに。僕は…僕は…」
「……」
近くに駆け寄っていた彩さんは黙っていた。
「愛する者を…傷つけてしまう…裏切ってしまうようなこんな力…もういらない…普通がいい…特別なんかいらない……ッ」
「……そーかい」
木蓮寺希は僕の上から降りた。
そして後ろを向き、
「ついてきな」
それだけ言って歩き出した。
僕は急な対応の変わりようにびっくりしたが、ワンテンポおいて返事をした。
「…はい」
そして僕は彩さんと共に木蓮寺希の後ろを歩き出した。
ついた先は、僕たちがのちにアジトと呼ぶあのバーだ。
そこには、フリンさんとムーさんもいた。
そこで僕は知り合った。
「オッス、フリン。例のアレ、できるか?」
「まぁ…いいがの…魔法使いが堂々と規定破りするのは気がひけるのぉ…」
「………言ってる割にお前楽しそうじゃねぇか」
「うるさいぞ!!この笑みは何か企んでる時の笑みなのじゃ♪」
「………もっといけないじゃねぇか」
僕は木蓮寺希の言われるがまま、椅子に座りフリンと言われる外国人女性が準備し終わるのを待った。
彩さんも隣の椅子に座っていた。
「…っと。準備完了じゃ。そろそろ始めるかの…。の前にー」
フリンが彩さんの額に手を当てると、その瞬間に彩さんは目をつぶり動かなくなった。
「おいッ!!!!!彩さんになにを…」
「あーあー。いちいち騒ぐでない…お前さんのために少し眠ってもらっただけじゃ。これからはお前さんだけの判断で進めるからの」
フリンは耳を押さえ、鬱陶しそうに答えた。
それよりも…僕の判断?…今から何をするんだ…?
「今からお前さんには選択肢をやる。どっちもメリットデメリット付きじゃ」
「僕は…普通になれるなら、なんでもいい」
フリンはため息をついた。
「その自信がいつまで続くかじゃのう…さて、じゃあ提示するぞよ。まず1つ目の選択肢は、今までのまま、『知覚』をお前さんの体に残したままにする。これはメリットは彩殿?と言ったかな?この小娘と今までの恋人の関係を保てることかのぉ…?まぁデメリットは言わずとも分かると思うが、体に今の能力を残すということじゃ」
「僕の答えは分かっているはずだ。その選択肢はNOだ」
「そうかそうか…言うと思ったわい……今はの」
ん?…今は…?待てよ…。さっきこのフリンって人が提示した内容を思い出せ…。
『この小娘と今までの恋人の関係を保てる』?
それが条件に含まれて…いるだ…と?
まさか…。
「まさか…2つ目って……」
「おぉー…気づいたかの気づいたかの。察しが良くて助かるわい。そうじゃ2つ目の選択肢は…」
フリンはあくまで笑顔を崩さず、僕の予想していたことを提示した。
「2つ目の選択肢は、お前さんの体に他の能力を宿すことになる。この場合のメリットはお前さんの体の中から『知覚』が消える。デメリットは」
一息ついて放った。
「お前さんとその小娘から、恋人だった、仲がよかった記憶を消す」