回想・フレデリック01
「蛙のリリィ」
あの後一等兵に訂正された名の意味を、僕は僕の仮設住居で聞かされた。
何でも彼女は言葉を話せず、身体には酷い傷跡が残っているらしい。その傷を隠す為に深く被ったフードと、言葉の代わりに漏れ出る声が、蛙のリリィの所以だと言う。「まぁ家族を失ったショックでしょう」と彼は付け加えたが、漂泊しここに流れ着いた少女の悲惨を、彼を含め誰にも知る由は無かった。
「リリィは? 彼女の名前?」
僕が尋ねると「レイリって名が言いづらいんで」と一等兵は答えた。
レイリとは砂漠の詩に現れる少女の名だ。引き裂かれた恋の果てに死に至り、遂に狂った相手は彼女の墓の前で泣き縋る――、確か表題を「レイリとメジヌン」
もしかすると彼女の生まれは、比較的教養の高い家だったのかも知れない。一見すれば非教義的な二人の物語は、知識人にとってこそ中世から愛されてきた。
やがて陽が傾く頃には荷物の整理も終わり、そうしてベッドに寝そべった僕は、ふと昼間に会った少女の事を思い出す。
トードリリー……歌えない鳥。
鳴かない鳥の赤い口は、振り絞って鳴いた血の跡だと東洋の詩は詠む。
その吐いた血が斑の様に散った百合の花を、ホトトギス。トードリリーと彼らは名付けた。
蛙のリリィ、トードリリー。
二つの単語が僕の中で混ざって、ならば彼女を後者で呼ぼうと不意に思った。男女で格差を唱えるつもりは毛頭無いが、それでも年端の行かない少女のアダ名が蛙というのは些か不憫だ。
トードリリー、トードリリー。
どうやらそのフレーズが気に入ってしまった僕は、今度会う機会があればと胸に仕舞い、新しい生活に思いを向けながら目を閉じた。