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プロローグ04

 僕が派遣された前線の都市は、国土を南北に縦断する長大な河川と、それらを跨ぐ五つの橋によって結ばれている。


 この肥沃な平野と油田を有する砂漠のオアシスは、予てから要衝であると同時に枢要な拠点で、ゆえに開戦の当初から軍によって制圧下に置かれ、今日(こんにち)まで統治が為されていた。


 河を背に半円の壁に覆われた基地は、当時の空挺師団がそのままに居座って治安の維持にあたっていて、雄々しく叫ぶ鷹の隊章――、半世紀の歴史を紡ぐ生え抜きの部隊の、城壁からクチバシの様に飛び出たオフィスに僕は通された。


 時間はまだ昼過ぎだが、もう傾いた陽がブラインド越しに陰を作っている。




 待つ事数分。ノックをして入ってきた一等兵は僕よりも若い、ただ在留期間だけが勝る新米の兵士で、彼は哨戒を兼ねた周囲の案内を申し出た。


 どのみち明日までには地図を頭に叩き込んでおく必要があった僕は、二つ返事で応じ彼の後を付いて行く。尉官としての僕の任務は、市内で群発するテロの防止と、発生した場合のその制圧だったからだ。


 今や独裁者は倒れたにも関わらず、旧軍を取り込んだ武装勢力の反攻は各地で起きていて、言わば僕らがテロリストと呼ぶのは、こちら側の正義にとって都合が悪く、それでいて軍服を着ていない連中の全てだった。

 

 或いは怯えて撃った弾丸の跳弾が、他人や燃料庫に当たって大火事になっただけかも知れない。あの日、テロを前に恐慌した僕の国の民衆は、正義と悪の白黒に容易く乗せられ武器を取った。それから五年。本国を襲ったグループとこの国の関係は不鮮明なままで、宣戦布告の動機となった破壊兵器も見つかってはいない。




 一等兵の案内でゲートの入り口に連れられた僕は、改めて感じる基地の刑務所然とした外貌に、思わず苦笑いを溢す。もはや民間人との区別がつかない武装勢力への、その対策として設えられたのがこの城塞の、三層の防壁だった。


 ――まるで囚人だな。国を守るのでは無く、壁に守られた。

 隊章の叫ぶ鷹は、飛び立てない空の、閉じ込められた籠に何を思うだろう。

 内心でしか語らない言葉を胸に、僕は「ハハハ」と彼の下品なジョークに付き合いながら扉をくぐる。


 基地が有する防壁は三つ。最外壁から二層目までが緩衝エリアで、ここでは一部だが孤児たちも預かっている。というのも開戦後、戦闘で親を失った子どもたちが、武装勢力に引き取られテロリストの一員になるケースが頻発した為で、初期段階の隔離によりテロの連鎖を断つ目的が第一にあった。

 

 そして二層目からは士官の宿舎や生活エリア、さらに最奥が司令部を含む軍事施設と、徐々にセキュリティのレベルをあげる事で、有事の際の損害を低減する仕組みが取られていた。


「ガキどもですよ。荷物がある時は近づかない方が良い。何か盗られるかも知れませんから」



 

 一等兵は僕にそう忠告したが、基地として孤児院、いや難民キャンプと言うべきなのか――、つい僕は物珍しく、あちこちと見回しながら歩いていた。


 (みな)身なりは綺麗とは言いがたいが、しかし異臭が漂う程では無い。砂漠に浮かぶ島と形容されるこの都市だからこそ出来るのだろう。食料も水源も潤沢にあり、兵士たちの分を賄っても尚、周囲に供給する余裕のあるオアシスだからこそ。


 やがて二層ゲートの前に至ると、その隣でフードを深く被った少女と目が合う。褐色の肌に白い髪を乱雑にボブカットで揃えた少女は、こっそりこっちを見上げたまま、視線の交錯に気がつくと会釈して隠れる様に俯いてしまった。すると次には、今まで手にしていた恐らくはコピー品のDVDを、抱えたまま駆けて行く。 




「トードリリィです」

 一等兵が僕に耳打ちする。

「トードリリー?」

 そう呟いた僕と、それが彼女、トードリリーと呼ばれた少女の出逢いだった。


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