ガラスの靴の片方
『ねえ、君!待って!!』
後ろから追いかけてくる王子を振り切って、シンデレラは階段を駆け下ります。
『きゃ……っ!』
その時、階段の途中で躓いたシンデレラの足から、ガラス靴が片方脱げてしまいました。
『待ってくれ!』
『……だめ、もうすぐ魔法が解けてしまう…!』
すでに鐘は八回鳴り、あと四回で魔法はすべて解けてしまいます。
靴を取りに戻る時間はありません。
『早く、帰らなくちゃ……!』
シンデレラは魔法使いとの約束を守るため、靴の片方を置いて王子の前を去りました。
お城が見えなくなった森の中まで来ると、シンデレラにかかった魔法が少しずつ解けていくのがわかりました。
美しいドレスはいつもの普段着に。
キラキラしたティアラは掃除用の三角巾に。
片方残ったガラスの靴も、みすぼらしい布の靴に。
最後の鐘の音が遠くで聞こえる中、シンデレラはそれらを見て少し微笑みました。
『よかった、こんな姿を王子様に見られなくて…』
それは心からの言葉でしたが、少し哀しい響きが混じっていました。
『さあ、早くお家に帰って仕事をしなくちゃ!』
そう自分に言い聞かせるように言うと、シンデレラは歩き出します。
その時。
―――――――きっと大丈夫だよ、シンデレラ。
微かに聞こえた最後の鐘の音と共に、誰かの声が聞こえたのです。
『……え?魔法使いさん?』
確かにそれは魔法を掛けてくれたあの人の声でしたが、いくら呼んでもあの魔法使いを見つけることはできませんでした。
『きっと、大丈夫……』
姿は見えなくても、優しい声がシンデレラを勇気づけます。
『ありがとう、魔法使いさん…』
森の奥に小さく囁くと、シンデレラは片方になってしまった布の靴を脱いで走って帰ってゆきました。
『…………………』
その様子を見届けて、木の陰から黒いローブの女が現れました。
『……ほら、これでいいんだろう?ちゃんと、声は届けてやったよ』
そう呼びかけても彼女の好きな夕焼け色をした、あの使い魔は現れません。
『でも、私は悪い魔女だからねぇ……色が少しくらい変わっても、わかりゃせんだろう』
そう言うと、片手をあげて小さく人差し指を振りました。
そしてお城の方を振り返ります。
『……あとはあの王子次第。さて、私はもう帰るとするかね。早く次の使い魔を………それはまだ、いいか』
女はローブを翻して、跡形もなく消えてしまいました。
ちょうどその頃、王子が階段の途中で片方の見つけました。
十二時を過ぎて魔法使いの魔法が解けても、消えないガラスの靴の片方を。
『これは………彼女が履いていた…?』
王子がそっと両手で持ち上げると、お城の光を反射してキラキラと輝きます。
ろうそくの炎を映した靴は、淡いオレンジ色に。
キラキラと。