〜前編〜
いやーホントお待たせしました(汗)
計六回の大幅な加筆修正を経て、ようやく前編が、皆様に読んで頂けるところまでになりました(続きは……もう少し時間を下さい)。
前作「不器用な僕の彼女」から数ヶ月……こーしょーの成長をどうぞご覧あれっっ!(成長していない可能性大……)
あ、あと後書きの方でちょっとしたお知らせがありますので、そちらもご覧下さい。
もしも彼女が、事情を良く知っている誰かに『貴女は自分がしたことを今でも後悔していないのか』と訊かれて、『後悔なんかこれっぽっちもしてない』と答えたら、それはきっと嘘だ。
確かにスタートの時点で、多少の点差は開いていたが、それも取り返せない程の大差ではなかったし、逆転のチャンスだって結構あった。
だと言うのに、結局彼女はそのチャンスを自らの意思でことごとく棒に振り、あまつさえ敵に塩を送るような真似までしたのだ。
その結果、点差は更に開き、今や、彼女がどう足掻こうが逆転なんて夢のまた夢、なんてレベルにまでなってしまっている。
それなのに。
あの時告白していたらあるいは、なんて仮定を、彼女は何度も繰り返してきた筈なのに。
その度に何度も、何度も何度も、後悔してきた筈なのに。
それでも彼女――都野綾里は『後悔なんてこれっぽっちもしてない』と笑って答えるのだろう。
◇………………◇………………◇
夏休みも半ばを過ぎたある日の、時刻は午後三時まで後五、六分を残すのみ、といったところ。
駅前広場のベンチに綾里は一人、ジーンズを履いた両足をぶらぶらとさせながら腰掛けていた。
夏休み真っ只中と言うこともあるのか、駅では普段の倍以上の人間が往来を繰り返している。
大きな旅行鞄を持った親子連れ。
仲の良さそうなカップル。
休日返上で働く、スーツ姿の成人男性。
テニスラケットを背負ったジャージ姿の学生。
犬の散歩をする女性。
様々な人々が、綾里のことなど視界に入っていないかのように彼女の前を横切っていく。
綾里もそんな人々の様子を、何処か焦点の定まっていない瞳でぼんやりと眺めている。
もちろん彼らは、綾里が一時間ほど前からずっとベンチから立ち上がっていないことなど、知る筈もない。
「…………」
ふと見上げれば、目が痛くなるような雲一つない青空が広がっている。
それなのに、
「…………うぁー」
見る者の心まで晴れ晴れとしてくるような澄み切った青空を仰いで綾里は、『あたしの人生もう終わっちまったのです』とでも言うような、恐ろしく低い声を漏らした。
「ぁー…………」
十二秒続いた後、徐々にフェードアウトして消えていったその呻きに込められていたのは、これから会う人間への不安と、同時に胸をよぎる、誰にも知られること無く終わった初恋への隠し切れない未練。
「どうかしたの都野さん?」
「――っ!?」
突然の問いかけに、慌てて顔を下ろす。
切れ長の鋭い瞳に、記憶の中に残る面影よりも幾分か伸びた、セミロングの黒髪。
同性である綾里から見ても悔しいほどに美人である。
笑えばさぞ綺麗であろう整った顔に、表情らしい表情は浮かんでいない。
初対面の人間が真っ先に浮かべるイメージはきっと、氷の女王、といったところだろうか。
綾里の元先輩であり、心の中での元ライバル、そして今では親友でもある美原五月が、彼女の目の前に立っていた。
「いっ、いえいえ何でもありませんですよっ!?」
「? ならいいんだけど……それにしても都野さん早いわね。もしかして結構待たせちゃった?」
「だっ、大丈夫です! あたしもさっき来たばっかだったですからっ!」
まさか待ち合わせの時間六十分前から待っていましたなどと、口が裂けても言えない。
もしうっかり口を滑らせてしまえば、五月は絶対に気に病んでしまうのが目に見えているからだ。
例え、綾里が勝手に早く来ていただけで、五月の側に少しも非は無くても、である。
「そ……そう?」
「そそっ、そうですそうですっ! あ、ホラ、立ち話も何ですし、とりあえずあそこの喫茶店行きませんか? この前初めて行ったんですけどケーキセットが値段の割りに結構美味しくって! ねっ、そうしましょ!?」
突然の提案に戸惑いながらもまだ何か言いたげな五月の背中をぐいぐいと押して、綾里は人混みの中へと入っていった。
◇………………◇………………◇
二人の関係の始まりは、およそ一年前、五月がまだ高校に在籍し、吹奏楽部の部員だった頃にまで遡る。
「都野さん、よかったら今日、一緒に帰らない?」
綾里にとっては全く予想外の出来事だった。
いつものように部活が終わり、帰り支度を済ませたところに、いきなり背後から話しかけられたのだ。
それ自体は驚くべきところでもない。
入部して一ヶ月も経てば、知らない人間ばかりだった部内にもそれなりに親しい人間が出来るし、その屈託の無い性格から男女問わず人気がある綾里にとって、一緒に帰ろうと誘われることはそう珍しいことでもなかった。
問題は、その誘ってきた相手が、彼女が部内で一度も会話らしい会話をしたことがなく、そして唯一敬遠している美原五月その人だったからである。
「…………」
「…………」
とりあえず承諾はしたものの、会話も無いまま、街灯の明かりが点々と続いている薄暗い道を二人並んで歩く。
誘ったからには何か用件があるのだろうが、歩き始めて十数分が経っても、五月の方から何かを切り出そうという気配は伝わってこない。
このままでは間がもたないと判断した綾里が、状況を打開しようと意を決して話しかける。
「え、えーと……あたしってば自分でも気付かないうちに先輩に何かやらかしちゃいました?」
そうでもなければ五月が自分から話しかけてくることなどないと考えての発言である。
「? どうしてそんなこと訊くの?」
質問の意図が掴めない、といった風にほんの少しだけ眉根を寄せ、首を傾ける五月。
そんな微妙な表情の変化に気がつけるほど親しい付き合いでもなく、どこか咎めるような言葉と起伏の少ない声色に、マズイ怒らせてしまったと軽く萎縮する綾里。
「い、いえっ、そんなっ、だ、だって今まであたし、美原先輩と話したこと無かったですし……」
「……あぁ、言われてみればそうよね。一応訊くけど、何か心当たりでもあるの?」
五月本人としては少しからかったつもりなのだろうが、じっと見つめてくる切れ長の瞳は暗に何かを問い詰めてきているような気がして、全く生きた心地のしない綾里。
「いっ、いえ、そんなの全く無いです……けど。……でもそれならどうかしたんですか?」
「それなんだけどね……ちょっと……訊きたいことがあって」
至極当然な綾里の疑問に、五月の言葉の歯切れが一転して悪くなる。
「訊きたいこと、ですか?」
「ええ……」
こくりと頷いたものの、その次の言葉が中々紡がれない。
五月のその、所謂『もじもじ』とした様子は、いつも気丈に振る舞い、他人を寄せ付けないオーラを発している姿しか知らない綾里に軽い動揺を与える程の威力がある。
そんな綾里の心の内など知る術を持たない五月は、数秒の逡巡の後、躊躇いがちに口を開いた。
「崎原君の、ことなんだけど……」
「…………へ?」
二度目の予期せぬ攻撃に、綾里の思考回路が完全に停止する。
不意打ちに怯んだ隙に、必殺の一撃を急所に叩き込まれたような、そんな感じである。
五月はそんな綾里の様子にもやはり気付かず、更に続ける。
「彼最近何だか練習に身が入ってないって言うか、態度が余所余所しいって言うか……とにかく何かおかしい気がするのよね。そろそろコンクールも近いから練習熱心なのは分かるんだけど、それで体壊しちゃったら元も子も無いわけじゃない? だからその……体調悪いんだったらあんまり無理してほしくないかなって……」
崎原尚好。
五月と同じトランペットパートに所属し、綾里の同級生、つまり五月の後輩である彼は、この約半年後、吹奏楽部第43回生追い出しコンサートの打ち上げ会の席にて五月に告白するのだが、それはまた別のお話、というやつである。
「え、えーと……」
綾里はその原因を知っていた。
知ってはいたが、それは、本人に頼まれでもしない限り、他人の口から話していいものでは決してない。
「どうかしたのか訊いてみても大丈夫の一点張りだし……ほら、都野さんって崎原君と仲良いじゃない? 二人で楽しそうに話してるの良く見かけるし……だから何か知らないかなって思ったんだけど……」
考えようによっては体調不良と言う五月の推測もあながち間違いではない。
病という漢字で表すことが出来る以上、恋煩いも立派な病気の一種である。
「わ、分かんないです……あたしと喋ってるときは全然そんな感じしないですし……先輩の気のせいじゃないでしょーか?」
数秒の脳内会議の末、綾里は『ここは嘘を吐くべきである』という結論を下した。
「そう……都野さんも分からないの……」
幸いにも嘘はばれなかったらしく、五月はそう呟いたきり、口元に手の甲を添えて何事か考え始めた。
「う…………」
ばれないに越したことはないとしても、全く疑われないとなると、それはそれで何だか申し訳なくなってくる。
「……だっ、だーいじょうぶですよぉそんなに心配しなくったって! 無理してぶっ倒れて、先輩に迷惑かけちゃう程さっきーだって馬鹿じゃないですよ!」
フォローのつもりで努めて明るく言った言葉はしかし、
「うん……私もそれは分かってるんだけど……」
その言葉の内容とは間逆の、全く分かっていない口調の一言にあっさりと一蹴された。
「…………」
「…………」
沈黙は重く、時間ばかりが過ぎる。
二人の歩調は普段よりも遅く、その歩幅も同様に狭い。
歩き始めてから結構な時間が経っているような気がするのに、振り返ればまだ校門が見える距離である。
「……さっきーのこと、そんなに心配なんですか?」
そんな筈ないと心で全否定したがっていても、頭の片隅にある冷静な部分では、漠然とではあったが、この時点でほとんど分かっていた。
だから彼女のこの言葉は、質問というよりも確認だった。
「……え? え、ええ、だってその……ほら、私と崎原君って同じパートだし、後輩なんだから当然でしょう?」
先程のもじもじした様子と言い、今のしどろもどろに弁明する様子と言い、綾里に言わせれば全く五月のイメージではない。
美原五月はいつも冷徹で、無愛想で、愛想が無くて、人を寄せ付けないようなオーラを発していて、同姓の綾里から見ても凛としていて格好良くて、
だからこんな、
「……先輩ひょっとして、さっきーのこと好きだったり?」
まるで『崎原尚好に恋でもしている』ような仕草は五月らしくないし、綾里は彼女『にまで』そんな仕草を見せて欲しくなかった。
しかし、
「…………っ」
綾里のその何気ない風を装った言葉を肯定するように、五月の顔は真っ赤に染まった。
「……やっぱしその反応だと図星って感じですね」
この瞬間。
すなわち、美原五月も崎原尚好に好意を抱いていて、二人が両想いなのだという確信を持った瞬間。
「ふう……しょーがないですね」
わざとらしいため息を一つ吐いて、五月の数歩前に出て、
「……?」
ほんの少しだけ怪訝な表情を浮かべた彼女の方へと振り返ると、
「恋する乙女な先輩のために、このあたしが二人のキューピッドとして一肌脱いだげるとしますかっ!」
自分では極上だと思っている満面の笑みを顔に貼り付け、都野綾里は自らの想いに蓋をした。
◇………………◇………………◇
「えと、それじゃ先輩、改めましてお久しぶりです」
駅前広場から綾里お勧めの喫茶店へと場所を移し、綾里は注文したケーキセットを目の前にしてぺこりと頭を下げた。
ビルの合間にひっそりと佇むそこは、椅子やテーブル、内装に至るまで全てアンティーク調で統一してあり、綾里達女子高生には人気が高い。
「あぁ、そう言えば会うのは卒業して以来だものね。うん、こちらこそお久しぶり」
ほんの少しだけ微笑みながら、紅茶の入ったティーカップに口をつける五月。
友人関係になってからそろそろ一年、五月はようやく、綾里にもそんな表情を見せてくれるようになった。
「んー……何かアレですね、しょっちゅう電話してたから、全然久しぶりって感じしないです」
「私もそんな感じ……あ、そう言えばごめんなさいね、コンクールの演奏聴きに行けなくて。電話でも言ったけど、金賞受賞おめでとう」
「あっ、いえいえいそんな、先輩の方も忙しかったんですから仕方ないですよ。それに金賞って言ってもダメ金でしたし……」
一つの地区の吹奏楽コンクールにおいては、一位に金賞、二位に銀賞、三位に銅賞がそれぞれ与えられるわけではなく、各団体の技量によって、金、銀、銅の賞が与えられる。
つまり、その年のレベル次第では、金賞を受賞する団体が複数存在することもある。
しかし、県大会に出場出来る団体は各部門ごとに大抵二つと決まっているので、二つ以上の団体が金賞をとった場合は、金賞なのに県大会に出場出来ない団体が発生してしまうのだ。
そしてそういった、県大会に出場出来ない金賞のことをダメ金と呼ぶのである。
「でも去年と一昨年が銀賞だったこと考えたら大した進歩じゃない? この分なら来年には期待出来そうね。今日は練習お休み?」
「そですよー。大会終わったんでようやく私たちも夏休みですよう……あー、宿題やだなー……」
「んー、まぁ高校生の本分は勉強なんだし、頑張らなきゃね。今のうち頑張っておけば後で有利になるんだし」
「それは分かってますけどぉ……あーあ、羨ましーなー大学生さんは」 会う前までは憂鬱な表情を浮かべていた綾里も、いざ本人に会ってみれば楽しそうに話をしている。
そうして世間話に華は咲き、三十分ほどの時が過ぎた。
「えっと、それでですね先輩、電話で言ってた相談事ってのは……?」
ケーキセットをぺろりと平らげ、四杯目の紅茶のお代わりを注文してから、綾里はようやく切り出した。
「えぇ……そのことなんだけど……」
途端、先程までの和気藹々さはどこへやら、何か言いずらそうに口ごもる五月。
彼女がこういう仕草をするときは決まって尚好絡みの話題だという事を、綾里は知っている。
五月は尚好のことに関しては、いつもの冷静で大人びた、いわゆる『大人の女性』といった姿はすっかり影を潜め、年相応な(見ようによっては年齢にそぐわないほどに幼い)、一人の『恋する乙女』になってしまうのである。
「んー……あ。まさかやっちーと喧嘩とかしちゃったとか?」 綾里の脳裏を、夏休み最後の練習日の、どこか元気が無いというか、全身から何かに疲れたような雰囲気を醸し出していた尚好の姿がよぎる。
何だか近寄りがたくて何も訊かなかったが、もしも五月と喧嘩していたというのなら、あの様子も、彼なりに落ち込んでいたのだと納得できるのだが、
「ううん、そうじゃなくて……」
五月は首を横に振った。
「? それならどしたんです?」
綾里の頭の中では、疑問符ばかりがどんどん増えていく。
そもそも今回の、数ヶ月ぶりになる二人の会合は、五月からの提案を端を発している。
親友として、久しぶりに会って互いの近況を報告しようというのも、目的としてあったかもしれない。
それでも、『相談したいことがある』と言って呼び出したのだから、電話では話しづらいような相談事があるのだろうと綾里は考えていた。
下手な考えよりも本人の口から聞いた方が早いと判断し、五月が話し出すのをじっと待つ。
同年代であろう他の客の人間達の明るい笑い声が響き、クラシックのBGMが流れる落ち着いた雰囲気の中、やがて、
「…………最近何だか私、避けられてるような気がするの」
躊躇いがちに、五月はそう言った。
「避けられてるって……さっきーにですか?」
浮かない顔でこくり、と頷き、先程からさっぱり減っていないショートケーキの端をフォークで切り取りながら、五月はぽつりぽつりと話し始めた。
その断片的な言葉を繋ぎ合わせ、要約するとこんな感じになる。
今から遡ること約一年前。
突然の尚好の告白から始まった二人の関係は、遠距離恋愛特有の寂しさと不安から一時は破局寸前にまで陥ったものの、紆余曲折の末どうにか持ち直し、最終的には二人の絆も深まった……筈だった。
最初の変化は半月ほど前、夏休みが始まったばかりの頃である。
それまで尚好から毎日来ていたメールが、突然来なくなった。
五月の方からメールを送ってみても、返事が来るのはそれから何時間も経った後で、内容もどこか簡素と言うか、素っ気無い。
電話をかけてみても、コール音の末に留守番電話センターに接続されるケースが殆どで、たまに繋がったとか思えば『悪いんだけど今忙しくて』と、二言三言も会話をしないうちに一方的に電話を切られてしまう。
この時点では五月も、恐らく尚好は部活で疲れているのだろうと自らを無理矢理納得させ、あまり悪い方向には考えないようにしていたのだが、コンクールが終わっても、相変わらず連絡は来ないまま。
結果を知ったのも、綾里からのメールでだった。
こうなってしまうと嫌な予感や不安といった類のものはどんどんと膨らんでいく。
流石にこれは何かあると直感した五月は、帰省してすぐに崎原家を訊ねたのだが、尚好は家におらず、出迎えてくれたのは彼の母親だった。
そしてそこで彼女は、尚好が最近夜遅くになるまで家に帰ってこず、行き先を尋ねても何故か教えてくれなくて困っている、という話を聞かされる。
「……えーと、すんごい簡単にまとめちゃうとですね。つまり先輩としてはさっきーが浮気でもしちゃってんじゃないかと不安で仕方が無いと」
「ちっ違っ! わっ私はそんなっ、そんなわけじゃ、ない、けど……」
否定の意を表そうとした彼女の言葉は、出てきてすぐに勢いを失い、尻すぼみになって消えた。
しゅん、としょげかえる五月の姿を見て、綾里は小さなため息を一つ吐き、
「……あのですね先輩? 別にあたしはそのことについて何か物申すってわけじゃないんですから、いっそ正直に言っちゃって下さい。先輩は不安なんですよね?」
綾里の二度目の質問。
今度は否定の言葉もなく、五月はただ俯いているだけである。
「……先輩はさっきーのこと、浮気するようなやつだって思います?」
「そっ、そんなことない。尚よ……崎原君は浮気なんてしない……と思う……けど」
五月の口から『尚好』という言葉が出かかったことに、二人の仲の親密さを再確認して胸がちくりと痛んだが、それでも平静を装う綾里。
「あたしだってそう思います。さっきーは先輩のことが本当に大好きなんですから。この前だってさっきー、先ぱ」
と、ここで綾里の言葉が唐突に途切れた。
「……? 都野さん? どうかした?」
「……あー……い、いえいえ、別に何もしませんですよはい」
どこか慌てた様子で、カップの冷めた紅茶をぐいっと呷る綾里。
そして、こほん、と仕切り直すように小さく咳払いをした後、
「えっと……とにかく、先輩はもっとあの彼氏のこと信じたげて下さい。さっきーは絶対先輩を嫌いになったりしませんから。メールとか電話とかしてこないのも……ほら、どうしても先輩には言えない、何か大事な理由があるんですよ、きっと」
「……大事な理由って?」
「う……さ、流石にそれは分かりませんけども。とにかくっ、さっきーから何か言ってくるまで待っててあげましょ? 彼女なんですから、もっとこう、どっしり構えてるべきですよ、どっしりと!」
必死ともとれる程に熱意のこもった綾里の励ましに、
「……そうね。私は尚よ……崎原君の彼女なんだもの……私が彼のこと信じてあげなきゃいけないわよね」
五月の顔に、多少ぎこちないものではあるが、ようやく微笑みが戻った。
◇………………◇………………◇
どんなに気付かないふりをしたところで、その想いはまだ確かに存在している。
どんなに忘れようとしたところで、忘れたふりをしたところで、忘れられる筈もない。
彼女の中では、終わっていないのだから。
あの日、五月の気持ちを知った時点で、二人が両想いだと知った時点で、彼女は二人のためにと、自らの想いを閉じ込めてしまったのだから。
もしもあの打ち上げの日、彼女が尚好に何も言わなければ。
二人の想いは成就することなく完結し、そこに生じる心の隙間に、彼女がつけ入ることだって出来たのかもしれない。
だが、彼女にはそれが出来なかった。
彼のことが本当に好きだったから。
幸せになって欲しかったから。
自分と同じものを背負って欲しくなかったから。
だから、彼女は彼の背中を押したのだ。
その告白が、確実に実を結ぶものであると、あるいは自分の想いが実るかもしれないという微かな希望を断つものだと知った上で。
とりあえず二つお知らせがあります。
一つ目。
誠に勝手だとは思いますが、「Love is All」の執筆を凍結させて頂きます。
理由は、まぁ、最近色々と一杯一杯でして、複数作品を掛け持ちする余裕がなくなってしまいました(汗)
楽しみにしていて下さった皆様には、この場を借りて深くお詫びを申し上げますm(_ _)m
二つ目。
最近友人に誘われてmixiとやらを始めました。
作者のどうしようもない日常を覗いてみたいという奇特なお方、マイミク登録してやってもいいという心優しいお方。名前の方を教えますので、メッセージ下さいm(_ _)m