第八章 ながしっこまん暗躍
――ミリアの影が長く歪んで揺れている中、ユウの第四の浄化が発動し、特級トイレ室は白い光に包まれた。光が収まると、ユウは便座で力尽き、魂が抜けたみたいな顔で項垂れていた。
「……ミリア……なんか今日の君さ……マジで怖くて……」
しかしミリアは何も答えない。ただ、ユウの背後に立ち、じっとその“力の残滓”を見つめていた。その目は優しいけど、奥が冷たすぎた。ユウが立ち上がろうとしたその瞬間――ズシャァッ!!トイレ室の天井を突き破るように何かが飛び降りてきた。ユウはビビり散らす。
「ひいいいいっ!?もう刺客かよ!?俺今日ほんとに休ませて!?」
「違います勇者様……この魔力……これは敵ではありません」
ミリアが珍しくわずかに眉をひそめた。煙の中から現れたのは――光り輝く金色の……便器の形をしたヘルメットをかぶった男だった。マントは薄黄色。胸にはでかく“流”の字。腰からは水が常にちょろちょろ漏れている。どこからどう見ても変態ヒーローにしか見えない。男は片膝をつき、ドラマチックに名乗った。
「勇者よ……私は来た。王国下水騎士団・第一位、“ながしっこマン”である!!」
「帰れーーー!!!」
ながしっこマンは胸を張り、完全に本気でかっこよく見せようとしている。しかしどこからともなく水の音が聞こえてくる。
「ちょ……待って、なんで常に漏れてんの!?それ設定!?病気!?」
「漏れているのではない。これは“流転の加護”が常に溢れているのだ」
ミリアが小声でユウに説明する。
「勇者様、誤解しないでください……彼は本当に強いんです。ただ……見た目が……」
「見た目で全部台無しなんだよ!!」
しかしながしっこマンの顔は真剣だった。
「勇者ユウよ……君の“解放力”が異常に高まりつつある。制御しきれなければ、王国どころか大陸が……排泄の奔流で飲み込まれる」
「嫌すぎる世界滅亡の仕方だよ!!」
「そして……君は知らぬだろう。そばにいるその少女こそ……本来真っ先に“その力”を利用する存在であるということを」
ユウは顔を上げる。
「……え?」
ミリアの微笑みが固まる。ながしっこマンはユウとミリアの間に立ちふさがった。
「勇者よ、聞け。“巫女ミリア”はな……“腹痛魔神”が残した最後の眷属だ」
「は……?眷属……って……?」
ミリアは静かに目を閉じた。そして、ため息のように呟いた。
「……そういうことを言うから、下水騎士団は信用されないのです」
「事実だろうが!!王国は隠したがっているが、巫女ミリアは元々――」
「黙れ……」
その声は、普段の彼女と少し違った。冷たい。鋭い。ながしっこマンが一歩後ろに下がるほどだった。ユウは震える。
「ミリア……まさか本当に……」
「勘違いしないでください、勇者様。わたしはあなたの味方です。ただ、あなたの力が……誰のものでもなく“わたしだけのもの”であってほしいだけ」
「それが黒幕だと言っているんだ!!!」
「うるさいです」
ミリアが杖を少しだけ傾けただけで、空気が震えた。ユウは完全にパニックだ。
「ちょ……ちょっと待って!?ほんとに敵なの!?味方なの!?トイレの時間くらい平和にさせてくれよ!!!」
ながしっこマンはユウの両肩を掴んだ。
「勇者よ!お前は選ばねばならない!“少女ミリア”か、“世界の安全”か!」
「いやどっちも選ばせて!?俺高校生!?」
しかし、ミリアの瞳はユウだけを見つめていた。その瞳は優しいようで、どこか狂気じみていた。
「勇者様……わたしはあなたを“守る”。あなたの力は、あなたのもの。誰にも、渡しません」
「それが世界の危機なんだ!!!この恋愛ストーカー系の執着が!!!」
「誰がストーカーですか」
ミリアの声が低く響いた。その瞬間、トイレ室全体が少し軋んだ。ユウは悟る。――どっちもやばい。ミリアはミリアでヤンデレ系の黒幕に片足突っ込んでるし、ながしっこマンはながしっこマンで世界の命運かけて漏らし続けてるし。こんなん俺にどうしろって……。そして静寂。ミリアとながしっこマンの視線が交錯する。次の瞬間――世界が動き出す。




