第四章 勇者覚醒・大解放
――森の奥から姿を現した“紙龍ワーム”は、想像以上に巨大だった。光沢のある紙の鱗が身体中にびっしり貼り付き、尾の部分は太い巻き紙のように巨大に渦を巻いている。長い体は木の幹を軽々と押しのけ、口は裂けるように大きく、トイレットペーパーをむしゃむしゃ食べながらこちらを睨んでいた。
「うわあああああ!!?なんだこの見た目!!でっかい紙のムカデじゃん!!!」
ユウはあまりの迫力に腰を引きそうになる。しかしミリアは杖を構え、緊張した声で告げた。
「勇者様、あれが……紙魚の親玉、“紙龍ワーム”。紙の魔力を吸い尽くす危険な魔物です」
「名前からして嫌な予感しかしない!!」
紙龍ワームが吠えた瞬間、巻き紙の尾がしなる。森中の紙片が一斉に舞い上がり、まるで巨大な紙吹雪の竜巻のような風圧がユウたちを襲う。
「わああああああッ!?また紙片嵐じゃんこれ!!」
ユウは紙が顔に当たるたびに情けない声を出しつつ必死に避ける。ミリアが必死に叫ぶ。
「勇者様、気を付けてください!普通の紙片嵐より魔力が濃いです……!」
「普通のでも充分地獄なんだが!!」
紙片嵐の風圧に押される中、ミリアはユウの腕を掴んだ。
「勇者様……あの魔物を倒せるのは、あなたしかいません……」
ミリアの手は震えていた。彼女も本気で恐れているのが伝わる。その瞬間、ユウの腹に違和感が走った。ゴロッ……ゴロロロ……。
「ちょ、ちょっと待ってミリア……なんか来た……!」
「えっ……今ですか!?」
ユウは震える声で叫ぶ。
「いや知らん!!俺に聞くな!!こっちだって突然来たの!!!」
紙龍ワームが咆哮し、地面が揺れる。ミリアは顔を青くしながら叫んだ。
「勇者様……もし“それ”が限界腹痛なら……“浄化トイレ技”が使えるかもしれません……!」
「いや使えるかもしれんって何!!?俺トイレないとできないんだけど!!?」
ミリアは震える指で森の奥を指差した。
「あります……古代の“携帯祠”が……!」
見ると、ボロボロの木の祠のようなものが立っていた。扉には“浄式”と書かれた古代文字。ユウは半狂乱で叫んだ。
「タイミングが悪すぎるんじゃぁぁ!!!」
しかし腹は待ってくれない。ゴゴゴゴ……ッッ!!紙龍ワームは口を開き、魔力の渦を吐き出す。
「うおおおおお来るな!!!来るなああああ!!ちょっ……ミリア!!俺入る!!入るから守っといて!!!」
ミリアは顔を真っ赤にしつつも頷いた。
「わ、分かりました!!勇者様の排泄は……わたしが必ず守ります!!!」
言いながら震えているのがなんか恥ずかしい。しかし状況は洒落にならない。ユウは祠に飛び込み、扉をバンッと閉めた。中は小さな和室のような造りで、中央にやけに神々しい便座が鎮座していた。
(……マジでトイレなんだけど……なんで毎回こんな神聖な感じなんだよ……!)
腹が限界を訴える。ドクンッ!!バチバチバチッ!!祠の内部の魔法陣が光り出す。ミリアの声が外から震えて届く。
「勇者様……祠が……反応しています……!あなたの魔素が……流れています……!」
ユウは覚悟を決め、叫んだ。
「うおおおおおおお!!出ろぉぉぉぉぉぉ!!!」
――その瞬間。祠全体が爆発するような光を放った。天へ向けて白い柱が伸び、空気が一気に澄んだように変わる。森中の瘴気が吸い込まれるように消え、紙龍ワームの身体が光に焼かれ、紙が一枚ずつ剥がれ落ちていく。
「ギャアアアアアアア!!!!」
紙龍ワームは苦しげにのたうち回り、やがて光に溶けるように完全消滅した。巨大な影が消え、森に静寂が戻る。祠の扉がギィ……と開き、中から魂の抜けた顔のユウが出てきた。
「……もう……帰りたい……疲れた……全部出した……」
ミリアは目に涙を浮かべて叫んだ。
「勇者様……すさまじいです……!あの紙龍を……“浄化トイレ技”一撃で……!!!」
バルサミコ三世の声がどこからか響く。
「勇者ユウ……今の技こそ《大解放》……伝説級の勇者しか使えぬ究極魔法!」
ユウはふらふらしながら言った。
「いやもうこの技使うたびに寿命縮む感じすんだけど!!?」
ミリアはユウの腕を支えながら微笑む。
「……でも、勇者様。これで王国は救われました」
ユウはうなだれながら言った。
「俺の腹……なんでこんな世界の生命線みたいになってるんだ……」
こうして、ユウは自分のもっとも恥ずかしい生理現象が、世界を救う最終兵器であると正式に理解したのだった……




