ハッピーエンド……なのか?
「それを貴様、個室だなんて卑劣なマネを……。おい大神。おまえまさか、彼女にイヤらしいことしてないだろうな?」
「……。イヤらしいマネなんてするか。俺は常に、女性の望むことしかしない。それよりお前さ、俺らが飲んでる間どこに隠れてたんだよ」
少しの間を置き、自信たっぷりに言い切ると彼はすぐに話題を転じた。
「おい、何ださっきの間は。電柱のウラだよっ、寒かったぞチクショー。さ、トーコちゃん。俺が来たからにはもう安心だ。宿まで紳士的に送るからね」
私に向かって差し出された分厚い手を、大神さんがピシッと払った。
「なっ、何をするっ」
「あのなオマエ。さっきから偉そうに胸はって言ってるけどさ、そういうのは世間でストーカーと呼ばれる立派な犯罪なんだぞ」
「うっ、うるさいウルサイッ。俺はそんなんじゃないっ」
「いいか熊野。これはな、大人同士の自由恋愛、合意の上のワンナイト……いやラブロマンスだ。お前にとやかく言われる筋合いは、ひとっっつもない。さあ、行こうか赤野」
私の肩に手を掛け、再び歩きだした彼に熊野さんが追い縋る。
「彼女に触るなっ。そもそも、直属の部下に手出しするなんて、許されると思ってるのか!」
「ワーッハッハ、バーカめ。社長をはじめ、うちには社内恋愛ご法度のキマリなど、ぬぁい」
「とにかく! トーコちゃんをむざむざ、お前みたいなヤリ◯ンの餌食にさせるワケにはいかないっ。ね、トーコちゃん、こいつってば紳士なふりしてるけど、実はサイテーのーー」
「おおっと、余計な事いうなよ。誰がヤ◯チ◯だ。だいたいな。赤野に限らず女子全般、お前みたいな暑苦しいヤツの方がよっぽどメーワクなんだよ」
「黙れっ、彼女の純潔は俺が守るっ」
「はーっはっは! そいつは残念だったな熊野。彼女の純潔は大学の2年間の同棲生活で、既に喪失済みなのだよ」
「はぐぁっ。テ、テメエ……いつの間にそんな情報を」
「さっき当の本人から聞いたところだ」
首を傾げ、にこやかに私を覗き込む大神係長。うーん、会話の内容は極めて残念だが、その笑顔だけは神レベルだ。
「くっそお、マジか……。でも、とにかく駄目だ、駄目なんだ!」
「ふーむ、仕方がない。全く不本意ではあるが、最悪3人でもデキなくはな……」
「いい加減にしろぉ! よーし、こうなったらハッキリさせよう。なあトーコちゃん、俺と大神、どっちがいい?」
「は……い?」
突然に話を振られて戸惑う私に、二人の熱い視線が注がれた。
「トーコちゃんは俺と、ケッコン前提の真面目なお付き合いをしてくれるよな?」
「赤野は俺と、大人の刺激的な恋を始めるんだよな?」
「トーコちゃん!」
「赤野!」
えーっと……。
さすがの私も、さっきからのやりとりのアホらしさにすっかり酔いも冷め、既に理性を取り戻してしまっていた。
「ま、まあまあ、おふたりとも」
ギラギラと滾る視線を一身に受け、私は女神のように微笑んだ。
「取り敢えずは、3人でもう一軒。行っときます?」
*
次の日。
私と大神係長は、朝10時から支社の会議に無事出席し、夕方には帰路についた。
余程疲れたのだろう。帰りの新幹線で彼は、座席に座った途端眠りに落ちた。
今、私の隣の座席でスースーと静かな寝息を立てて眠る大神係長。
その端正な寝顔を眺めながら、私は少し感心していた。
エライなあ……。
あれから3人、徹夜で飲み明かしたってのに、大神係長は朝にはいつも通りパリっとして、プレゼンもしっかりキメてくれた。
熊野さんにしてもそう。
これまた朝イチの新幹線で戻り、いつも通りのご出勤。バカばっかりやってるようでも、社会の先輩方はやっぱり偉い。
それから更に時が経つと、私の生活はすっかりいつもの日常へと戻っていった。
あんな事があった後でも、ミスばかりしている私に、係長は相変わらず手厳しい。
でも。
「赤野、今日こそはハッキリさせて貰おう」
「ど、どうしちゃったんです? 係長」
「トーコちゃん、君は一体」
「熊野さんまで……」
「「どっちを選ぶ!?」」
「いやその……、どちらと言われましても」
にじりよる男二人の迫力にたじろいだ私は、矢も盾もたまらず逃げ出した。
「とりあえず、また今度でっ!」
「あ、まてコラッ」
逃げる私を追ってくる正反対のふたり。
それでも――。
灰色だった私の社会人ライフは、ちょっとだけ楽しくなりそうだ。
*第一章おわり*
第二章に続きます。




