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オオカミ課長の恋煩い  作者: 佳乃こはる
第一章 オオカミさんとクマさん

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オオカミさんに気をつけろ!

「ふあ、ぁ……」


 それは一瞬の出来事だった。

 テーブル越しに、彼は素早く私を引き寄せた。

 そして――。


 昼間見たのと同じように、彼は私の唇に自分のそれをそっと押し当てたのだ。

 お酒とメンソールの混ざった味が、口の中に拡がっていく。


 彼は、唇の閉じ目を舌先で優しく撫でながら難なく内に侵入してくる。


「赤野、昼間ガン見してた」

「ちがっ……」

 一旦唇を離して意地悪く耳に囁くと、彼は間髪入れずにもう一度深く口付けた。


 ゆっくりと焦らすように、彼の舌先が口腔の粘膜を刺激する。思うままに舌を絡め取り、からかうように吸い上げる。

「こういうこと、されたいと思ってたんだろ」

「そ、そんなこと、ないです……って、ふあぁっ」


 突き飛ばせば、簡単に離れられる程度の拘束。なのに身体が痺れて上手く彼から離れられない。

「そこ駄目……です」

 耳朶に彼の右手が触れ、後れ毛を耳にかけながら撫でる。

 彼の指が動く度に、身体の奥から外側へ向け、ジンジンと痺れが伝播してゆく。


 あ、やば……堕ちる。


「してくれって言ってるようなもんだぞ」

 耳元に響く甘いテノールに、やがて頭の芯がボーッとなってきた。そんな私の状態を、彼は見抜いているのかも知れない。

 彼は口角を上げて微笑むと、耳朶を弄ぶのを止めないで、誘っては逃げ、とうとう私から彼を求めさせていた。


 どうしよう。身体か……ヘン。

 5分と経たないうちに私は、すっかりオオカミさんに絡め取られていた。


『気を付けなさい』

 ぼんやりと霞がかかってゆく脳内に、行く前に水野さんが放った言葉が浮かんできた。

 ああ、そうか。水野さんの警告は()()()()()()だったんだ。


 大神秋人は手癖が悪い。

 知らなかった、そんなこと。

 だって私、大神係長(オオカミさん)のこと、厳しくて苦手だったから。嫌われてるって……思ってたから。

 さっきまで、山ほど聞かされたクズエピソード。遊ばれている、揶揄(からか)われてるって解っているのに止められない。


「ホテル、戻ろっか?」

 幾度目かのキスの後、彼は私に愉しそうに問いかけた。

「ん……」

 ダメだよトーコ、そっちに行ったら危ないよ!

 良心が、本能が危機を告げている。

 それなのに、圧倒的なフェロモンを前にして頷かずには居られない。


 *


 時計は既に11時を回っていた。

 もう4時間以上、私達は飲んでいたというわけだ。


 私は、殆ど大神さんに支えられるようにしてその居酒屋を出た。

 キスに酔わされ、すっかり膝に力が入らない私の肩を抱いて、彼はご満悦の様子だ。


 新人の部下を酔わせておいて、出張先でお持ち帰ろうだなんて、なんてサイテーな奴なんだろう。

 まあ、付いていく私も私なのだが。

 してやられた感は否めないが、見てくれだけはSSR級スペシャルスーパーレアのこの男、道行く人にちらちらと振り返られるのに悪い気はしない。


 ああ、そう言えば私、こういうのは半年ぶりのご無沙汰だったっけな。

 ふと、この春別れたばかりの彼の事を思い出す。

 ハヤト君。アイツも逆の意味でひどいヤツだった。びっくりするくらい淡泊で、その気になるのも一か月に1度のペース。

 だが、例えそれがたった15分で全てを終えるタイパ重視の超省エネ、エコロジーセックスであっても私には貴重な潤いだった……。


「ハヤトくんの、ばかぁ」

 ああ、なんて不憫な私。思わず涙が頬を伝う。

「よしよし、いいコだ」

 それに気づいた大神さんは、すかさず人指し指で優しく拭ってくれた。

 私の昂りを冷まさないように、彼は時折耳朶を軽く食んだりしながら、私たちは夕方一度来たホテルのエントランスに差し掛かった。


 ああ、もうどうなっても構わない。いっそ滅茶苦茶にして欲しい。

 思いっきり遊び慣れてそうな係長(コイツ)なら、見たことも聞いたこともないような、めくるめく快楽の世界に私を連れて行ってくれるのだろう。

 妙な期待を抱きつつ、彼の身体にしなだれかかったその時だった。


「ちょっと、ちょっと待ったあ!!!」


 ポンヤリと顔を上げた私の目の前に、大きな体躯が立ちはだかった。


「お()っ……くま、の? お、お前どうしてここに」

「きっっ……さまぁ、大神いぃ!」

 驚きに目を丸くして大神(オオカミ)さんが問いかけると、身体を震わせ、熊野主任(クマさん)は今にも飛びかからんばかりに捲し立てた。


「こないだの同期会の時、俺言ったじゃないか! 俺がトーコちゃんを好きだって。それなのにこんな……。お、お、お前には、友情ってもんがないのかぁっ」

「はあぁ、友情だぁ? 気持ち悪いこと言ってんじゃねえよ。ってかさお前、何で今ここにいるんだ。仕事はどうした、仕事は」


 急に『係長』の顔に戻った彼は熊野主任に詰問した。

「うぐっ、薄情者め。貴様とトーコちゃんが……ふたりっきりの、泊付き出張だなんていうからさ。……朝から静岡に張り込んで、お前逹が支社を出てから……ずっと見張ってたんだよ……」


 熊野さんは少し顔を赤くして、所在なさげにモゾモゾと体を揺らした。

「なるほどな。なら、飲みにいく前に感じた視線は、お前だったという訳か」

「その通りだっ、悪いかっ」

 ふん、と小馬鹿にしたように鼻を鳴らした大神(オオカミ)さんに、熊野(クマ)さんはあっさりと開き直った。

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