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オオカミ課長の恋煩い  作者: 佳乃こはる
第一章 オオカミさんとクマさん

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オオカミさんの憂い

 社長夫人の白い別荘を出た後。


 本土行きのフェリーで静岡市内に移動した私達は、支社の関係部署で明日の会議の打ち合わせをし、夕方6時には今日の予定を終了した。


「遅いっ!」

「ひぃっ、スイマッセーん」


 うん、予想通りの展開。

 別荘から後、ずっと無表情かつ無言だったオオカミさんは、支社のエントランスを出るなり大きな声で怒鳴った。


「ったく、ギリギリ間に合ったからまだ良かったものの……あと1分遅れてたらどうなっていたことか」

「ど、どうなってたんです?」

「アホ、俺の口から言わせんな」


 ブルッと身を震わせたオオカミさんに、私はずっと気になっていたことを尋ねた。


「だって、まさかあんなコトになってるなんて、思わないじゃないですか。いいんですかその……もし、社長に知れたら」


「ああ、社長は大丈夫だ。……寧ろそれを望んでるのさ」

「んなバカな!」


 にわかには信じ難い台詞を吐くと、彼は苦々しげに地面を蹴った。


「あのな赤野、ここだけの話だが……。社長には、秘書課の松嶋さんを含め、社内に少なくとも4人の彼女(あいじん)がいる」

「ええっ?! で、でも確か松嶋さんって」


 大神さん(アンタ)の彼女じゃなかったっけ?

 目で語りかけた私に、彼は言い含めるように告げた。


「俺はダミーだよ。その上俺に、奥様にまであてがおうとしやがって……くそっ」


 憎々しげに石コロを蹴っている彼は、いつもと様子が違っていて、ちょっとだけ話しやすい。


「うわぁ、ドッロドロの愛憎関係ですね~」

「そうさ、そして、社長にとって俺くらいの奴は、せいぜい使いやすい捨てゴマだ。奥様の機嫌がよければそれでよし。万一関係なんか結んだら、俺をクビにして奥様を離婚に持ち込めばいいからそれもまたよし」


「なるほど〜、いわゆる出世の世渡りってヤツですか。大変だなぁ」

「ああ、その通りだよ」


 全くもってらしくない。軽口を嗜めもせず、私なんかに愚痴った挙げ句、シュンとして落ち込んでいる。


 気の毒だなあ、大神係長(オオカミさん)

 私だったら、そんなの絶対嫌だけど。

 そういったストレスもあって、係長は私にあんなに厳しく当たるのだろうか。

 だとしたら少し可哀想な気もする。


 人当たりの良さが売りの私は、日頃の仕打ちもコロッと忘れ、極限まで落とした彼の肩をトントン叩いて慰めてやった。


「まあまあ、元気出してくださいよ。それだけの上昇志向をお持ちの係長になら、きっといいことありますって」


「そうさ、毎日がクビか出世かの綱渡り。なのにお前ときたら毎日ノーンビリと……ん?」

「? どうかしました?」


 彼が急に後ろを振り返ったので、私も一緒に振り向いた。


「いや、なんか……誰かに見られていたような……あ、ホラ今。何か妙に慣れ親しんだ気配が」


 促されるまま彼の指先を追ってみたが、それらしい影は見当たらない。


「別に何も?」

「そうか、ならいいが」


「気のせいですって、疲れてるんですよ係長。あ、見えました、あのホテルですよ。早く早くっ」


 私は努めて明るく言うと、まだしきりに後ろを気にしている彼の手をとった。


 ともあれ、今日が無事に終わったのだ。早くこの緊張から逃れたい。


「うわ、待てって。お前元気だなー」

「はい! 元気はアフターに溜め(チャージし)てますんで」


 聞き捨てならない台詞とともに、私はオオカミさんの手を引いて、今夜の宿まで小走りに駆け出した。


 ああ、ようやく1日が終わる。

 長かった……。この気詰まりから、ようやく開放される瞬間が来たのだ。

 私は、感慨も深く本日の宿となるビジネスホテルを見上げた。


「それでは大神係長。ご機嫌よう、また明日」


 スチャッ。

 エントランス前でオオカミさんに軽く敬礼。さあて、ベッドでゴロゴロしながら動画チェックするぞー!


 すると、大神係長は片眉を上げていかにも不可解といった顔をした。

「はあ? 何言ってんだよ。この流れなら飯行くだろ、普通」

「はひ?」


 コヤツ、何を言い出すかと思えば。

 付き合い飯など冗談じゃない! 内心の動揺を隠しながら、私はニコニコと愛想笑いで切り返した。

「イエイエ、とんでもございません。私、今日は少々疲れましたので、ご遠慮させて頂きたく……」


 彼は私の腕をむんずと掴んだ。

「まあ、そう遠慮するな。(おご)ってやるから付き合えよ」

「いや、遠慮も何も。私にも自由権というものがね……」

「分かった分かった、いいから行くぞ。くそー、やってられるか、今夜は飲むぞー!」

「えーー!」


 分かってない、全っ然聞いてない!

 まあでも……。

 彼のヤケクソの原因は、私のミッション失敗に端を発している部分も、半分くらいはあるわけで。

 ……やむなしか。


 普段の怜悧(れいり)さをかなぐり捨てて、大股に鞄を振って歩く彼の背に何とも言えない悲哀を感じた私は、黙って後ろに従った。

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