やっぱり3人
燈子を真ん中にして、右に大神、左に熊野が肩を並べ、帰りの道のりをとぼとぼ歩く。
にわか失恋の痛みに、俯き加減の燈子を支えるように、大きな男が左右に添う様は、社長が言ったとおり一見お姫様に忠誠を誓う騎士のよう。
しかしその外観とは裏腹に、繰り広げられている会話には、微塵のいたわりもなかった。
「ううっ……ぐすっ」
「いい加減泣き止めよ。せっかく綺麗にして貰ったのに、化粧がハげて見れたもんじゃないだろうが」
「ううっ。だって大神さん。私ってやっぱり……フラれたんですよね」
大神がふと切なそうな顔で燈子の方を向く。暫く考えた後、急にニマッと笑顔を作った。
「うゎっはっは~、ぅあったりまえだ〜! そもそも《《あの》》社長だぞ? お前ごときがどうにかなれる相手じゃないよーだ」
「ううっ、ヒドイ。そんなにハッキリ言わなくってもいいじゃあないれすかぁ」
「いいか赤野。そもそも社長って、一応既婚者だからな。好きになってもドロドロの不倫沼にしかならん男だからな」
「そ、そりゃあ……分かってますけど、でも!」
「いいや、分かってないね。大体、赤野が泥沼不倫ってガラかよ。今、幼稚園通ってますって言われた方がまだ納得感あるね」
「ううっ、酷いっ。それが落ち込んでる部下に言う言葉ですか」
「そうだぞ大神! 全く何て言い草だ」
燈子に同調する熊野に、大神はもっともらしく胸を張る。
「何を言うか。俺様は上司として至極当たり前の正道、すなわち倫理を説いているのだよ」
半ば呆れ気味に、熊野は眉根に皺を寄せる。
「あのな大神ぃ〜、どの口がそれを言うんだよ。大体さっきのだって、俺たちが邪魔したようなもん……あ、いや。ゲホゲホッ。ささっ、トーコちゃん、これで涙を拭いて? 君に涙は似合わないよ」
きらりと決めポーズを取った熊野は、通勤リュックのポケットからずるずると布を引き出してきた。
「うっわ、何だよそのキッタねえタオルは。お前の汗拭き用じゃないか」
「うるさいな、悪いかよ!」
「いくら赤野が丈夫でも、さすがに病気になるだろう。ほら、こっちを使え」
大神が差し出した真っ白なハンカチを見て、熊野は侮蔑の表情を浮かべた。
「……何、お前。自分用とは別に持ち歩いてるわけ? ほら、トーコちゃん見た? こいつ、ハンカチでさえ女に渡す用を携帯してるような男だぞ」
「フン、その煮しめたような茶色いタオルより数倍ましだろうが。見ろ、赤野だって引いてるぞ。そんなだから、彼女も出来ないんだ」
「茶色くないっ! それに、お前だって彼女いないじゃないか」
「そ、そんなことはない。両手じゃ数えきれないくらいいるし」
「それはただの、セッ……いや。お知り合いの異性だろう」
「え? キミハナニヲイッテイルノ? 意味わかんないなあ、可哀想にクマタン、若いのにもうボケちゃったのかなぁ?」
「なっ。この極悪人っ。なあトーコちゃん、こいつやっぱりサイテーだろ? コイツだけは絶対ないよなっ、なっ?」
もしかすると、彼らなりに元気づけてくれているつもりなのだろうか。
真ん中に燈子を挟み、大人げない言い合いを続ける2人を眺めていうるちに。
燈子の顔にはいつしか笑顔が戻っていた。
「あはっ、は。まあまあ二人とも、ちょっと落ち着いて下さいよ〜。……あれ、大神さんってば背中が葉っぱだらけ! あ~、よく見たら熊野さんも」
「え」
「〝え〟じゃなくて。も~、今まで一体何処で飲んでたんですか?」
ギクリと固まった二人の背中に廻りこみ、バサバサと払いながら。
燈子はそっと、ハラハラと頬に流れ落ちる涙を真っ白なハンカチに染み込ませた。
と。
「あれ! 大神課長ったら。髪にまで枝が引っかかってますよ。あ、あれ? 絡まっててとれないや、え~いっ」
「いった、引っ張るな! ハゲるだろうが。自分でやるから、もういい。ヤメロいたいっ」
「や、もうちょっとなんで。ちょっと大人しくしてて……あー!」
「ムリ!」
「ちょ待っ、待ちなさーいっ」
たまらず逃げ出す大神の背中を追いかける燈子。
その様子を笑顔で眺めながら、熊野は、胸に妙なざわつきを覚えていた。
トーコちゃん、君はもしかして——。
赤野燈子の束の間の大人の恋の経験に、3人で過ごした2年目が、もうすぐ終わろうとしている。
三人三様の気持ちを胸に。
もうすぐ、3年目の春が訪れようとしていた。
*おわり*




