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オオカミ課長の恋煩い  作者: 佳乃こはる
第三章 愛しのマイフェアレディ

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君に魔法を

 その頃、燈子は。

 「……エステ」

 口をポカンと開け、目の前のビルを見上げていた。


 あの後。三鷹社長は役員会に向かう前に、さる所に連絡を入れた。

 自家用車のベンツを呼び寄せ、運転手に行き先を告げると、燈子に向かってにこやかに言った。


「綺麗になっておいで」

 訳の分からないまま、車から下ろされた先は、銀座のビル街の中に佇むシャレた白っぽい煉瓦造りのビル。


 運転士に見送られ、バラのアーチを潜った燈子を待ち構えていたのは、全身白の制服を着た三人のマスクの女達。


「まあ」

「これは……やりがいがありそうね」


 燈子を取り囲み、何やらヒソヒソと話し合っていた彼女らは、顔を見合わせて頷いた。


「さて、参りましょうか」

「え、参るってドコへ?」


「どこって。全身コースに全オプション付き。……地獄のフルコースに決まっておりますわ」


「え、ジゴク? それって、天国と真逆の例の場所のこと? 聞き間違いですよね? あ、あれ。何で私の事捕まえるの? え、え」

「さあ、参りましょうか♡」

「ぴっ」


 白い女ふたりにサッと両脇を固められ、捕獲された燈子は、そのまま中に連行されていった。


 ぴやあああ〜〜〜……!!


 *


 2時間後。


「ありがとうございましたぁ」

「ど……どうもぉ」


 さっきまでオニのような形相をしていた三人に満面の笑顔で見送られ、燈子はヘロヘロになって門を出た。

 すると、今までどこに居たのか。社長の運転士がにっこり笑って立っている。


「お待ちしておりました。では、次に参りましょうか」


 うげっ、まだ何かあるの?

 たった一度、一緒にゴハンするだけなのに……。三鷹社長は徹底したこだわり派のようだった。


 思いながらも、もはや燈子には抵抗する気力もない。

「は、はいぃ」


 燈子は導かれるままに、大人しくベンツに乗り込んだ。


 そうか、知らなかった。

 美しくなる努力って、辛くて苦しいモノなのね。


 運転士さんの案内で着いた先は、燈子では冷やかしでも入れないような高級ショップだった。


 やけに落ち着いた「いらっしゃいませ」の店員の声に、居合わせたお客さんの冷ややかな眼差し。

 そんな中、トータルコーディネート1万5千円弱のプチプラ女子、赤野燈子はビビり上げながらスタッフルームに連れられてゆく。


「三鷹様から承っておりますので」  

「え? え?」


 ショウスペースとは打って変わって雑然とした部屋に入ると、開口一番、美しいマネキンを思わせる無表情な店員さんが、燈子のウエストやバストに巻き尺を巻きつけて採寸を始めた。


「あの、これは一体……?」

「……」


 *


 そうして、およそ1時間後。



「こ、これが私?」


 燈子は全身鏡の前に映し出された自分の姿を見て目を丸くしていた。


 よっぽど苦労したのだろうか。コーディネートからヘアスタイル、メイクまでを終えた店員が、まるで別人のように鏡の隅で「しゃあ!」と叫び、ガッツポーズを決めていた。


 燈子は燈子で、じいっと鏡に見入っている。

 ウソこれ、本当にわたし?


 淡い色合いのミニのワンピースは今季の最新作で、小柄な燈子によく似合う。


 綺麗に巻かれた髪に、エクステでバチバチの睫毛、磨きあげられたツヤツヤのお肌は、上品な薄化粧だけで十分に映え、手足の爪先には、可愛らしいネイルまで施されている。


 中でも燈子のお気に入りは、小さな貝殻の形をした、真珠のピアス。

 自画自賛だけど、自分に一番よく似合っているように思えた。


 アハハ、ウフフ

 なーんだ、これが本来の私の姿なんだ。


 お調子者の燈子はすっかり舞い上がり、鏡の前でクルクル回転し始めた。

 それを見た店員さん達も、ヤンヤと囃し立てている。


 落ち着いた雰囲気の店内が、にわかに賑やかになってきた。


 と——。



 パチ、パチ。

 入り口から拍手の音が聞こえてきた。

 みると、いつの間にか三鷹社長が戸口で手を打っている。


「やあ、見違えたね」

「あ、いや、これはっ」


 慌てて回転を止め、真っ赤になって俯いた燈子に彼はゆったりと微笑んだ。


「はっはっは。いいんだよ、賑やかで楽しいヒトだね、君は」

「いやぁ、何と言いますか……ぴゃっ、」

 頭を掻きつつ苦笑いした燈子の横にスッと立つと、三鷹社長はそっと肩に手を置いた。

「さ、行こうか」  

 よく響く重低音。


「は、はいっ……わわわ!」


 ヨロヨロと足を踏み出した燈子だが、いかんせん慣れないピンヒール。

 つまづいて、思わず社長の肩に縋った。


「うわっ、ス、スミマセンッ。ピンヒール、あんまり履いたことなくって」


 耳まで顔を赤く染めると、社長は柔らかく微笑んだ。


「姿勢を正して、美しく歩きなさい。…少し猫背になってるね?」

「きゃっ」


 社長は、燈子の背中と額に手をやった。


「パソコンか、スマホのせいかな? 身体の中心を真っ直ぐに。そう、顎は引いて。いやそれは引きすぎ……」


 三鷹社長は滑らかに手を動かしながら、燈子の姿勢を矯正してゆく。


 皆がこちらを注目している。

 恥ずかしくてくすぐったくって、燈子はもう気が気でない。


「下腹に力を入れて」

「は、はいぃ」

「さあ歩いてごらん。踵と爪先を同時に着地させる。自信をもって」


 店員と客達の目が、自分達に釘付けのなか、燈子はこわごわ足を踏み出した。


「……できた! ね、キレイに歩けてますか! うわっ」


 嬉しそうに振り返った途端、再びバランスを崩した燈子に、社長は微笑みながら右手を差し出した。


「それでは行きましょうか、お嬢さん?」


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