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オオカミ課長の恋煩い  作者: 佳乃こはる
第二章 オオカミさんの恋わずらい

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ついてない……からの

「あー……ついてねぇな」


 今日は今年最後の出勤日。俺は『歳末課内大掃除』の陣頭指揮を水野女史に一任し、入社して以来、初めて早退をした。


 帰るなりベッドに倒れ込み、熱を測れば39度。

 そのまま死んだように眠り、目を覚ました時にはもう、白のレースのカーテンがオレンジ色に染まっていた。


 外はすっかり夕暮れ時。

 会社はそろそろ締めの挨拶を終えた頃だろう。


 クリスマス・イヴの夜、店にコートを忘れたままで真冬の夜を全力疾走した。

 さらに。

 理由はよく分からないが、翌日出勤すると、何故か立て続けにポット、花瓶、水差し等を持った女子社員複数人に激突された。

 水浸しのまま年末の整理に終われた上、土日も休日出勤した俺は、仕事納めの今日、すっかりダウンしてしまったのだ。


 ゴホッ。

 咳をしても一人、か。


 さっきまで、嫌な夢をみていた。

 うとうとと熱に浮かされながら、自分自身の黒歴史が走馬灯のように流れる悪夢だ。


 南の地方都市の片田舎で生まれ育った。

 中高一貫、野球部だった6年間を坊主頭で過ごし、しかも補欠だった俺に彼女が出来たことは一度もない。

 あれは高2の夏のこと。

 その時、たまたま失恋したてだった野球部の華、マネージャーの先輩に誘われて、俺は初キスを体験した。


 はああ〜、これがキス。や、や〜らけ〜……。

 感動にうち震えていた俺に、愛らしく微笑んだマネージャーがひと言。

『ヘタね』


 以降、家族が寝静まったのを見計らい、こっそり起き上がった俺は、夜毎(よごと)、消防士の親父が置いてる人工呼吸練習人形『救命くん』でこっそりキスの練習をしたものだ。

 ある夜、その姿をとうとう姉貴に目撃されて、散々バカにされたっけ。

 恥ずかしくて死にそうになった。


 その後、進学にともない晴れて上京した俺は、大学デビューとばかりに生まれて初めて髪を伸ばした。

 すると驚いたことに、すぐに彼女が出来た。

 手を繋ぐところから3カ月、ようやく漕ぎ着けた初体験(エッチ)

 終わった後、不思議な罪悪感と虚無感に襲われていた俺の背中に、その子は面倒くさそうに煙草をふかしつつ言った。

『見かけ倒しね』

 その後の俺が、どんな修練を積んだかは敢えて言及しないでおこう……。


 つまり何が言いたいかというと。

 今の俺があるのは、仕事にしろプライベートにしろ、全身全霊をかけた(たゆ)みない努力の末のこと。

 ()()()だ。


 たいした努力もせず、毎日をただのんべんだらり、ノホホンと生きている小娘なんかに心を掻き乱されるなんて、割に合わない。

「あ~、くそっ」

 やり場のない苛立ちに、寝返りを打った時だった。


 ♪ピンポ~~ン♪


 あー、もうっ。一体誰だよこんな時に!

 ベッドから出るのもダルいってのに。


 居留守を決め込もうかとも思ったが、そこは〝お気遣いの秋ちゃん〟の異名をとる俺。

 少なからず怒りを覚えながらもベッドから降り、ノロノロとドアホンのモニターを覗いた。


 すると!


『課長ぉ~、大神(オオカミ)課っ長ぉ〜』

 間延びした甲高い声とともに、カメラに向かってクリーニング屋の紙袋を指差し、懸命にアピールする彼女が写っていた。


 ウソだろ?! 


「あ、赤野!」

「あ、すいません。お休みでした…よね」


 モニター越しに、赤野はペコリとお辞儀をした。


「い、いや。構わない。しかし、よくここが分かったな」

「はい、熊野センパイに聞きました」


 って事は……。

 俺はすぐに彼女の背後に目を移す。


「あ、あれ、アイツは?」

 ぱっと見た限り、バカでかい厳つい影が見当たらない。

「ええ、それが。『残業終わるまで待ってろ』って言われてたんですけど……」

 彼女はニコニコ笑っている。

「面倒臭かったんで、置いて来ちゃいました」


 グッジョブ赤野!


「あの、お渡しするものがあるんですけど……、少しだけ、出られますか?」

「う、うん。上がってこいよ、5053号室な」


 俺は、手早くマンションの入り口を解錠した。


 きっと迷うに違いない。俺は、起き抜けのよれたパジャマ姿に、ボサボサ頭のなのも忘れ、中々上がってこない彼女のために、ドアを開いて待っていると。


「あー、あったあった!」


 10分後、何やら紙袋をたくさん抱えた彼女が嬉しそうに駆けてきた。


 か、可愛い。押し倒したい。


 そんな心の声を噛み殺し、俺は冷静(クール)を装って、扉の前に立つ彼女に言った。


「まあ、上がれよ。そこ、寒いだろ。立ち話もなんだしさ」

「え、いいんですか? でも悪いなぁ」

「わ、悪くないっ、寧ろそうすべきだ!」


 俺は赤野を玄関に引き入れ、ひったくるように荷物を奪うと、半ば強引にドアを閉じた。


「はぇ? じ、じゃあちょっとだけ」


 遠慮しつつもヒールを脱ぎ始める彼女。

 ちょっと、ワザとらしかっただろうか。

 だがこれは絶好のチャンス、逃す手はない。


 赤野にリビングのソファを勧めると、ミニテーブルの向かい側に自分用のクッションを置く。

 お茶を出すつもりで、キッチンに向かおうとした俺を赤野が慌てて引き留める。


「あああ、寝ててください。そんなのいいですから! 課長ってば、顔真っ赤ですよ?」

「いいよ、気にするな。大した風邪じゃないから……ゲホッ。な、何をするっ!」


 立ち上がった赤野はニュッとこちらへ手を伸ばすと、つま先立ちで、俺の額に手を充ててきた。

「嘘ばっかり。あ~、やっぱり凄い熱」


 熱が上がったのは、オマエのせいだ!

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