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オオカミ課長の恋煩い  作者: 佳乃こはる
第二章 オオカミさんの恋わずらい

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出世と恋

 ちっくしょおおおおっ。


 社長のバカ、俺のバカ!

 ゆるせ赤野。

 俺は、俺の出世を失うわけにはいかないんだ。


 止めどなく溢れる涙もそのままに、俺は賑やかな街道をひた走った。

 イルミネーションの溢れる光が、幸せそうなカップル達の笑い声が、はるか後方へ流れてゆく。


 これでも高校時代は野球部で、ランニング10キロは日課だった。

 ……補欠だったけど。


 全力疾走すること10分。

 息を切らしながらホテルのエントランスに到着した俺は、エレベーターで最上階スゥイートへと向かった。

 オベリスク調に(しつら)えられた鏡に向かって乱れた服装とヘアを直し、汗を拭いて深呼吸、息を整えるまでに30秒。

 社長の前に出た時は、まるで何事もなかったように優雅な表情を取り繕った。


「遅くなりまして」

「やあ、すまないね大神君。お楽しみのところを呼び出してしまって」


 彼はエレベーターのすぐ目の前の廊下で待っていた。

「いえ、ちょうど暇を持て余していたところです」

「またまた、大神君ともあろうものが。イブだというのに、そんなワケないだろう。聞いているよ、かなり派手にやってるみたいじゃないか」

「いや、ははは……」


 全くこの御方ときたら。

 こんな時でも、50も半ばを超えるというのに、そうとは思えないほど精力的に白い歯を輝かせて笑う。


「いえ、とんでもございません。それよりも社長」

 俺は努めて冷静な風を装うと、サッと社長の耳に近づいた。声を落として(たしな)める。

(デートのダブルブッキングなんかするからですよ!)

(いやあ、まさか鉢合わせするとは思わなくてね。待ち合わせ時間はずらしたつもりだったんだが)

(いや想像つくでしょーが! フツー)


「……で、優能な大神君、キミの出番というわけだよ」

 バツが悪そうに俯いていた社長は、パッと明るく表情を変えると、俺に808号室《《の鍵》》を手渡した。

「その部屋で、凶暴化した松嶋くんが待っている。私はスゥイートルームの原口くんの方を宥めに行ってくるから。くれぐれもよろしく頼むよ? じゃ」


 ハハハハハ……。

 仕事はおろか、こと女性に関しては年齢が20程若返ってしまう社長。

 彼は、意味不明の笑いと不気味な瘴気を放つ鍵を俺の手に残し、颯爽とスゥイートルームへ消えていった。


 今宵は聖夜、クリスマス・イブ

 恋人逹の甘い夜。


「厶ッキーッ、悔し~いっ。何であの女がスィートで、私がツインなのよ~っ! ちょっと聞いてる? 聞きなさい大神くん」

「聞いてます、聞いてますとも」

「じゃあ、何とかいいなさいよっ」

「ふげっ」


 最高級ホテルの一室で、社内一の美女とふたりきり。

「あ、あの……原口さんとは10日前に始まったばっかりだから。ホラ社長、子供みたいなとこあるでしょ。今は新しい玩具(おもちゃ)が珍しいだけ、社長の本命は貴女に変わりないですって」

「ホント? 大神君」

「ホントホント!」


 襟首掴まれ、ガクガクと首を振りながら頷く俺。

 それを上目遣いに睨み上げる美女、松嶋。

「………。ウソよ、ウソだわやっぱり。だって大神君ってば社長(カレ)の犬だもん。社長、私にはもう飽きちゃったのよ。ウワーンッ」

「そ、そんなことはないっ……松嶋さっ……苦ひっ」


 それに一切手を触れることなく、ひたすら宥め、一方的にサンドバックにされる俺。

 悲しい(かな)、それが俺に課せられた『主命』だ。

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