夢の終わり
またしても俺の企みは崩れ去り、落ち着いたたクリスマス・ソングの流れるいい雰囲気の店内も、すっかりいつもの飲み会と化してしまったワケだが……。
それはそれで楽しいもので、あっという間に時は過ぎた。
「そう! 大神課長に叱られたあの日。直前の合コンも不調に終わって……ヒクッ。私ね『ああ今年のクリスマスもボッチだな』って、ずっと思ってたんれすよ」
ダンッ。
相当酔いが回っているらしい。眠たげに目を座らせた赤野は、強めに杯をテーブルに置いた。
「ハハハ。そうだろう、そうだろう」
良かった。あの日赤野に、難しい仕事を投げといて。
俺は相槌を打ちながら、彼女とまだ半分残った杯に手早にシャンパンを継ぎ足した。
そうだ、俺にはまだ、ここで赤野を酔いつぶしてお持ち帰る目が残っている。
夢は終わらない。
その隣では、
「おねーさん、ワインのおかわり〜」
既に泥酔状態の熊野がテーブルに突っ伏し、ウェイトレスを呼びつけている。
熊野、ここはワリカンだからな。
ジロリと一瞥していると、赤野がグラスに口をつけながら話を続けている。
「それが! なんと今年は、社内ランキング『抱かれたい男ナンバー3』のオオカミさんに誘われたんですよ? 自慢もしたいじゃないですか、ねえ」
「そ、そうか! 俺は3位なのか」
思わぬ関心事に食いついた俺を置いて、彼女の愚痴はなおも続く。
「それでね、これみよがしに経理の実花ちゃんに自慢したら、何て言われたと思います? 『あんた一体、何やらかしたの』らって。言いましたよ、言いましたともさ。『ぶっ掛けちゃった』って。キー、悔ち~! どうせ私に色っぽい話には無縁ですよ~だ」
「とすると、1位は社長、2位は専務ってとこか……。おーい赤野、どうなんだ?」
「トーコちゃん……俺は何位だい?……ムニャ」
酔っ払いの会話は、さっぱり対話になってない。
と、彼女が急に、潤んだ瞳で俺を見つめだした。
「でもね私。例えお説教でも、課長に誘って頂いて嬉しかったんです。こっちに出てきてから、ずっと一人だったから。皆が楽しそうな話で盛り上がってる時、ホントに淋しくって……ぐすっ」
そう言うと彼女は、トロリとした目をグラスの水面に移した。
「赤野」
なんて健気な。そんな寂しさ、俺が今からすぐに埋めてやる——。
「あ、赤野! この後ふたりで……」
彼女に向かって身を乗り出した時だった。
♪ピロロ~~ン♪
ちっ、何だよこんな時に!
スルーしようかと思いつつも、俺は胸ポケットからスマートフォンを取り出し、画面を確認した。
『緊急事態発生! Oホテル すぐきてネ。 社長』
「……」
俺はぐっと奥歯を噛み締め、断腸の思いで席を立った。
「? オオカミ……さん?」
「赤野、誘っておいてすまない。社長から急な呼び出しがかかって……。これから出向かねばならん。支払いは済ませておくから。充分楽しんだら、悪いがそこで寝てる熊野をタクシーに突っ込んでやってくれ」
「うわぁ、忙しいんれすね~。課長は」
「まあな」
目を丸くする赤野に、苦い声で返事する。
「最後に、一言だけ」
「は、はいっ」
俺が鋭く目線を流すと、反射的に赤野はピシっと固く背筋を伸ばした。
「社会人2年目の女として」
ああ、クソッ。なんで電源切っとかなかったんだよ。
俺は、彼女の肩にそっと手を掛けた。半分口を開いたまま、無垢な瞳で見上げる彼女。
淋しく笑んで見せた後、スッと手前に腰を折った。
「その鈍さは……罪だ」
「ぴゃ……」
それはホンの一瞬。
俺は、掠めるくらいに、その上気した頬に口付けた。
「じゃあ、すまんっ」
俺はさっと彼女から離れると、レジに向かって踵を返した。
手早く支払いを済ませた後、ふと思い出して席に戻る。
「……?」
まだポンヤリと頬を押さえていた彼女は、不思議そうに焦点の合わない瞳を向けた。
「そうだこれ。オマエなら、完食出来るだろうから。……じゃあ、また明日」
隠し持っていたプレゼント。
俺は大きめの白い紙袋を彼女の膝の上にポンと置くと、再び外へと駆け出した。
ガサゴソと紙袋の音をさせながら、背中に小さく呟く彼女を残して。
「オオカミさん。7号は一人じゃムリですよ……」




