クリスマス・デート
クリスマス・イブ当日。
12月24日というのは、実は管理職にとって繁忙期の真っ只中だ。
部下達が帰った後、普段の1・5倍のスピードで残務を片付けた俺は、約束の店に足を急がせていた。
予定時刻は20時ジャスト。
木枯らしが吹き付ける寒い夜ではあったが、電飾やオーナメントで飾られ、あちこちからクリスマスソングが流れる街中は、俺の心と同じように、どこか浮かれているよう。
そんな中俺は、幸せそうに笑い合うカップルやファミリーの中を縫うように駆けてゆく。
計算上、5分前には着くはずだが、この賑わいでは微妙なところだ。いったん足を止め、スマホで時刻を確認して、小さく舌打ちをする。
「まずいな」
「いえお兄さん、美味しいですよー。おひとついかがですかー」
と、何を勘違いされたのか、サンタの格好をしたケーキの販売員がチラシを差し出してきた。
「あ、いえ、すみません。そうじゃなくて」
「さあさあ、あなたを待っている大切な人へのプレゼントに。きっと喜ばれますよ」
プレゼント……か。そういえば。
にこやかに笑うサンタのセールストークに、出されたチラシをつい受け取った俺は、そこでふと考えた。
ここんとこ忙しかったとはいえ、俺としたことが、仮にも女性を誘っておいて、クリスマス・プレゼントも用意していないとは。
そうだ。時間には少し遅れてしまうが、アイツならきっと喜んでくれるだろう。
「すみません、ひとつ下さい——」
*
『ええっ、課長がこれを私に?』
『いや、たまたま通りかかったからさ』
『あ、ありがとうございます。好き……』
『な、どうしたんだ、何を言い出すかと思えば』
『実はさっき、一度帰って下着を替えて来たんです……タイサイドの……ベリー柄♡』
『あ、赤野っ』
ニヤ。
おおっと、いかんいかん。通行人に不気味がられてしまうじゃないか。先日の苺柄が脳内に浮かび上がったところで、俺は慌てて妄想を閉じた。
まんまと口車に乗せられた俺は、数分後、大きな白い紙袋を下げていた。歯をくいしばって顔面の崩壊に耐えながら、彼女のもとへ足を急がせる。
8時と2分。寄り道した分、2分遅刻してしまったが、どさくさに紛れて手に入れた彼女のアドレスにメッセージは入れておいたから、まあ大丈夫だろう。
ビルの谷間のこじんまりとした瀟洒な店は、一見お断り、予約は5組限定で、出すのはお任せコース料理店のみという、前人事部長から引き継いでもらった勝負店。
雰囲気も味も、置いているワインも確かだし、会社の奴に会うこともまずないはず。
二、三度深呼吸して息を整え、気合いを入れて俺は店の扉を潜った。
入り口のクリスマスツリーの脇で店内をぐるりと見渡す。
すると、
「あ、課長ぉ〜、ここですよ、ここ」
俺の姿を見つけた赤野がブンブンと手を振っていた。
スキップしたい気持ちを堪え、わざとゆっくりと彼女のもとへと向かう。
一旦帰って着替えてきたのだろう、退社時のスーツとは違う、赤のワンピースに白いフワフワのカーディガン姿の彼女。
クリスマスカラーで攻めてくるとは……。
か、可愛いじゃねえかっ。
ん?
後ろのゴツい人影は……。
まさか………
「いよっ、大神課長。残務整理ご苦労様、今夜はゴチになりまーっす」
「……熊野……。何故貴様がここに居る?」
やはりコイツか。
目いっぱいにテンションを下げ、冷ややかな目線を投げた俺に、ヤツは暑苦しい顔を寄せて耳打ちした。
(いいか大神、抜け駆けは許さんぞ)
(帰れ!)
そのすぐ横で、水面下の応酬にはまるで気づかず、赤野は至極楽しそうに3人のグラスにシャンパンを注いでいる。
彼女は酒が入るといつも上機嫌で、そこがまた可愛……いや、やめておこう。
注ぎ終えたグラスを俺に薦めながら、彼女はニコニコと説明した。
「いやね、頂いた地図の道に迷っちゃって困っていたら、そこで偶然熊野センパイに会って」
偶然じゃねーだろ、このストーカーが!
ギロリとヤツを睨み上げると、彼女が不思議そうに首を傾げた。
「あれ、大神課長。もしかして怒ってます?」
「い、いや……怒って……ない」
くそ可愛い。
ニヤリと笑んで、勝ち誇る熊野。
密かに歯噛みした俺の心の内も知らず、朗らかに赤野は杯を掲げた。
「ハイ。それじゃあ3人で——」
「カンパーイ!」
何でこうなるんだよ!!




