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オオカミ課長の恋煩い  作者: 佳乃こはる
第二章 オオカミさんの恋わずらい

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これは断じて恋なんかじゃない

「………エッチ」

 野太い声にパッと目を覚ますと、ここは俺ん家のコタツの中。

 恐ろしいことに、ごく近距離にポッと頬を赤らめたむさい男の顔がある。


 ま・さ・か。


 怖々手元に視線を落とすと……。

 何と俺は、隣で寝ていた熊野の股関をまさぐっていた。


「ひ、ひ……ヒギィヤアアアアッ!!」


 ワンフロア、カジュアルシックにコーディネイトされた完璧な一室に、悲痛な叫びが響き渡る。


「くく、熊野っ、何故貴様がここにいる?! オ、オゥエエエ~~~」


 ヤツはウーーンと伸びをして、なに食わぬ顔で答えた。


「は? 何言ってんだよ。昨晩一緒に飲んだろうが」

「エ」


 そうだった。確か昨夜——。


『うぉい、大神~~、開けろや~』

 マンションの前で酒瓶を片手に喚き立てていたこいつを、つい根負けして招き入れてしまったんだったっけ。


 俺は急いでコタツを出ると、洗面台へとダッシュした。


 くっそ~、何だってんだよ!

 鏡面に映る己の姿を睨み付けながら、俺は入念に手を洗った。


 全くもってらしくない。

 よりによって男の……ウォエエッ!


 俺は苦々しい気分で口元を拭うと、これまでの出来事に思いを馳せた。


 俺、大神秋人(おおがみあきと)は、この春庶務係長から業務課長に昇進した。

 わずか29歳での管理職就任は、異例の昇進、我が社の創業以来初の快挙。


 これも、昨年の新規大口受注の取り付け成功と、普段からのたゆみない社長への滅私奉公の賜物(たまもの)


『ひゃっはー、やっばり俺ってスゴいんだ!』

と、目一杯張り切っていたところだった。


 なのに、あろうことかその俺が。

 昨年度の社内裏掲示板『当社若手女子社員が選ぶ、抱かれたい男ランキング』トップ5にも入ろうという、この俺が。


 業務課きっての役立たず、新人2年目の大ボケ社員、赤野燈子(あかのとうこ)に……。


 どうやら、〝恋〟をしてしまったようだ。


 事の発端は昨年度まだ係長だった俺と彼女が、一緒に一泊二日の出張に出た事にある。

 その日、気の進まない任務を終えて腐っていた俺は、気晴らしに赤野を飲みに誘った。

 そこで意外にも意気投合し、いざ〝一発お持ち帰り(テイクアウト)〟というところで——。


 今、我が物顔で俺ん家のコタツにのさばっているこの男。

 守護者(ガーディアン)気取りのストーカー、熊野吾朗に阻止されてしまった。


 その結果。

 社会に入ってこの方、誘った女に一度も断られたことなどなかった俺が、あんな、頭のネジが数十本ほど飛んだおマヌケ小娘に〝待った〟を喰らわされるハメになった。


「ナンだよ、じろじろ見て」

「別に」

「……。言っとくが、俺にそっちの嗜好はないからな」

「俺にもないわっ、お前とは特にな!」


 こほん。

 話を元に戻すが。

 それ以来、俺の感覚はすっかりおかしくなってしまった。


 まず、朝一番に出社した俺は、彼女のデスクを見つめながら出社を一時間以上もソワソワしながら待っている。

 それなのに、いざアイツが始業ギリギリで入ってくると、慌ててそこから目を逸らす。目が合えば、動悸や目眩が止まらなくなり、顔が熱くなるからだ。


 彼女に会えない休日なんて、淋しくって仕方ない……。


 実を言えば、今朝方みたいな夢もあれが初めてじゃない。

 残業に疲れて帰った夜に、接待で飲みすぎ、意識を手放したクラブで、果てはたまたま引っ掛けたお嬢さんと過ごしたホテルで、不埒な妄想が脳裏を過る。


 にも関わらず、誰彼なくスラスラ発声できていた甘い言葉は、彼女を前にするとサッパリ出てこず、代わりに口を突いて出るのは、厳しい叱責と悪態のみ。近頃では、彼女にめっきり恐れられてしまっている。


 これじゃあまるで、〝好きな子にはつい意地悪しちゃうんだよねー〟という、一昔前の童貞野郎(ガキ)と変わらない。


 ああ、この擽ったいような歯痒い気持ち。これが『恋』というものなのか。


 いや、違う。違う違う、そうじゃない!

 これは断じて『恋』なんかじゃない。


 あの時俺は、初めて食いかけた獲物に逃げられて、オアズケをくらったのだ。

 砕かれたプライドを挽回したいという思いが、俺の脳内で『恋』という名のまやかしに変換し、この状態を作り出しているに違いない。

 だってよ。

 そうでもなけりゃこの俺が、あんなちょっと胸がデカイだけの天然未満児女(ロリータ)になぞ、反応するはずないじゃないか。


 しかし、そうは言っても実のところ、俺にもどちらがより真実に近いのか、全くもって判断がつかない。


 俺はどうしても見極めたい。

 これは恋かプライドか、はたまたただの欲情か。


 そこで俺は一考した。

 彼女と一度寝たら、はっきりするのではないだろうか。

 抱いて眠った次の朝、いつものように気持ちが冷めていればこれは恋ではない。

 もしそうでなければ、あるいは……。


 そこまで考え、俺はブンブンと首を横に振った。

 えーいっ、そんなはずあるかっ。やっぱりこれは欲情だぁっ!


 ……フッフッフ。

 待っていろよ、赤野燈子。

 今日こそはドキドキせず、鼻血も流さずクールに君を誘ってみせる。


 それが大人のやり方というものだ。


「なあ、大神よぉ」

「なんだ熊野、もう6時だぞ。早く起きたらどうなんだ。そもそもお前には、出社する気はあるのか」

 不肖の同期、熊野はまだコタツに寝そべっている。ラグに頬杖をつき、コタツムリ状態の奴は、洗面所から顔だけ出した俺を見てクスッと笑った。


「いや、いつも思うんだけどよ。お前って会社から離れたら人間変わるよな。意外にお茶目ってか」


『お茶目』は古い。


「フン、何を言い出すと思えば。俺はいつも同じだぞ。ほら、今だって出社の2時間前には身だしなみを整えてだな」


 熊野はノソノソとコタツから這い出ると、いかにも可笑しそうに笑った。


「あっは、何だお前。自分じゃ気付いてねえのかよ? さっきから鏡の前で、百面相したりガッツポーズ取ったりしてさ。会社の奴に見せてやりたいよ、全く」

「……」


 ちょっとハリキリ過ぎたかな。


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