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第1話 じ、じばくれい?


挿絵(By みてみん)




「……じ、じばくれい?」


その言葉を聞いた瞬間、田中圭吾の思考は停止した。

まるでパソコンがフリーズしたときのように、頭の中で警告音が鳴る。


「……え?」


目の前の“鎧女”――ナナ・ローゼンタール・レメディオスは、まっすぐな瞳でこちらを見つめている。

その表情に一片の冗談っぽさはない。


「私はこの家に縛られている。よって、地縛霊ということだ」


さらりと言う。あまりにも自然に。


「……いやいやいやいや待て待て待て。

地縛霊って、あの、幽霊ってことだよな? 成仏してない系の?」


「うむ」


「え、じゃあその鎧は? いや、っていうか物理的にここにいるけど?

椅子に座ってるし、茶飲んでるし、影もあるし……!」


「……そういう仕様なのだろう」


「仕様ってなんだよ仕様って!!」


ケイゴは思わず叫んだ。

その拍子に、まだ全裸であることを思い出し――慌てて近くにあったバスタオルを手に取る。


ぶわっと体に巻きつけながら、後ずさる。

心臓の鼓動が爆音のように響いて、耳の奥がキンキンする。


「お、おまえ……まじで幽霊? 本当に? こわっ……!」


「言葉の通りのままだ」


ナナは淡々と返す。

まるで“今日の夕飯はカレーです”くらいのテンションで。


「いや、それがわからんのよ!!!」


ケイゴは全力でツッコむ。

恐怖と混乱と羞恥がないまぜになって、頭の中でカーニバルが開かれていた。


「そもそもなんでうちに!? いや、ていうかなんで俺の家!? 下町の一般家庭だぞ!? しかもなんで俺が風呂上がり全裸のタイミングで出てくるんだよ!」


「……たまたまだ」


「たまたまで済ませるな!!」


床を踏み鳴らすように叫んだあと、ケイゴはため息をついた。

夢なら覚めてほしいと切に願ったが、頬をつねっても痛い。

現実らしい。非常に不本意ながら。


「……おまえ、ほんとに地縛霊なのか?」


「そうだ。私はこの場所から離れられない。試したこともある」


そう言うとナナは立ち上がり、リビングのドアの方へと歩み寄る。

そして――扉の手前、ちょうど畳の縁を越えるあたりで、ふっと姿が掠れた。


輪郭が滲み、透けていく。

その様子に、ケイゴは息を飲んだ。


ナナは一歩引き返す。

すると、すぐに輪郭が戻り、また実体を取り戻す。


「……見ただろう」


「な、なんだそれ……ホラーじゃん……」


「事実だ」


「いや、冷静だな!? もっと焦れよ!?」


「焦ったところで、縛りが解けるわけではない」


ナナは静かに腰を下ろすと、何事もなかったように湯呑を手に取った。

そして、またもや上品にお茶をすする。


ケイゴはその一連の流れを呆然と見つめた。


「……おまえさ。地縛霊って、もっとこう、髪ボサボサで白装束とかじゃないの?」


「偏見だ」


「偏見!? いや実際そうだろ、ホラー映画のせいで一般認識は完全にそれだよ!」


「私は異世界の聖騎士だ。戦場に散り、この地に縛られた。幽霊というより“残滓”に近い」


「ざ、ざん……?」


「……言い換えれば、魂の残りカスだ」


「……いや言い方ァ!!」


タオル姿のまま、ケイゴはガクッと崩れ落ちた。


幽霊。聖騎士。異世界。

どれも非現実的すぎて、頭の処理が追いつかない。

だが、目の前の謎の美女は存在している。

影も、声も、匂いも――確かに、現実にいる。


そして何より、その瞳には「人間のような温度」が宿っていた。


「……お前、ほんとに“死んでる”のか?」


「死んでいる。間違いなくな」


ナナは微笑むように目を細めた。

その笑顔は、どこか哀しく、儚い。


――だが次の瞬間。


「ところで、貴様」


「ひっ」


ナナの瞳が、鋭く光る。


「そのタオル、もう少ししっかり巻け。見苦しい」


「いやっ、見るな!! ていうかなんでそんな落ち着いてんだよ!!」


「聖騎士としての礼儀だ。慣れている」


「慣れてるって何に!? なんの訓練!?」


「戦場では、傷ついた兵士の介護もする。裸など珍しくない」


「こっちは珍しいわ!!」


ケイゴの絶叫が、リビングに響き渡る。

その直後、外からガラガラと玄関の音がした。


「――あら? 圭吾、帰ってたの?」


母・麻巳子の声。


「今日は野菜が安かったねぇ~」と、祖母の声。


「……うそだろ……」


ケイゴは青ざめた。

この状況をどう説明すればいい?

タオル一枚の息子と、鎧を着た謎の美女がリビングで向かい合っている光景など――どう見てもアウトだ。


そんなケイゴの焦燥をよそに、ナナは涼しい顔で立ち上がった。


「……この家の主たちか。礼を尽くさねばな」


「やめろおおおおお!! 余計なこと言うなぁぁぁぁ!!!」


日常が崩れる音が、確かに聞こえた気がした。


――こうして、“田中さんちの地縛霊”との奇妙な同居生活が幕を開けたのだった。


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