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幕開け

「君、揺月柚くんだよね? 許可なく民間人が狩りを行うことは禁止されています。という事で捕まりたくなかったら一緒に来て」

 女性は有無を言わさぬ口調で一気にそう言うと近くに止まっていた黒い車に向かってさっさと歩き出した。


 無許可での狩りが禁止されているのは事実だ。基本罰金刑だが懲役もあったような。慌てて女性を追って歩き出した柚木に櫻がこっそりと耳打ちした。

「あのひとね、見た目ほど怖いひとじゃないから。ああ言ってるけど大丈夫だよ」

「佐倉ぁ!私語は慎め!」

 聞こえていたらしい女性に怒鳴られて櫻は慌てて女性を追った。


 本当に大丈夫なんだろうか。

 罰金刑で済んだとしても家に払う金などない。不安を覚えながら揺月は車に乗った。



 *



 夜道をがたごとと車に揺られて、辿り付いたのは郊外にある怪異対策葉山支部だった。


 物々しいフェンスで出来たゲートの向こうに大病院のような白い建物があり、周囲は山に覆われている。

 運転席の櫻が身分証らしきものを提示してゲートを抜けると、車は駐車場にとまった。


 ショートボブの女性を先頭に建物に入り、白い廊下を歩いて、会議室のような部屋に入る。病院みたいだ、と揺月は思った。違うのは消毒液の匂いがしないところか。


「座って」


 ショートボブの女性は自分も座りながら対面の席に揺月を座らせた。女性と櫻、自分で二対一で向かい合う形になる。なんだか面接のようだ。少し緊張する。

「まだ名乗ってなかったわね。私ははるか 小春こはる。ここでアタッカーをしてるの。こっちはサポーターのさくら まこと

 アタッカーとサポーターがなんなのか分からなかったが、とにかくここで怪異と戦っている存在なのだろう。取りあえず会釈して了解を返す。

「本題に入るけど、単独で怪異狩りをする君の事は随分前からここで問題になっていました」

 遙の言葉にぎくりとする。


「この半年で君が狩った怪異はここの隊員に目撃されてるだけで計四体。余罪もありそうだからとんでもない額の罰金か、懲役もありうる」

 揺月は俯いた。唇を噛む揺月を、櫻が気遣うようにちらりと見た。

「そんな君に朗報があります」

 遙が急に指を一本上に向かって立てた。


「君にはこの怪異対策葉山支部のアタッカーとして隊員になってもらいます」

 あっけにとられて遥を見つめる。

「そうすればこれまでの件は不問にします。君は合法的に狩りが出来てお給料も出る。万事解決」


「えっ……と」

 揺月は返事に窮した。聞きたいことは色々あるが、何をどう聞いていいのか分からない。

「……なんで、急に」

「ここ、出来たばかりで深刻な人材不足なのよ。君みたいな即戦力が欲しいわけ。特にアタッカーの人材は貴重だから」

「ええと……アタッカーって」

「怪異と戦って消滅させる役割。君は当たり前みたいにやってるけど怪異って誰にでも消せるものじゃないの。物理法則が効かない奴らにダメージを与えるには独特のセンスが要る。一種の才能ね。これは育成で身につくものじゃないから私たち支部は多少のことに目を瞑っても君が欲しいのよ」


 そこで遙は一旦言葉を切って真っ直ぐに揺月を見た。

「問題は君にやる気があるかどうか。怪異を倒したい?」

 揺月は思わずはっとして遙を見た。遙の真剣な目はじっと揺月を見つめている。

「……はい。倒したいです」

 思わず即答していた。遙はにこりと笑みを浮かべた。


「よし。じゃあ決まりね。後で書類を渡すから書いて来て。早速だけど、明日からサポーターの櫻と組んで基礎訓練からしてもらう。色々教えて貰って」

「え。俺ぇ?」

 遙の横で櫻が間抜けな声を上げた。

「あんたしかいないでしょ。私はまた新しい新人受け持たないといけないの。頼んだわよ」

「俺こないだ大学出たばっかなんですけど……」

「在学中も研修で働いてたでしょ。泣き言言わない」

「はい……」


 どうやら遙はスパルタのようだ。そして櫻は揺月の上司になるようだが……あまり頼りになりそうな印象は受けない。

 やや不安に思って見ている揺月の視線に気付いたのか、櫻は揺月をみるとだしぬけににっこりと笑った。


「そんな感じで俺たちバディになるみたい。よろしくね」

 やっぱり頼りになりそうに見えない。全体の雰囲気がフェミニンというのだろうか、いまいち戦闘要員ぽくない。サポーターというくらいだから実戦には出ないのだろうか。

「よろしくお願いします」

 不安を覚えながら、揺月は取りあえず頭を下げた。取りあえずはこれで怪異と胸を張って戦えるのだ。自分もこの一年単独で怪異と戦ってきた実績がある。何とかなるだろう。



 *



 遙から書類を受け取って支部を出た時には夜半を過ぎていた。

 揺月は夜空に浮かぶ月を、昨日バイト先を出た時とは全く違う気分で見ている自分に気付いた。


 ――明日からは怪異対策の隊員になるのだ。

 そう考えると誇らしさとも嬉しさともつかない感情がようやく沸いて来る。

「バイト、辞めないとな」

 誰にともなく呟く。考えてみれば今日は無断欠勤だ。店長はカンカンだろう。


 なんて謝ろうか。


 そんな事を考えながらも、心の中の嬉しさは消えなかった。

最終話まで毎日更新します。

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