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第80話 決戦

 長い横穴の奥から、不気味な音が徐々に響いてきた。


 擦れ合う無数の脚が岩肌を叩きつける音。

 それに混じって、折れた脚が軋むような異様な音が空間に反響する。


 炎に包まれた巨大な黒ドクロがゆっくりと動き出す。

 燃え盛る炎が赤黒い光を放ち、周囲に不気味な陰影を作り出している。

 ただ見るだけで、不安を掻き立てる光景だった。


 メルヴィアは即座に次の攻撃を繰り出した。

 光球が一直線に飛び、黒ドクロに直撃――轟音とともに爆炎が広がり、空間を赤く染め上げた。


 しかし、爆発の中から黒ドクロは再び姿を現す。

 脚がわずかに揺れ、傾きかけるものの、異様な動きで体勢を立て直した。

 炎をその身にまとったまま、ゆっくりと前進を続ける。


「……しぶといわね!」


 メルヴィアが腕を振るたび、光球が次々と飛び出し、横穴の奥で次々に爆発を起こす。

 激しい閃光と爆風が横穴全体を揺るがし、地面が振動するたび、小石が跳ね上がる。


 しかし、爆炎の中に浮かび上がるその姿は――ほとんど揺らぐことがない。


 黒いドクロは炎をその身にまといながら、無数の脚を擦らせてじわじわと前進を続けていた。

 赤黒い炎が歪んだ眼窩を怪しく照らし、その不気味な視線がメルヴィアをまっすぐに捉えている。


「硬いんじゃなくて、魔法障壁を展開してるわね」


 メルヴィアは低くつぶやき、鋭い視線を黒ドクロに向けた。


「それならば……」


 炎に包まれながら迫り来る異形の存在に、一瞬の迷いも見せず、地面に力強く足を踏み鳴らす。


 次の瞬間、彼女の周囲の地面が震え、無数の細かな亀裂が走った。

 その亀裂から鋭い岩の槍が飛び出し、宙へと浮き上がる。


 槍は鋭くとがった先端を光に反射させながらゆっくりと回転を始めた。その回転はしだいに加速し、槍全体がうなるような音を立てる。


「これでどうかしら!」


 メルヴィアが鋭く腕を振ると、槍がまるで意思を持ったかのように一直線に黒ドクロへ向かって飛び出した。

 矢のような速度で放たれた槍は、轟音を伴いながらその巨体に命中する。


「……思った通りね」


 岩の槍は黒ドクロに深々と突き刺さり、その衝撃で前進が止まった。

 突き刺さった箇所を中心に、幾筋ものヒビが走っている。

 

 メルヴィアはすぐに次の攻撃に移った。

 地面を再び踏み鳴らすと、新たな岩の槍が亀裂から浮き上がり、さきほどと同じように回転を始める。

 回転はしだいに加速し、空気を切り裂くような鋭い音を響かせた。


 だが、その瞬間、黒ドクロは不気味な唸り声を上げると同時に、眼窩に一瞬だけ怪しく光が宿る。


「……何か来る!」


 ハヤトが警告する間もなく、黒ドクロは口のあたりから光球を放った。

 光球は赤い軌跡を残しながらメルヴィアへ向かって真っ直ぐ飛んでくる。


 しかし、メルヴィアはまったく動じなかった。


 無言のまま槍を宙に放つと、それはまるで意志を持ったかのように黒ドクロへ向かい、矢のような速度で突き刺さる。

 轟音とともに、ドクロの表面に新たなヒビが走った。


 同時に、光球がメルヴィアを飲み込むかのように目の前まで到達する。


 だが、それ以上進むことはなかった。

 光球は見えない壁に弾かれるように停止し、次の瞬間には破裂して消え去る。

 爆発の閃光と衝撃が周囲を包むが、メルヴィアの立つ場所には一切届かない。

 ただ、周囲の地面にわずかな砂埃が舞っただけだった。


 黒ドクロの攻撃は、メルヴィアの展開した魔法障壁によって完全に遮られていた。


 続いて、メルヴィアと黒ドクロが互いに攻撃を撃ち合い、閃光と轟音が交錯する。

 メルヴィアが足元から生み出した岩の槍は、鋭い音を立てながら次々と放たれ、黒ドクロの巨体を確実に捉える。

 突き刺さるたび、表面に無数のヒビが刻まれ、巨大な体が揺れる。

 砕けた破片が洞窟の地面に叩きつけられる音が、重々しく響いた。


 一方で、黒ドクロが放つ光球は、ことごとくメルヴィアの魔法障壁に弾かれ、空間に霧散していく。


 圧倒的な攻撃と防御を淡々と繰り返すメルヴィア。

 その安定感に、ハヤトは一瞬、勝利を確信しかける。


(このままいける……!)


 だが、その瞬間、予想外の事態が起きた。


 黒ドクロが再び唸り声を上げると、その巨体から突如として槍状の黒い物体が放たれた。

 それはメルヴィアの岩槍と同じように鋭く回転し、一直線に彼女を目がけて飛んでくる。


「危ない!」


 ハヤトが声を上げたのと同時に、その黒槍はメルヴィアの魔法障壁に突き刺さった。

 槍が障壁に触れた瞬間、空間に波紋が広がり、そのまま槍は回転を続けている。


「……っ!」


 次の瞬間、槍が障壁を突き破った。

 鋭い先端がメルヴィアのローブを切り裂き、布の一部が宙を舞う。


 ハヤトは息を呑み、思わず目を凝らした。

 目に飛び込んできたのは、裂けたローブの隙間から覗く奇妙な光景だった。


 メルヴィアの体には、帯状に繋げられた札が、まるでミイラの包帯のように巻き付いている。

 それらの札は手のひらほどの大きさで、赤黒い文字が細かく書かれており、一枚一枚が繋がりながら肩から胸、腰、そして脚へと幾重にも絡みついていた。

 それだけでなく、その札はまるで生きているかのように、わずかに脈動しながら、淡い光を放っているように見えた。


(あれは……いったい……?)


 しかし、メルヴィアはほとんど動じた様子もなく、鋭い目で黒ドクロを睨みつけている。

 だが、魔法障壁を突破された事実が、この戦いの危険性を一気に高めたことは明白だった。

 

「もっと下がっていなさい」


 メルヴィアの声は静かだったが、有無を言わせぬ響きがあった。

 ハヤトはその場に立ち尽くしそうになる足を無理やり動かし、さらに後退した。


 前方では、メルヴィアと黒ドクロの激しい撃ち合いが続いている。


 メルヴィアの放つ岩の槍が、次々と黒ドクロに突き刺さる。

 そのたびに巨体にはヒビが刻まれ、破片が飛び散って地面に転がる。

 黒ドクロの脚の一本がいまにも崩れ落ちそうに揺れ、確実にダメージを与えているようだった。


 だが、黒ドクロも執拗に反撃を続けていた。


 眼窩に宿る赤い光が一層強く輝き、複数の黒槍を宙に浮かべると、それらを同時にメルヴィアへ向けて放つ。


 飛来する槍のいくつかは、メルヴィアを覆う魔法障壁に弾かれ、砕けた破片が周囲に散らばる。

 しかし、そのうちの一本が鋭い回転を伴って障壁を貫き、メルヴィアのローブを切り裂いた。


 切れた布が宙を舞い、槍が障壁を破るたびに、ローブの裂け目が増えていく。


 メルヴィアは無言で攻撃を繰り出し続けていたが、しだいに障壁を突破される槍の数が多くなっていった。


 そして、ついに――


 鋭い音とともに、黒槍がメルヴィアの体を守る札の帯に突き刺さった。


「……!」


 ハヤトの視界に、メルヴィアの体を覆っていた帯がゆっくりとほころび、地面へと落ちていく様子が映る。

 帯状に繋がれた札は、まるで力を失ったかのように光を放たなくなり、無造作に岩肌の上に横たわった。


 破れたローブの隙間から覗くメルヴィアの肌には、傷はなかった。

 だが、もう体を守るものは何もない。


 そのとき、メルヴィアは静かに言った。


「強大すぎる私の力を抑える封印が、いま砕かれたわ」


 メルヴィアは微動だにせず、静かに立ち尽くしていた。

 

 黒ドクロが放つ黒槍が次々と宙を飛び、メルヴィアを目がけて殺到する。

 しかし、その槍は彼女の前でことごとく静止した。

 まるで見えない力が支配しているかのように、鋭い槍先が空中で動きを止めると、力なく地面へと落ちていく。


 ハヤトはその異様な光景に息を呑んだ。


「力を使いたくなかったのに……」


 メルヴィアが静かにつぶやいた。その声にはわずかな悔恨の響きがあった。


 彼女はそっと目を閉じ、呪文を紡ぎ始める。

 その声は穏やかでありながら、周囲の空気を震わせるほどの力強さを持っていた。

 

 一方で、黒ドクロは槍の攻撃を止め、低い唸り声とともに再び無数の脚を擦らせながら前進を始める。

 炎に包まれた巨体が激しく揺れ、岩肌を叩く音がしだいに大きく響いてきた。


 洞窟を揺らしながら迫るその姿は、まさしく異様だった。

 その体は黒光りする外殻に覆われ、赤い目が凶悪な輝きを放っている。

 近づけば近づくほど、理性を狂わせるような奇妙な感覚が湧いてくる。

 足が震え、力が抜けそうになる。

 本能が警告している――これ以上、近づかせてはいけない、と。


 そのときだった。

 メルヴィアの前に虚空から光が生まれた。

 

 眩い光が複雑に絡み合いながら、大きな魔法陣を形作っていく。

 それは緻密な紋様で構成され、幾重にも重なった輪が、力強くゆっくりと回転を始めた。


 魔法陣の輝きが徐々に増し、その中心から光が溢れ出す。


「終わりよ……!」


 メルヴィアの声が響いた瞬間、魔法陣はひときわ強い光を放ち、その中心から放たれた光の帯が黒ドクロへ向かってまっすぐ伸びた。

 光の帯はあっという間に巨体に突き刺さり、その衝撃で洞窟全体が揺れる。


 次の瞬間――

 轟音とともに黒ドクロが爆発した。


 激しい爆発の閃光が洞窟を真昼のように照らし、その爆風が恐ろしい勢いでハヤトたちの方に向かってくる。


(避けられない……!)


 ハヤトはそう直感し、恐怖に飲まれるようにその場に尻もちをついた。

 だが、爆風はメルヴィアの眼の前で押しとどまり、ハヤトのもとにはそよ風が来ただけだった。

 砂埃や破片もすべて無力化され、爆風の力はメルヴィアの周囲で静かに霧散していた。

 

「やっぱり地下だと、力を出しすぎると危ないわね」


 こともなげにそう言いながら、メルヴィアはゆっくりと振り返る。

 背後の炎が彼女の輪郭を輝かせ、ローブの切れ端が揺れていた。


「……ふふっ、何その顔?」


 メルヴィアが失笑する。


 ハヤトは声も出せずに彼女を見上げていた。

 業火を背中にして微笑むその姿は美しく、神々しささえ感じさせるものだった。

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